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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
42/79

42.炙りだし

 馬車に揺られ、スカイ達はモルディニアへ入国した。人の往来がほとんどないのを確認したところで、スカイは馬車の後部座席に立った。それから、街道の樹木や遠くに立つ木を狙って弓を引き、訓練を続けた。エボニーに乗った訓練が生きていて、動く場所からでも弓を引きやすくなった。かなりの高確率で、木を射られるようになった。スカイは嬉しさを覚えつつ、頭は他のことを考えだした。


 ラストビア人が言っていたことが、ずっと頭の隅に引っかかっていた。蜂を操っていたのがライトグリーンの目の少女、だと。ライトグリーン。明るい緑。言われて、真っ先に妹のバイオレットを思い出した。が、そんなはずがない。スカイは両頬を張り、訓練に集中した。


 しだいに、馬車馬(ばしゃうま)の走行速度が落ちてきた。二頭の馬はブルルルといい、長旅に疲れていた。

「馬の疲労具合からいって、村到着が遅れそうだ。スピードアップしてくれるか、ロイ」

 オリバーが言うと、ロイは怪訝な顔をした。

「何やらせようってんだよ」

「あの『蓬莱(ほうらい)』をまた演奏してくれ。疲労回復すれば、休みなく走れるだろ」

「そういうのは後で反動が来るんだぞ。馬も、僕も」

「それでも頼む。卵の孵化(ふか)まで、あと六日だ」

 その言葉にロイは背筋をしゃんと伸ばし、イーヨを構えた。蓬莱を演奏すると、途端に馬は走行速度を上げた。スカイはよろめきながらも、車上の訓練を再開した。


 その頃、ルビテナ村では、神殿の庭をナッシュビルが横切ろうとしていた。その庭の石窯(いしがま)で、鍋と睨めっこしていた農家達が、ナッシュビルに声をかけた。

「領主様、何度やっても(にご)りのひどい、青汁(あおじる)しかできないのですが…」

「構わん。ひとまず、できたら(びん)に入れて、私によこしなさい」

 ナッシュビルはそう言って、神殿の中へ入っていった。

「とても、蜂を撃退できる代物(しろもの)には思えないな」

 皆は互いに苦笑した。


「みんな、何やってんだい」

 そこへ顔を出したのはアイリーンだ。皆はその様子に目を丸くする。このところ、ずっと”少女”だったアイリーンとは違う。表情から喋り方から、歩き方にいたるまで、以前のアイリーンだ。

「アイリーン…?」

「大丈夫なの?」

正気(しょうき)を取り戻したのか?」

 皆は口々に問いかけつ。アイリーンはそれが不快で、眉間にシワを寄せる。

「何言ってんだ、わたしゃいつも通りだよ。で、何を作ってんだい?」

「あ、ああ。『ルビテナ讃歌』の通り、薬を作ってるのさ」

 農家は気圧けおされて、慌てて説明する。

「薬? 何の薬だい」

「その。ヤバネの…、対抗薬さ」


 農家の一人が差しだした、ルビテナ讃歌の歌詞全文を読みながら、アイリーンはふんふんと頷く。

「で。しろがね蜜はどれくらい入れたんだい?」

「へ?」

白水(はくすい)、って書いてあるだろ」

「ああ…。白水って何だ?」

「おや、知らないのかい。ジャネット姉さんが言ってたじゃないか。体にいいからあっためた白水を寝る前に飲めって。白水は白い水。しろがね蜜を使った蜂蜜水だよ。水二百ミリリットルに対して、蜜大さじ一杯さ」

 ジャネット姉さんというのは、一年前に死んだ村の女だ。姉さんと呼ばれていたものの、アイリーンよりも二回りは年上の老女だった。

「そんな大昔の知恵なんか…」

「まあ、私も村にきて歌を覚えたとき、二番目の歌詞は何かの料理の作り方だろうと思ってたけど」

「じゃあ、このサイラスってのは。夏陽(なつひ)とはなんだ」

 他の農家が興奮して歌詞を指さす。

「サイラス…は誰か男の人の名前だろうけど、わかんない。夏陽ってのは強火のことだよ」

「強火?」

 アイリーンは顔をしかめる。なぜそんな常識も知らないのか。湯気を立て、煮詰まった鍋を見おろしながら、腰に手を当て、深い息をつく。

「これはトロ火だから、冬陽(ふゆひ)だ。弱火が秋陽(あきひ)。中火が春陽(はるひ)。強火が夏陽。教わっただろ。ジャネットが…」

「婆さん世代の話は知らないよ。ここに残ってるみんなはあんたより若いんだ」

「失礼な。年長はガルシアさんだろ」

「ごめん。で? じゃあその白水にアロエとキャベツ入れて、強火で煮ればいいんだな」

 農家達は頷きあい、薬づくりを再開した。


 ナッシュビルは誰もいない神殿の礼拝室に入った。さらに祭壇の前に座り込み、首筋の汗をぬぐった。オリバーから届いた手紙は現代グリフィダ語と、古代グリフィダ語で書かれている。

 現代語の部分はこうだ。

 ”イエテナ男爵(だんしゃく)。ラストビアから最高に糖度の高いりんごを送る”

 それに続く、古代グリフィダ語の部分はこうだ。

 ”我は許さない、人を脅かすそれを。我は剣をとる、神が我らを(あざむ)くなら”

 そのフレーズに聞き覚えがあった。あの銅箱から出てきた、羊皮紙にあったフレーズだ。文はさらに続いた。

 ”蜂人(ぼうと)は甘い果実や樹液に寄ってくる。好物に興奮する。目が複眼になる”

 これはどこか書籍の引用のようだ。オリバーが敢えて古代グリフィダ語で書き、りんごを送ってきた意味を、ナッシュビルは真剣に考えた。当然、他者に読ませないようにするためだ。つまり、それはどういうことか。村人を疑えということだ。


 ”人を脅かすそれ”。それ、とは以前もオリバーが言っていた通り、やはり蜂人のことなのだろう。あの司書も、スペンサーが(おとり)になるまで正体を表さなかった。これはオリバーからの、同じ轍は踏むなという警告に他ならない。


 確認するのは簡単だ。りんごを見せて、反応を伺えばいい。だがもし、複眼になった者がいたら? その後の対処はどうする。

 さっきの様子から、サムは大丈夫だ。考えたくないが、武力のあるガルシアや兵士が蜂人だった場合、どうする。いや、それはない。司書を射殺したのはガルシアだし、それ以前に春祭りの日、皆を守って神殿へ誘導したのもガルシアだ。だが──。

 スカイはどうなる。本人は蜂人らしい様子はないが、兄のルークのみならず、父親も蜂人だったという。となると、本人に自覚がなくとも蜂人という可能性は、なきにしもあらずだ。


 ナッシュビルが再度、汗をぬぐったとき、正面玄関の扉が開いた。入ってきたのはガルシアだった。


「や、やあ、ガルシア。ち、調子はどうだね」

 普段ならこんな愛想良く挨拶はしない。どもったりもしない。だけどナッシュビルは不自然に瞬きを繰り返し、不自然に口角を押し上げた。

「おお、領主。相変わらずだよ。孵化まであと六日だが…。巣はまだ見つからない。連中はもしかしたらどこか遠くからきて、また戻っていった可能性がある。山のずっと向こうかもしれん。ひとまず、我々は防衛対策を講じて、演習を続けるしかなくてな」

 ガルシアは矢の束を掴みあげ、ルビテナ山の方を指差した。

「確かにそれもあるな。ところで…。これ、知っているか」

 ナッシュビルはガルシアの顔色を伺いながら、袋に手を突っ込んだ。黒りんごを持つ手が震えた。

「ほお。黒りんご。今の時期、珍しいな」

「ああ。好きか?」

「好きだ。くれるのか」

「ああ、いや、そういうわけでなくて…」


 ナッシュビルはハラハラしながら、大男のガルシアを見上げた。知り合いでなければ、その外見だけでも十分恐ろしい男だ。いつも通り目つきは鋭いものの、茶色の瞳は透き通り、温かな人間味を感じられた。複眼に変化する気配は、微塵(みじん)もなかった。

「領主?」

「ああ、すまん。すごくホッとして…。確認作業をしててだな…」

「ん?」

 ナッシュビルはガルシアという味方を得て、差し迫った表情を向けた。

「耳を貸してくれ」


 事情を聞いたガルシアは、黙ってナッシュビルと神殿を出た。まず、二人は石窯の前にいる農家達に声をかけた。黒りんごを見せると、誰もが愛想のいい笑顔を浮かべた。

「珍しいですね、黒りんごですか」

「俺も好きです」

「私はパイにするより生食が好きでして…」

 ナッシュビルはガルシアに半分隠れながら、一人一人の目を食い入るように見つめた。それぞれ茶色、青色、ハシバミ色と、目の色こそ違うものの、異常は見られなかった。

「孫娘が大好きなものです…」

 アイリーンがしみじみ言うので、ナッシュビルは眉根を寄せた。

「アイリーン?」

「ビビに食べさせてやりたいですわ」

 ナッシュビルはこの頃の、少女らしいアイリーンの気配がないのを不思議に思った。そんなナッシュビルに構わず、アイリーンは続けた。

「一応、ヤバネの対抗薬とやらができましたよ。これでいいか分かんないけど、瓶に入れときました」

「ああ、ありがとう」

 アイリーンが複眼にならないことを確認しつつ、薬の入った瓶を受け取ると、ナッシュビル達はその場を離れた。


 次に行くのは村の空き地だ。ちょうど兵士達が演習をしていて、立って弓を引いたり、馬に乗りながら引いたりしていた。ナッシュビルはよりいっそう緊張して、先ほどと同様に話しかけた。ガルシアがいても、彼らが武器を持っているのが怖かった。だが、目の様子をつぶさに観察しても、何も変化はみられなかった。


 ガルシアを盾にして、同じことを、水路で洗濯する女達や子守りをする母親達、養蜂家、農家、木こり、子どもにいたるまで繰り返した。誰にも異常はなく、蜂人は見つからなかった。

「ああ。ああ。よかった。村に、蜂人はいない」

 ナッシュビルは腰が抜け、地面にへたり込んだ。さらに、安堵のため息をついた。心配して寄ってきた村の女達に、黒りんごを配った。

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