45.決別
神殿に戻ってきたオリバーは、ロイに誘われ、地下の図書館へ降りた。そこではバイオレット達がバーバラを取り囲み、朗読を聞いていた。
「こんにちは。僕、ロイ。こっちはオリバー」
「こんにちは。私はバイオレット。スカイの妹だよ」
バイオレットがバーバラに気を遣いながら、小声で挨拶した。が、水をさされたバーバラは、ロイ達をキッと睨んだ。
「また後でね」
ロイとオリバーが階段を上がると、ナッシュビルにとっ捕まった。それから二人は北の小部屋に押し込まれた。先客のルイスとガルシア、サムが待っていた。
「こんな狭いところで何だ、領主」
ガルシアが尋ねた。ナッシュビルは深呼吸してから、皆を見回した。
「蜂人だ」
「出たのか」
ガルシアは思わず礼拝室のドアを見た。
「皆、気づかなかったのか」
「気づいたって、何を」
サムは不可解な顔をする。
「スカイの妹だ。蜂の目をしていた」ナッシュビルが言うと、皆はまさか、という顔をした。「サム。お前はこれまで、あの娘の変化に気づかなかったか」
「そんな……。俺には分かりませんでした」
「あの子はライトグリーン。黄緑色の目だな」
ロイが不安になってつぶやくと、オリバーが目を見開いた。
「蜂を操ってラストビア人を襲った奴も、ライトグリーンの目の少女だと言っていたな」
皆は戦慄した。オリバーのような深いオリーブグリーンの目も珍しいが、バイオレットのような明るい黄緑色はさらに希少だ。
「一つ、確認して欲しいことがある。スカイのことだ」ナッシュビルは深刻な表情になった。「あいつも……。蜂人なのか。それとも人間なのか。言ってしまうと、人間と思う方が難しい。父親が蜂人で、きょうだいが蜂人なら、あいつも蜂人と考えるのが自然だ」
「じゃあ、あのお婆さんは? お婆さんはどうなの」
ロイは素っ頓狂な声を出した。
「アイリーンは、スカイの母方の祖母だ。アイリーン自身とは十年近く付き合いがある。人間だと思っていい」
ナッシュビルが重々しく言うと、ロイは唇を噛んだ。
「じゃあ、なんでその孫は信じられないんだよ。スカイは──」
ロイは勢いに任せて言い返した。が、いかめしい顔のナッシュビルを前に、続く言葉が見つからなかった。オリバーがロイを見つめた後、手を挙げた。
「分かった。探りを入れてみよう」
「オリバー! お前、スカイのこと信じてないのかよ」
「信じてるよ。ただ、確認するだけだ」
オリバーは分厚いメガネのレンズを持ち、穏やかな声で言う。
「何を?」
「奴が人間として生きているのか。それとも蜂人として生きているのか」
「聞く必要あるか? みんな、今までのスカイを見てきただろ。サム、君はスカイとずっと友達だったんだよな。蜂が出た時だって、あの弓に助けられたんじゃないのか」
「お、俺はガルシアさんには助けられたけど、スカイに直接助けられた訳じゃ……」
急に自信を失ったサムは挙動不審になり、目をそらした。それを見るなり、ロイは頭に血が上った。
「ざけんなよ」
「待て、ロイ」
サムをぶん殴ろうとするロイを、オリバーが後ろからヒョイと持ち上げ、羽交締めした。
「放せ」
「ロイ。まず、スカイと話そう。妹のことは一旦伏せて、聞き出すんだ」
言葉を確かめるように発するオリバーの前に、ルイスがずいっと進み出た。
「私もスカイを信じたい。彼の弓術訓練に対する姿勢、皆への態度は誠実だし、おかしなところはない。それで彼自身も、人間として生きていると発言したとする。だが、妹が蜂人だと知ったら? 彼はどうするのか。これまで通り、人間側でいるのか。蜂人側に寝返るということはないのか」
「そこは、わからない」
オリバーがまっすぐルイスを見ると、ルイスもまっすぐ見返した。
「私は、まだこの村に来て日が浅い。スカイだけでなく、君達のこともよく知らない。だから急いで知る必要がある。もうじき、卵が孵るという話だったね」
ルイスが問いかけると、オリバーが懐中時計を見た。
「ああ。あと三十時間後。明日の午後三時だ」
やがて空の雲が厚くなり、一つ、また一つと、雨粒が地に落ちた。雨がしとしとと降り出した。図書館でバイオレットといた母親は、階段の上を見上げた。
「雨が降ってきたみたい。あーあ、今日は洗濯物、干せないね」
すると、朗読を終えたバーバラが立ち上がった。
「絵本もいいけど、我がナッシュビル家の歴史書がためになるわよ。とってくるわね」
バーバラは張り切って、本棚の方へ歩き出した。バイオレットも立ち上がった。
二人は、母子から離れた奥の本棚へ辿り着いた。そこで、バーバラが本を探し始めた。
「確かこの辺り──」
「夫人、それ、持ってます」
バイオレットが編みかごを指差したが、バーバラは首を振った。
「ああ、大丈夫よ」
「でも──」
「平気」
バイオレットは焦燥感に駆られた。音を立てず、ゆっくり夫人の後ろに回り込むと、その細い首に噛みついた。
その後、バイオレットは母子の前に戻ってきた。
「あら、ナッシュビル夫人は?」
「まだ本を探してるみたい。私、上からおやつを取ってくるね」
バイオレットがかごを隠し持ち、階段をのぼって神殿の玄関を出ると、スカイが呼び止めた。
「バイオレット。この雨だよ。どこに行くの」
玄関扉の庇の下で、スカイはバイオレットと向かい合った。
「ああ、えーと。おばあちゃんに呼ばれたの」
バイオレットはドキドキしながら、かごを隠した。
「俺も一緒に行くよ」
「いいの! 来ないで!」
バイオレットは大声で静止した。その声に面食らって、スカイは少し上体を後ろにそらした。
「一人で来いって言われて」
「へえ?」
不思議そうな顔をするスカイを、バイオレットは真剣な眼差しを向けた。
「ねえ、スカイ。私、ここにこられて、本当によかった」
「うん。おかえり」
スカイは優しい笑みを浮かべる。その笑みにバイオレットは安心したが、厳しい表情で返す。
「ヤバネの女王って、セピア色の髪と目をしてるんだって。蜂人も食べるらしいよ」
「え?」
「逃げた先の町の人に、聞いたの」
「そうなんだ……」
スカイはこっくり頷く。
「蜂が来たら、逃げて」
「ああ。でも今は雨だから大丈夫だよ。蜂はこない」
スカイは明るく微笑んだ。バイオレットは逆に暗い表情になり、わずかに体を震わせた。
「そうだね。私──」
「何?」
バイオレットの様子がおかしい。スカイは訝しがった。急に涙を流し、下手な笑顔をつくっている。
「前より強く思うんだ。女は、強くなくちゃ生きられないって」
「うん……?」
「じゃあね、スカイ」
「ああ、うん。早く行っておいで」
スカイは意味が分からないなりに、軽く手を振った。一方、バイオレットは力の限り手を振り、雨のなかを駆けだした。
スカイが玄関扉を開け、礼拝室に入ろうとすると、ナッシュビル達が駆けよってきた。
「スカイ! バイオレットを見たか」
「ああ、今、ここにいたけど」
スカイはきょとんとする。
「バ、バーバラが……。私の妻が。図書館で殺された。首に咬まれた跡がある。『対抗薬』も飲ませてみたが……無駄だった」
スカイは言葉を失った。図書館? なぜそこで?
「図書館に、バイオレットも一緒にいたんだ。しろがね蜜もない。どこへ行った」
ナッシュビルは目に涙を溜め、スカイの肩に指を食い込ませ、強く揺さぶる。
「お、おばあちゃんに呼ばれたって」
スカイは咳きこみ、北の方角を指す。するとナッシュビルが両手で顔を覆い、泣きくずれた。そこへガルシア、それにルイスがなだれこんできた。
「娘が蜜を持って逃げた! 追え!」
ナッシュビルが怒鳴りつけると、ガルシア達は血相を変え、ドタドタと駆けていく。スカイが途方に暮れていると、オリバーとロイがスカイの手をとった。
「少し、話そう」
雨足が強まってきた頃、バイオレットは村の入口でイーディスとアイリスと落ち合った。
「しろがね蜜だ。食うか」
蜂人の姿になったバイオレットが、編みかごから瓶をとって見せた。
「ヒイィ、それは……」
二人は恐ろしがって体を引いた。
「腰抜けが」
バイオレットは吐き捨て、二人とルビテナ山に入った。山中を低空飛行し、洞穴にたどり着くと、そこへ入った。穴の中をしばらく進むと、門番の蜂人がバイオレットを中へ通した。
「ここから先は私一人でいい。雨が上がり次第、出撃しろ」
「はっ」
二人はバイオレットに敬礼した。
ヤバネスズメバチの巣城、B区画の中央の間では、エミリーが卵を産み落としていた。
「雄蜂は、出てくるのが早いな」
バイオレットはつまらなそうに見つめた。床に這いつくばり、疲弊しきっているにも関わらず、エミリーはニコニコして頷いた。
「サヨウデゴザイマス。フツカホドデ、カエリマス。ワタシモソレクライニハ、ウゴケルカト」
エミリーはうやうやしく頭を垂れた。バイオレットは表情のない顔でエミリーを見下ろした。こいつを殺したい、今すぐ。だが、勝手をしたら陛下の怒りを買うだろう。言語能力はともかく、エミリーは軍最強の兵士だ。バイオレットは頭をひねった。
「万一のときは、この卵に陛下の卵の身代わりになってほしい」
「ハイ」
「人間が侵入してきたら、この部屋に誘導する。だが、安心しろ。部屋の外には護衛をたっぷり置いてやる。お前を抱えて逃げるように伝えておく」
「アリガタキシアワセ」
バイオレットは部屋を出た。それから、そばにいた蜂人に声をかけた。
「エミリーは産後で神経質になっている。部屋に誰も近づけるな。護衛は不要だ」




