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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
40/79

40.ルビテナ讃歌

 スカイ達がデメロスの森へ着く、七日前のことだった。


 モルディニアとラストビアの国境付近では、ヤバネスズメバチの大公(たいこう)率いる別動隊が飛行していた。大公(たいこう)の側近であり長髪の蜂人(ぼうと)、イーディスと、短髪の蜂人、アイリスは、先頭を飛ぶ大公を見ながら、お互い顔を見合わせていた。

「大公は早々に城から出されてしまったが、大丈夫なのか」

 イーディスが問いかける。

「何をだ」

 アイリスが不思議がる。

「出産だよ。まだお若い。早すぎないか」

「そうだな。たくさん食べて、大きくなっていただかないとな」


 一方、ルビテナ村の学校の研究室では、ナッシュビルが例の羊皮紙の翻訳を続けていた。訳文を書き写す作業をサムに手伝わせながら、考えごとを始めた。


 今日はもう四月二十五日だ。本当にヤバネスズメバチの卵は五月十一日に孵るのか。情報はただ一つ、ルークという少年のダイイングメッセージだけだ。その卵が産みつけられたかどうか、自分はこの目で見てない。見てないものは信じられない。が、ルークが蜂人だったこと、蜂人なのに蜂人に殺されたことを考えると、十中八九、Xデーは来る。


「”召使いが言い、倒れた。蛇に()まれたと。我はあの剣を用いた。それは効果を発揮した。彼女は取り戻した、意識を。我は思っている、彼女に申し訳ないと” 剣を用いる、ってなんなんでしょうか」

 サムの質問に、ナッシュビルは我に返った。

「ああ。よく分からんが、剣というは物理的なものではないのだろう。何かもっと抽象的な……」

「チュウショウ?」

 ナッシュビルはため息をつく。サムからは聡明さが感じられない。だが、あのロクレンから来たというオリバーはどうだ。賢く冷静で探究心があり、とても頼もしい。スカイと、マデッサから来たという少年とまた出かけていってしまったが、いつ帰るのか。

 彼らは領民、それもまだ子どもだというのに、いつからか自分は彼らの力を頼りにしている。彼らは自分にできることを必死でやっている。一方、自分は領主であり、成熟した大人だ。先祖代々伝わるこの領地を、守れるのは誰か。自分をおいてほかにない。ナッシュビルは気持ちを奮いたたせ、羊皮紙と向かいあった。


「こんなところにいた」

 ナッシュビルは顔を上げた。戸口に立っているのは妻のバーバラだ。手にした燭台の明かりに照らされ、その顔は怒りに満ちている。

「ああ、バーバラ。これが撃退方──」

「いい加減になさい」

 バーバラがぴしゃりと言うと、ナッシュビルはまつ毛をしばたく。

「そんなことより、国王陛下にお願いして、もう一度作業人夫をよこしてもらうのが筋です」

「確かに。だが、今は国中が──」

「では、あの献上したしろがね蜜はなんだったのです? あれ一瓶で馬車が買えるのに」

 バーバラに詰め寄られ、ナッシュビルは顎をひく。

「だが、バーバラ。人夫はみな去ってしまった。我々にできることはこの資料からヤバネの習性を把握し──」

 ナッシュビルが言い終わらないうちに、バーバラが羊皮紙の束をひったくる。

「おい、何をする」

「こうするのよ!」

 バーバラは羊皮紙を、燭台の火の上に放った。

「やめろ」

「こんな生活、もううんざり。今日から屋敷に帰らせてもらいます!」

 バーバラはズカズカと部屋を出ていった。ナッシュビルとサムは羊皮紙をバンバン踏みつけ、消火に奮闘した。そのとき、サムが目を見張った。

「あっ」

 一部燃えた紙を、サムは素早くつかみとる。何も書かれていないまっさらな紙に、茶色くぼやけた文字が浮かびあがった。


 その後、サムはまっさらな紙を三枚とも、慎重に(あぶ)った。次々に炙りだされる古代グリフィダ文字を、ナッシュビルが読みあげた。

「”蓮華(れんげ)……平原……風……通過……北方へ存在する山岳……。空を貫通する……天……直立……ずっと打ちつづけろ……平和的な金属……。感嘆符……端正……ルビー・イエテナ……”直訳はこんな感じだ」

 どこかで聞いたことがある単語の並びだ。だけど思い出せない。サムは炙りだしを終え、首を傾げる。

「”平和的な金属”とは何でしょう」

 質問の途中で、サムは物音に気づいた。外で誰かが歌っている。アイリーンだ。アイリーンの陽気な歌声にナッシュビルはうんざりしたが、サムはそれに合わせて口ずさむ。

蓮華(れんげ)の畑に春風吹き抜け〜北に臨むは、アカラ山脈〜」

「ん?」

 ナッシュビルは目を見開き、サムの顔を見る。サムは構わず続ける。

「空をも貫き天までそびゆる〜永遠とわに鳴らすは、平穏の鐘〜」

「鐘。平穏の鐘。平和的な金属とは、平穏の鐘のことか」

 ナッシュビルはサムから羽ペンをひったくり、紙に書きだした。すべて書き終え、震えながら羊皮紙をつかんだ。

「これは『ルビテナ讃歌』……か」

 サムとナッシュビルは顔を見あわせた。


 やがて日が暮れた。ヤバネスズメバチの別動隊は、ラストビアの森林で休息していた。

「大公は人間の肉団子がお嫌いだ。蜂人のくせに変わっているな」

 イーディスはアイリスの前でぐちった。

「だな。陛下はあんなに肉団子がお好きなのに」

「陛下とは嗜好が違うのだ。だからミツバチ探しとなるわけだが、この辺には食いごたえのあるのがいない」

「待て。いい匂いがするぞ」

 アイリスが森の外を指さす。

「ああ、だがよく見えない。朝になったら探索部隊を派遣しよう」


 翌朝も、ナッシュビルとサムは研究室にこもった。

「一番の歌詞は、村そのものを(うた)っているようだ。まさに、『村をたたえる歌』だ」

「ですね。二番の歌詞は、『巡っておくれ』とあるので、何かを探してほしいような」

 サムは二枚目の羊皮紙を手にとる。

「そして三番。村を巣立つ若者の心情を歌っているようだ。……それで」

「はい」

「これのどこに、ヤバネ撃退法が記されていると?」

「他の人にも聞いてみませんか」

 サムはそう言って、研究室を出た。


「村の歌がヤバネ撃退法を記したヒントだってのか」

 サムに連れてこられたガルシアは、腕を組みながら首を傾げる。一緒についてきたルイスや他の村人も訳文を見つめる。

「二番の歌詞。この、『サイラスの(とき)』ってのは何だ」

 ルイスが尋ねると、サムが頑張って頭をひねる。

「そういう渡り鳥とかがくる季節かも」

「うむ。(とき)、というくらいだ。何か季節の変わり目を伝えるものだと私も思うが…。とにかく、『にがきアロエから青菜の花まで巡っておくれ』とある。青菜(あおな)はともかく、村にアロエが生えてる場所はあったか」

 ナッシュビルも顎に手をあて、考えをめぐらす。

「ベイカーさんが店で育ててました。つくったパンで胃もたれしたとき、アロエを食べるんだって。苦いけどスッキリするって」

 若い女性がパン屋のベイカーのことを持ちだして言うも、ナッシュビルは首を横に振る。

「こんな古文書にある時代から生えてる場所だ」

「そうだな。もともとアロエという植物は、もっと南方のものだろう」

 ガルシアも指摘した。

「ヨルシア原産のアロエというものはないのか。小さな村だ。探してみてはどうか」

 ルイスの提案に、皆は賛成した。


 一行は校舎から出て、村をめぐった。だが、空き地や野原、林を見回っても、アロエが生えている場所は見当たらなかった。が、夕方になって、サムがビシッと指をさした。

「ねえ。あれ、アロエじゃないの」

 そこは村の南東部に位置する、小さな一軒家のそばの茂みだ。

「おお。本当だ」

 ナッシュビルが駆け寄って、その肉厚な葉を手にとった。

「だが、そこはモーガン先生の自宅だ。あの物好きな先生のことだ、自分で植えたんじゃねえのか」

「そうかな。先生の家は塀がないから、どこまで庭なのかよくわかんないし。これは勝手に生えてたやつなんじゃ──」

 サムが苦しまぎれに言うが、皆は微妙な表情をする。

「歌詞どおりだと、その位置から青菜が生えてるところまでを巡れ、とある。青菜はどこだ」

 ナッシュビルはあたりをキョロキョロ見回す。

「青菜と一言で言ってもな。色々あるんだ。ほうれん草なのか、キャベツなのか」

 農家が唇を突き出して言う。

「ほうれん草は今はもうどこにもないよ。キャベツならアイリーンが育てていたよ」

 年配の女性が言うと、ガルシアが眉を垂れ、ため息をつく。

「モーガン先生のアロエも、アイリーンのキャベツも、古文書に書かれる前から存在していたか?」

「それもそうだ……」

 皆は肩を落とした。


「もう一度、その訳文を見せてくれないか」

 ルイスが尋ねると、訳文を書いた紙をナッシュビルが手渡す。

「この、『夏陽(なつひ)』というのは? 夏でないと意味がないということはないか」

「だが、それを言ったらそこで青菜、という言葉が出てくるのも変だ。夏に採れる青菜はほぼ無い」

 農家が言いかえす。

「よく分からんが、『豊穣の坩堝(るつぼ)』とある。何かを溶かすべきと言っているのだろう」

 ナッシュビルは訳文を指で辿ってみせる。

「じゃあ、このアロエとキャベツを溶けるまで煮込んでみたらどうだろうか」

 ルイスが言うと、皆はぎこちなく、バラバラに頷いた。

「やってみよう」


 同じ頃、ラストビアの森林で探索部隊の報告を受け、イーディスとアイリスは顔を見あわせた。

「ルビテナの人間が近くにいたと…?」

「モルディニアの方らしいぞ。匂いで分かるんだろ。あいつら、しろがね蜜のくっせえ匂い、するもんな」

「何のために」

「分からんが、陛下を危険にさらすわけにはいかん。奴らをマークさせよう」

「了解」

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