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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
43/79

43.暗躍

 その夜のことだった。ヤバネスズメバチの女帝蜂(じょていばち)、アグネスが産卵した。

「オツカレサマデゴザイマス」

 部下のエミリーがひざまづき、こうべを垂れる。

「私のベイビー達。卵から出てくるのが楽しみよ」

 アグネスは六つの卵をなでた。


 翌日、夜明け前のことだった。アカラ山脈の山中で休息していたヤバネスズメバチの別動隊は、南端のルビテナ山へ移動した。その林のなかで、イーディスとアイリスは、大公の前にひざまづいた。

「じきに誕生する王子達には、肉団子が必要です。が、しろがね蜜のくだりもありますので今一度、村の偵察が必要かと」

「了解した」

 大公は二人に軽く頷き、村へ向かわせた。


 イーディス達は部下のヤバネスズメバチを従え、ルビテナ村へと近づいた。うっすらと東の海がオレンジ色に染まるのを確認し、前方を見た。人間の気配はない。

「人間を狩るなら、何もこんなチンケな村でなくてもいいのにな。こないだのマデッサの方がよかった」

 イーディスが村の入口でホバリングする。

「そこは、陛下の威厳、こけんに関わる問題だからじゃないのか。ここの人間どもが舐めたマネをしてくれた。全滅させないと気が済まないのさ」

 アイリスは腰に手をあて、首をぐるりと回す。

「そうだな。そんな陛下に大公は、命令されたわけじゃないのに戻ってくる。お若いのに律儀で、義理がたいお方だ」

「大公こそ我が主人だ」


 二人は笑いあう。ところが、そばにいた部下の蜂達が、急にふらふらと落下した。二人も急激な眠気を感じ、背中の羽が震える。

「何だ?」

「わからん。眠い……」

「罠か?」

「そ、そういえば……エミリー様が言ってた。近づくと眠くなる場所があると」

「何。正体を突き止めろ」

 二人は百メートルほど、来た道を戻った。それから、部下の蜂達を村へ侵入させ、なりゆきを見守った。すると蜂達は皆、同じ民家の前でバタバタと落下した。

「あそこに何かがあるんだ」

「とにかく、あのままじゃまずい。おい、運び出せ」

 イーディスが命じると、後ろに控えていた他の蜂達が、居眠りしている蜂達を持ち上げた。それから、大公のもとへと運んだ。


 ヤバネスズメバチ達が山へ引き返す頃、太陽がのぼり、東の空を焼いた。スカイ達を乗せた馬車はモルディニア共和国の中西部へ差しかかっていた。

 ロイの弾く「蓬莱(ほうらい)」は効果てきめんだった。馬達は全身からエネルギーを爆発させ、悪路を猛然と駆けぬけた。肝心のロイはぐったりして、さらに車酔いして、今にも吐きそうだった。

「ここらへんだと、もう毛皮はいらないね」

 スリル満点の走行に興奮するスカイに、ロイはうんざりする。

「ああ」

「すげえ楽しい」

「すげえ苦しい」

「ずっと乗ってたい」

「僕は降りたい」

「天まで駆けそうな勢いだ」

「僕は天に召されそうだ」

「あっ、ねえオリバー。ちょっと停めて」

 スカイが言うと、オリバーがハーネスを引いた。

「どうした」

「すぐ戻る」


 スカイは馬車を降り、草原(くさはら)に近づいた。そこには萌葱色の新芽をつけた、美しい野花が咲いていた。スカイはそれを摘み取り、近くを流れる小川の前でかがんだ。ハンカチを水に浸すと、それを摘んだ花の根元に巻きつけた。

「お花摘みかよ。女子力(たけ)えな」

 ロイは苦笑いし、馬車の上から文句をつける。

「ブリリアントプリベット。モクセイ科の低木で寒冷地でもよく育ち、葉には黄緑色の斑が入り……」

「あー、図鑑野郎は黙れ」

 ロイはオリバーを一蹴する。そこへ、スカイが片手で川の水をすくって飲み、手招きしてくる。

「ねえ、ここの水、すごく美味しいよ。二人もおいでよ」


 同じ頃、ルビテナ山では、イーディスとアイリスが一部始終を報告した。すると、大公はうんうんと頷いた。

「学校の校舎のとこだろう?」

「いえ、そうではなく。村の入り口近く。民家の前でした」

「民家?」

「はい」

「……植える場所を増やしたな。ここで待ってろ」

「大公、お一人では……」

「お前らがついてきたところで、どうせ寝てしまうのだろ」

 大公は言い捨て、一人で空高く飛んだ。


 上空まで来れば、香気は届かない。それでも近づきたいなら、鼻をつまめば済む話だ。だが、説明するのが面倒だ。自分達は生物の頂点に君臨するヤバネスズメバチで、そこらの下等生物とは訳が違う。少し考えればわかるだろうに、頭の悪い部下にはそれができない。


 大公は誰もいない納屋のそばに降り立った。そこで(おけ)を見つけた。桶を持って飛び立ち、今度は村の崖下、砂浜に降り立った。海水を()み上げると、再び上空へ飛び上がり、ルビテナ山へ降り立った。

「これを、ピンクの野菜が生えているところへ()け。足りなくなったら海水を汲め」

 大公が命令すると、蜂人達はかしこまった。

「はっ」


 日が徐々に高くなり、五月の陽光がヨルシア大陸に降り注いだ。スカイ達はモルディニア共和国の山中、小川のほとりで、休憩をとった。

「小さい頃、よくこうやってルークとビビと、ピクニックしたんだ。ビビは鳥が羽ばたくだけでギャーッて騒ぐんだ」

「へえ」

 ロイもオリバーも微妙な顔をする。

「みんなもやったろ?」

「俺はきょうだいどころか、母もいなかったから。父と二人暮らしだった」

 オリバーが無機質な声で答えた。

「あ、そうなのか。ロイは?」

「僕は……。兄上と出かけた思い出はない」

 ロイは、一段と暗い顔になった。

 気まずい空気が流れた。スカイは二人をしばらく見た後、唐突に弓を手に取った。ロイが何か言いかけたが、スカイが顔の前で人差し指を立てたので、二人は黙った。スカイは鋭い目つきになり、弓の弦に矢をつがえた。静けさが、三人を包み込んだ。

 その瞬間、スカイは右手を離した。放たれた矢は空を切り、木立の奥にいる野鳥を貫いた。

「よし。じゃあこれからは俺らはいつも、ピクニックしよう。オリバー、ごはんだ。火を起こしてくれ」

 スカイは快活に笑い、獲物の回収に向かった。


 散布が一通り済み、大公達は洞穴(ほらあな)へ入り、低空飛行を続けた。

 地中にあるヤバネスズメバチの巣城(すじょう)はまず、中央に正六角形の大きな部屋がある。その周りを、これまた正六角形の小部屋が隙間なく取り囲んでいる。その全体の形状がまた、一つの正六角形を成していて、素材は石と蜂の唾液だ。大公達は中央の、女帝蜂の部屋を訪れた。

「陛下。ただいま戻りました」

「あら、大公。どうしたの」

「おそれいります。人間が陛下の卵を狙っておりますので、()(さん)じました。居場所もいつ特定されるやもわかりません。そこで、私の考えた案がございます」

 床にひざまづいた大公が進言すると、ベッドの上のアグネスは半眼になり、卵をそっと撫でた。

「なに?」

「カムフラージュとして、エミリーに産ませてはいかがでしょう」


 空には爽やかな風が吹き抜けた。モルディニア共和国の山中では、オリバーが火を起こし、落ちてた枝切れを薪がわりにした。スカイが野鳥の羽をむしり取り、ナイフで内臓を取り除いた。それを手早く小川の水で洗い、水気をとると、枝に刺して焼き始めた。

「僕はインドア派だから、こういうワイルドなのが得意じゃない」

 焼ける肉を見ながら、ロイがつぶやいた。

「インドア派って何をするの」

 スカイが不思議そうに尋ねると、ロイは片手で顎を支えた。

「えーと、そうだな。服を縫ったり。ビスケットを焼いたり」

「お前も無駄に女子力、高えな」

 オリバーの冷静な突っ込みに、スカイは吹き出した。


 スカイ達が食事を囲んでいる頃、ヤバネスズメバチの居城では、大公が女帝蜂の部屋を出たところだった。今度は蜂人が控える部屋へと向かった。

「エミリーはいるか」

「ココニオリマス」

「お前に仕事を一つ、命じる。すぐに出産せよ」

「ワタクシガデスカ?」

「ああ。陛下はお前の働きによっては、侍従長に昇格させてよいと仰せだ」

「ソレハ、コウエイデゴザイマス」

 エミリーは複眼を膨らませて興奮した。

雄蜂(おばち)の卵でいい」

「ショウチシマシタ。デハ、ショクリョウヲ、イタダキタク……」

 エミリーがそわそわしながら、大公の顔色を伺った。

「兵に持ってこさせる」

「ハイ。デキレバ、ボウトガ……」


「この私を食いたいと申すか」

 大公が冷たい目で見返した。

「メッソウモゴザイマセン。センジツ、ハジメテ、ボウトヲイタダキマシタ。ソレガタイヘン、ビミデシテ。アレナラ、タクサンウメソウカト」

 エミリーが慌てて言うと、大公は少し興味をそそられ、口をすぼめた。

「どのような者だ」

「ワタシヲミテ、『オレノ、オトウトトオナジクライ、ウマソウダ』ト、ヨダレヲタラシテオリマシタ」

「ハハ。そんな食い意地の張ったのがいたのか」

「ハイ。コゲチャイロノカミ、ソレニ、ハイイロノメノ、ワカイコタイデス」

 大公はさっと顔色を変えた。大笑いするエミリーを見て頭に血がのぼり、白目が血走り、動悸がした。が、かろうじて平静を装った。それから、改めてエミリーの顔を見た。セピア色の髪とセピア色の複眼、整った鼻と唇をしている。ただの人間であったなら、ものすごい美人だったろう。今はただひたすらに醜悪で醜悪で、そして醜悪だった。大公は湧き上がる殺意をなんとか抑え込み、いっそう冷たい目で周りを見渡した。部下の蜂人達が、おびえて目をそらした。

「この中で、もっとも使えない者を食え」

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