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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
45/79

45.決別

 神殿に戻ってきたオリバーは、ロイに誘われ、地下の図書館へ降りた。そこではバイオレット達がバーバラを取り囲み、朗読を聞いていた。

「こんにちは。僕、ロイ。こっちはオリバー」

「こんにちは。私はバイオレット。スカイの妹だよ」

 バイオレットがバーバラに気を遣いながら、小声で挨拶した。が、水をさされたバーバラは、ロイ達をキッと睨んだ。

「また後でね」


 ロイとオリバーが階段を上がると、ナッシュビルにとっ捕まった。それから二人は北の小部屋に押し込まれた。先客のルイスとガルシア、サムが待っていた。

「こんな狭いところで何だ、領主」

 ガルシアが尋ねた。ナッシュビルは深呼吸してから、皆を見回した。

「蜂人だ」

「出たのか」

 ガルシアは思わず礼拝室のドアを見た。

「皆、気づかなかったのか」

「気づいたって、何を」

 サムは不可解な顔をする。

「スカイの妹だ。蜂の目をしていた」ナッシュビルが言うと、皆はまさか、という顔をした。「サム。お前はこれまで、あの娘の変化に気づかなかったか」

「そんな……。俺には分かりませんでした」

「あの子はライトグリーン。黄緑色の目だな」


 ロイが不安になってつぶやくと、オリバーが目を見開いた。

「蜂を操ってラストビア人を襲った奴も、ライトグリーンの目の少女だと言っていたな」

 皆は戦慄した。オリバーのような深いオリーブグリーンの目も珍しいが、バイオレットのような明るい黄緑色はさらに希少だ。

「一つ、確認して欲しいことがある。スカイのことだ」ナッシュビルは深刻な表情になった。「あいつも……。蜂人なのか。それとも人間なのか。言ってしまうと、人間と思う方が難しい。父親が蜂人で、きょうだいが蜂人なら、あいつも蜂人と考えるのが自然だ」

「じゃあ、あのお婆さんは? お婆さんはどうなの」

 ロイは素っ頓狂な声を出した。

「アイリーンは、スカイの母方の祖母だ。アイリーン自身とは十年近く付き合いがある。人間だと思っていい」

 ナッシュビルが重々しく言うと、ロイは唇を噛んだ。

「じゃあ、なんでその孫は信じられないんだよ。スカイは──」

 ロイは勢いに任せて言い返した。が、いかめしい顔のナッシュビルを前に、続く言葉が見つからなかった。オリバーがロイを見つめた後、手を挙げた。


「分かった。探りを入れてみよう」

「オリバー! お前、スカイのこと信じてないのかよ」

「信じてるよ。ただ、確認するだけだ」

 オリバーは分厚いメガネのレンズを持ち、穏やかな声で言う。

「何を?」

「奴が人間として生きているのか。それとも蜂人として生きているのか」

「聞く必要あるか? みんな、今までのスカイを見てきただろ。サム、君はスカイとずっと友達だったんだよな。蜂が出た時だって、あの弓に助けられたんじゃないのか」

「お、俺はガルシアさんには助けられたけど、スカイに直接助けられた訳じゃ……」

 急に自信を失ったサムは挙動不審になり、目をそらした。それを見るなり、ロイは頭に血が上った。

「ざけんなよ」

「待て、ロイ」

 サムをぶん殴ろうとするロイを、オリバーが後ろからヒョイと持ち上げ、羽交締めした。

「放せ」

「ロイ。まず、スカイと話そう。妹のことは一旦伏せて、聞き出すんだ」

 言葉を確かめるように発するオリバーの前に、ルイスがずいっと進み出た。


「私もスカイを信じたい。彼の弓術訓練に対する姿勢、皆への態度は誠実だし、おかしなところはない。それで彼自身も、人間として生きていると発言したとする。だが、妹が蜂人だと知ったら? 彼はどうするのか。これまで通り、人間側でいるのか。蜂人側に寝返るということはないのか」

「そこは、わからない」

 オリバーがまっすぐルイスを見ると、ルイスもまっすぐ見返した。

「私は、まだこの村に来て日が浅い。スカイだけでなく、君達のこともよく知らない。だから急いで知る必要がある。もうじき、卵が孵るという話だったね」

 ルイスが問いかけると、オリバーが懐中時計を見た。

「ああ。あと三十時間後。明日の午後三時だ」


 やがて空の雲が厚くなり、一つ、また一つと、雨粒が地に落ちた。雨がしとしとと降り出した。図書館でバイオレットといた母親は、階段の上を見上げた。

「雨が降ってきたみたい。あーあ、今日は洗濯物、干せないね」

 すると、朗読を終えたバーバラが立ち上がった。

「絵本もいいけど、我がナッシュビル家の歴史書がためになるわよ。とってくるわね」

 バーバラは張り切って、本棚の方へ歩き出した。バイオレットも立ち上がった。


 二人は、母子から離れた奥の本棚へ辿り着いた。そこで、バーバラが本を探し始めた。

「確かこの辺り──」

「夫人、それ、持ってます」

 バイオレットが編みかごを指差したが、バーバラは首を振った。

「ああ、大丈夫よ」

「でも──」

「平気」

 バイオレットは焦燥感に駆られた。音を立てず、ゆっくり夫人の後ろに回り込むと、その細い首に噛みついた。


 その後、バイオレットは母子の前に戻ってきた。

「あら、ナッシュビル夫人は?」

「まだ本を探してるみたい。私、上からおやつを取ってくるね」


 バイオレットがかごを隠し持ち、階段をのぼって神殿の玄関を出ると、スカイが呼び止めた。

「バイオレット。この雨だよ。どこに行くの」

 玄関扉の(ひさし)の下で、スカイはバイオレットと向かい合った。

「ああ、えーと。おばあちゃんに呼ばれたの」

 バイオレットはドキドキしながら、かごを隠した。

「俺も一緒に行くよ」

「いいの! 来ないで!」

 バイオレットは大声で静止した。その声に面食らって、スカイは少し上体を後ろにそらした。

「一人で来いって言われて」

「へえ?」

 不思議そうな顔をするスカイを、バイオレットは真剣な眼差しを向けた。


「ねえ、スカイ。私、ここにこられて、本当によかった」

「うん。おかえり」

 スカイは優しい笑みを浮かべる。その笑みにバイオレットは安心したが、厳しい表情で返す。

「ヤバネの女王って、セピア色の髪と目をしてるんだって。蜂人も食べるらしいよ」

「え?」

「逃げた先の町の人に、聞いたの」

「そうなんだ……」

 スカイはこっくり頷く。

「蜂が来たら、逃げて」

「ああ。でも今は雨だから大丈夫だよ。蜂はこない」

 スカイは明るく微笑んだ。バイオレットは逆に暗い表情になり、わずかに体を震わせた。

「そうだね。私──」

「何?」

 バイオレットの様子がおかしい。スカイは訝しがった。急に涙を流し、下手な笑顔をつくっている。

「前より強く思うんだ。女は、強くなくちゃ生きられないって」

「うん……?」

「じゃあね、スカイ」

「ああ、うん。早く行っておいで」

 スカイは意味が分からないなりに、軽く手を振った。一方、バイオレットは力の限り手を振り、雨のなかを駆けだした。


 スカイが玄関扉を開け、礼拝室に入ろうとすると、ナッシュビル達が駆けよってきた。

「スカイ! バイオレットを見たか」

「ああ、今、ここにいたけど」

 スカイはきょとんとする。

「バ、バーバラが……。私の妻が。図書館で殺された。首に()まれた跡がある。『対抗薬』も飲ませてみたが……無駄だった」

 スカイは言葉を失った。図書館? なぜそこで?

「図書館に、バイオレットも一緒にいたんだ。しろがね蜜もない。どこへ行った」

 ナッシュビルは目に涙を溜め、スカイの肩に指を食い込ませ、強く揺さぶる。

「お、おばあちゃんに呼ばれたって」

 スカイは咳きこみ、北の方角を指す。するとナッシュビルが両手で顔を覆い、泣きくずれた。そこへガルシア、それにルイスがなだれこんできた。

「娘が蜜を持って逃げた! 追え!」

 ナッシュビルが怒鳴りつけると、ガルシア達は血相を変え、ドタドタと駆けていく。スカイが途方に暮れていると、オリバーとロイがスカイの手をとった。

「少し、話そう」


 雨足が強まってきた頃、バイオレットは村の入口でイーディスとアイリスと落ち合った。

「しろがね蜜だ。食うか」

 蜂人の姿になったバイオレットが、編みかごから瓶をとって見せた。

「ヒイィ、それは……」

 二人は恐ろしがって体を引いた。

「腰抜けが」

 バイオレットは吐き捨て、二人とルビテナ山に入った。山中を低空飛行し、洞穴にたどり着くと、そこへ入った。穴の中をしばらく進むと、門番の蜂人がバイオレットを中へ通した。

「ここから先は私一人でいい。雨が上がり次第、出撃しろ」

「はっ」

 二人はバイオレットに敬礼した。


 ヤバネスズメバチの巣城、B区画の中央の間では、エミリーが卵を産み落としていた。

雄蜂(おばち)は、出てくるのが早いな」

 バイオレットはつまらなそうに見つめた。床に這いつくばり、疲弊しきっているにも関わらず、エミリーはニコニコして頷いた。

「サヨウデゴザイマス。フツカホドデ、カエリマス。ワタシモソレクライニハ、ウゴケルカト」

 エミリーはうやうやしく頭を垂れた。バイオレットは表情のない顔でエミリーを見下ろした。こいつを殺したい、今すぐ。だが、勝手をしたら陛下の怒りを買うだろう。言語能力はともかく、エミリーは軍最強の兵士だ。バイオレットは頭をひねった。

「万一のときは、この卵に陛下の卵の身代わりになってほしい」

「ハイ」

「人間が侵入してきたら、この部屋に誘導する。だが、安心しろ。部屋の外には護衛をたっぷり置いてやる。お前を抱えて逃げるように伝えておく」

「アリガタキシアワセ」


 バイオレットは部屋を出た。それから、そばにいた蜂人に声をかけた。

「エミリーは産後で神経質になっている。部屋に誰も近づけるな。護衛は不要だ」

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