41.ラストビア王国
デメロスの森を出て、ホーンランドを出国したスカイ達は、ラストビア王国へ再入国した。国境を抜けて間もない頃、ジャッキーが鋭く鳴いた。
「ねえ。ちょっとあれ見て」
スカイが指さす方にはりんご畑があった。が、何本か木が倒れ、すぐそばの民家からは火の手が上がっていた。
スカイ達が馬車で駆けつけると、畑にはヤバネスズメバチの死体が何体か転がっていた。その脇で、ケガを負ったラストビア人達が身を寄せあい、泣きじゃくっていた。
「どうしたの」
スカイが馬車を飛び降りて話しかけるも、グリフィダ語が通じず、人々はためらっている。
「ちょっと待って」
ロイはイーヨを持って馬車を降りた。それから、おもむろに演奏を始める。ラストビア人達のケガがじわじわと治っていくのを見ながら、スカイが尋ねた。
「その曲、前も聴いたけどいいよね。何ていうの」
「『蓬莱』。サウン族ならみんな弾ける」
ロイは額に汗を浮ばせ、懸命に弾いた。
一方、近くの森林では、イーディスが部下のヤバネスズメバチを怒鳴りつけていた。
「このバカどもが。ならば、代えを早く探してまいれ」
「どうした」
退散する部下達を尻目に、アイリスが尋ねた。
「大公の大好物をとってこられなかったとよ」
「何だ。人間でも出たのか?」
「そうだ」
「やっぱあいつらは能無しだねえ。せっかく、大公が先導切って一番いい畑を見つけてくださったのに。我々、蜂人と違って、単なる体力バカっていうか」
「まったくだ。で、連中はどうしてる」
「その先の家だ」
アイリスが森林の外を指さした。そこでは焚き火を囲んだスカイ達が暖をとっていた。
焚き火の前ではラストビア人農家がりんごを串に刺し、よく焼いた。出来上がった焼きりんごをスカイ達にふるまった。女性や子ども達がパンを炙ったり、鍋でスープを作ったり、熱心に世話を焼いている横で、一家の父親がロイにしきりに話しかけてきた。ロイは彼の腕に触れ、熱心に耳を傾けた。
「ラストビア語、わかるのか」
オリバーが尋ねた。
「うん。相手に触ってればな」父親がまた喋り出したので、ロイは頷いた。「我々がりんごを収穫していたら、デカい蜂に襲われた。通りがかりのアヌミラ人に救われたが、彼らは蜂を追っていってしまった。蜂を操ってたのは緑の目の魔物だった、だって。アヌミラ人、見たかったな」
ロイはそう言い、意味深にオリバーの緑の目を見る。
「なんだよ。俺じゃねえよ」
言い返すオリバーの目を見て、一家の父親が首を横に振る。
「そんなオリーブグリーンじゃない。ライトグリーンだった。少女だったって」
ロイが通訳すると、スカイはきょとんとする。
「ライトグリーンで、少女?」
「うん。ねえ、もっと食えだって。こっちの品種は特に甘い、最高の糖度を持つんだ、だって」
ロイの通訳を聞きながら、スカイは父親の手にするりんごを見た。まだ焼かれていない生のりんごは、皮の色が真っ黒だった。
「おっと。また聴きたいのか」
ロイは父親に向かって笑顔を向け、イーヨを奏でた。するとオリバーがヌマグチに手を突っこみ、ベルエルクの角をずるずると引きだした。スカイが手にとると、長さ十メートルはあるというのに、信じられないほど軽かった。
「軽いな」
「重いもんは鹿も頭に乗っけておけないだろ」
「そうだけど」
そう言って、スカイはロイのイーヨに角を近づけた。末広がりなパイプ状の角は、音色を遠くまで響かせた。
食事がひとしきり済み、皆は焚き火の周りで野宿することにした。イーヨの心地よい響きに、ラストビア人一家は先に眠ってしまった。スカイは弓を持ち、近くの木に向かって弓を引いた。それをオリバーとロイがぼんやり眺めた。ジャッキーが面白がって、矢の刺さった木のそばを飛び回った。
「ガルシアさんに何か必殺技、習ったんだって?」
オリバーが後ろから話しかける。
「うん。でもまだモノにできてない」
そう言って、スカイは目を閉じる。耳をすませ、辺りの空気の動きを感じる。それから、自分と森、空気が一体になっているような感覚をつかむ。ゆっくり目を開け、弓を構える。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。レクシア」
瞬間移動するように、矢は遠くの木に突き刺さった。
「すごいな。俺は目が悪いからよく見えない」
「うん。ちゃんと当たったよ」
スカイは息を深く吐いた。
「弓の訓練中に、駆りだして悪かったな」
オリバーが無表情で謝る。
「いいよ。今回は運が良かったよ。ベルエルクが襲ってこなくて」
「まあな」
「その弓に、いつも助けられてる」
「俺もオリバーとロイにも助けられてる。村のみんなも。すごく頼りにしてる」
スカイは弓を握りしめる。
「もちろんだ。俺らは、いくところない。全力で蜂も卵も殺す」
オリバーは真顔で答え、ロイを見下ろす。ロイはミケールを抱きしめ、すやすや寝入っている。スカイはオリバーを見る。瞳の中で、焚き火の炎が揺れている。その炎に魅せられながら、スカイはぼんやり思う。やっぱりオリバーはルークに似ている。愛想が悪いし、感情に乏しいが、冷静に見えて情熱的なところ、男らしいところはそっくりだ。それが嬉しいはずなのに、心臓をぎゅっとつかまれる思いだ。
「ずっと、ルビテナにいればいいよ」
スカイは小声で言い、もう一度弓を引く。矢はまっすぐとばず、茂みの中に落っこちた。
「ところでさ。ルビテナであったこと、もう少し詳しく聞かせてくれるか」
オリバーに言われ、スカイがこれまでのことをなるべく丁寧に、順を追って話して聞かせた。オリバーは遮らず、最後までじっくり聞き入った。
「そうか、司書がスパイだったのか」
「うん」
「どうしてそれが分かったんだ」
「スペンサーさんって人がいて。その人が証拠を突き止めたんだ」
「証拠?」
「うん。蜂人って好きなものの前だと興奮するんだって。モーガン先生の本にも詳しく書いてあったんだけど…」
「あの古代グリフィダ語で書かれた本か? 最初に研究室で見た」
「うん。俺は読めないけど、でっかいイラストが載ってて、その説明文…」
「六十六ページだ」
「え? ページ数までは…」
「俺は覚えてる。字面も…。ああ、そうか。あのページだ」
オリバーは唐突に目に力を入れ、口角をあげ、力強く嗤った。その笑いは冷たくて気味悪く、スカイは背筋がゾッとした。
「ところで、ジャッキーって速く飛べるのか。重いものは持てるのか」
オリバーが急に話題を変え、ジャッキーを見た。
「え? うん、かなり速いよ。力も結構あるし」
「何キロくらいまで持てそうだ」
「うーん。三キロくらいはいけると思うよ。前にそれくらいのウサギを捕まえてきた」
「おい、ロイ、起きろ」
「んー?」
オリバーに揺さぶられ、ロイは目をつぶったまま唸った。
「至急、頼みたいことがある」
「なんだよ。疲れてんだよ」
「テイオウワシとも話せるか」
「鳥語は難しいんだよな」
「なら、ミケールは。そうだ、ミケールも重いものは持てるのか」
「こいつは重いものは持てないよ。ジャッキーとは話せるみたいだけど」
ロイは大あくびをして、ミケールを撫でる。ミケールはニャゴニャゴ言ってロイの胸の中に滑り込んだ。
「ならジャッキーに聞いてくれ。ルビテナまでの帰り道は分かるのかって」
ロイはむっくり起き上がり、ミケールにニャゴニャゴ言うと、ミケールもニャゴニャゴとジャッキーに言った。するとジャッキーがピュイピュイと囀った。
「スカイ殿にお仕えする某、道を覚えるなど造作もないこと、ってこのクソ鳥は言ってやがる、だってさ」
「クソ鳥って言うな」
スカイが怒ってミケールを睨みつけると、ミケールはロイに抱きついた。
「でも、スカイのこと、ちゃんと主人だと思ってんだな。よし、じゃあ頼まれてくれ」
オリバーは布袋にりんごを詰め始めた。さらに、持ってきた紙に何事か書き始めた。
「何やってんだ」
書き上がった手紙をりんごと一緒に突っ込むオリバーに、ロイが怪訝な顔で尋ねた。
「これを大至急、ルビテナに持ってけ。イエテナ男爵にって、伝えろ」
「何を送るんだよ」
オリバーは一瞬、目だけで辺りを見回した。卵が孵るまであと八日だ。すでに産卵はしているのか。だからこそ急がねばならない。オリバーはそれから、ロイに向かってつくり笑顔を浮かべた。
「別に。ただの土産さ」
森の中で聞き耳を立てていたイーディスとアイリスは、互いに頷き合った。
「好物に興奮するだと? そんな幼稚な蜂人は見たことがないな」
「ああ」
「ひとまず、大公に報告だ。連中の狙いは陛下の卵だ」
その後、ジャッキーはりんごと手紙の入った布袋を持ち、ヨルシア大陸を縦断した。ほぼ休まず飛びつづけ、ラストビアからルビテナまでを二日で飛びきった。
「おお、この鷲は確か…」
学校の研究室にいたナッシュビルは、ガツガツいう音に気づき、羊皮紙から顔を上げた。窓に近づくと、ジャッキーがホバリングしながら窓をつついている。
「ジャッキーですよ。スカイの飼ってる。何か持ってます」
サムが言うと、二人は急いで玄関を出た。ジャッキーはナッシュビルの顔を見るや否や、布袋を地面に落とした。
「何でしょう、これは」
ナッシュビルが屈んで袋を開けた。中には手紙と、黒いりんごが入っている。
「珍しい。黒りんごですよ」
「ああ」
りんごを手に取って喜ぶサムと引きかえに、ナッシュビルは手紙を見て顔をしかめる。
「返せ」
「え? あ、はい」
サムがりんごを袋に戻すと、ナッシュビルはそれを抱え、ずんずんと神殿へ向かった。




