4.養蜂場
スカイとガルシアはどうにかイノシシを振りきり、ルビテナ山のふもとにたどり着いた。
「はっはっは。傑作だ。やったな。その調子だ」
「うん。ねえ、ガルシアさん、見て」
スカイは息を整え、指をさした。山のふもとに位置するルビテナ村は、人口二千人ほどの小さな村だ。目を凝らすと、淡い灰色の茅葺き屋根の家々が、明るいクリーム色の光を浴び、白っぽく輝いて見える。その先には菜の花畑が、巨大な黄色い絨毯のように横たわる。それらを引き立てるように、萌葱色の葉をつけた木々があちこち芽吹き、風に揺れている。その奥に広がり、白波を立てるのはメドリア海だ。村の朝の色、神々しいそのさまが、スカイは最高に好きだ。隣のガルシアも、その風景に見とれている。
「世界で一番、綺麗だ」
スカイは風を顔で受け、つぶやいた。
二人は村の北エリアへと向かった。
そこには一面、タンポポがびっしり生えている。北側に五メートルほどの高さの崖が、南側に水路があり、並行している。せり出た崖下を天然の屋根代わりにして、木製の棚が並び、その棚の上に何百という半球状の籠が、ずらりと並ぶ。オオルリミツバチの巣籠だ。
それは直径八十センチ、高さ百二十センチほどの大きな籠で、ライ麦の藁で編まれている。開口部を下向きに伏せた状態になっていて、その下部には高さ一・五センチ、横幅八センチほどの小さな入口がある。そこから出入りするのがアカラ山脈原産、体長三センチのオオルリミツバチだ。
今は村の菜の花畑が満開なだけでなく、そばではタンポポが、野菜畑ではキャベツやブロッコリー、カブが開花していて、蜜源植物が充実している。この大型の蜜蜂は水路の水を飲みつつ、花蜜を集めるのに大忙しだ。一方、養蜂家達は巣の様子に異常はないかと、籠を点検している。
「スカイ」
声をかけてきたのはスカイの祖母のアイリーンと、妹のバイオレットだ。
「おはよう。ただいま」
「スカイ。お前はまーた、ガルシアさんと山でほっつき歩いてたのかい」
アイリーンが怒鳴りつけるかたわら、バイオレットはガルシアの持つカモに注目する。
アイリーンは祖母とはいえまだまだ若い。長い銀髪を一本結びにして、ややつり上がった眉と真っ青な瞳、少しぽってりした丸い鼻で唇は小さく、貫禄がある。
バイオレットはスカイより二歳下の妹だ。スカイより頭ひとつ分ほど背が低く、まっすぐな黒髪を三つ編みにしている。色白の肌をしていて、瞳は黄緑色だ。学校の成績もそれなりに良く、近眼なので分厚いメガネをかけている。
「ほら。今日のフォークナー家の晩飯」
ガルシアがなだめるように、アイリーンの顔の前に突きつける。
「ふん。今からこんな贅沢したんじゃ明日、何にも食えなくなるよ」
「明日の祭りは、さらに上物を食わせてやる」
翌日は恒例の春祭りだ。アイリーンはまんざらでもないとばかりに頷き、カモをぶん取る。上物というのは、先ほど射ちそんじたイノシシだろうと、スカイは想像する。
「調子はどうだ」
ガルシアが巣籠を見た。
「おかげさまで絶好調さ。秋冬によく養生させたからね。強群揃いだよ」
強群と呼ばれる、勢いのある蜂の群れを見て、アイリーンはむすっとした顔にドヤ顔をまじえる。それから銅製の円筒を手に取り、出てくる煙を巣籠の入口に吹きかける。この円筒は燻煙器と呼ばれ、中には火のついた家畜の糞が入っている。蜜蜂はこの煙で大人しくなり、人間を刺さなくなる。
アイリーンは燻煙器をわきに置き、バイオレットと重たい巣籠をゆっくり持ち上げた。中には大きく垂れさがった巣板がいくつもでき、六角形の巣房には幼い蜂子達と、目にも鮮やかな瑠璃色の蜂蜜がたっぷり詰まっている。働き蜂達が巣籠を定位置に戻せ、子育ての邪魔をするなとばかりに、羽音を立てる。アイリーンは巣内に異常はないか点検した。
「今日は落ち着きがないよ」
一匹の働き蜂が、羽を震わせガルシアに接近する。ガルシアはギョッとして、上体をそらした。
「なぜ落ち着きがないんだ」
「さあね。大男が来たからかも」
アイリーンはガルシアを見て、フンと鼻を鳴らした。
オオルリミツバチが好む花は、他の蜜蜂と変わらない。だが、蜜色がまったく異なる。花と巣を往復する「外勤蜂」は、花蜜を吸い上げて持ち帰り、巣内で働く「内勤蜂」に口移しで渡す。内勤蜂が巣房に吐きもどすときに、サラサラしていて透明度の高い、瑠璃色の蜜へ変化する。
その蜂蜜はキリッとした爽やかな風味があり、同じ花からとった蜂蜜でも他の蜂のものより俄然、高値で売れた。だから、ルビテナ村の養蜂家は皆、オオルリミツバチを飼育した。
村外の人間達は当初、悪魔の唾液だとか、魔物の糞尿だとか言って忌み嫌ったが、とある大貴族が食し、「ラピスラズリのように輝く高貴な蜂蜜。『瑠璃蜜』だ」と絶賛した。国中に噂が広まり、瑠璃蜜は貴族達の間でもてはやされている。
さらに一点、オオルリミツバチは変わった習性を持つ。一年のわずかな間だけ、夜間に飛び立つときがある。三晩続けて星が強烈に瞬く「星明かりの夜」だ。そのときに咲く「星明かり草」の蜜を、蜂は狙う。
採れた蜜は「しろがね蜜」と呼ばれ、普段の瑠璃蜜とは異なる。それは粘性が強く透明度が低い、光沢のある銀白色をしている。香りは優美で甘く、味は濃厚でクリーミーだ。採蜜量もごくわずかで、瑠璃蜜すら安価に思えるほど貴重なため、国王陛下や外国の特使に献上されるほどの超高級品となる。
「ねえ、おばあちゃん、今年もしろがね蜜、狙うよね。今夜とか、きそう」
スカイが期待と興奮をまじえて言うと、バイオレットは首を横に振る。
「しろがね蜜なんて運だよ。夜にみんなで飛び出して、クマに食べ尽くされたらどうすんの」
「ビビの言う通りだ」
ビビことバイオレットに、アイリーンは賛同する。
「でも、勝手に飛んでくのは仕方ないよ。それに、ジャッキーなら星明かりの夜が分かる。宙返りしながら教えてくれたじゃん」
スカイの言葉にガルシアはそうなのかと、興味深く頷く。
「たまたま、夜に騒いでただけだろ」
アイリーンは口をとがらす。
確かに騒いでいた。だが、騒ぐ価値はある。しろがね蜜は毎年、確実には採れない。ここしばらく、採れたのは少量で、一昨年は村内で消費した。だけど去年はまあまあに採れた。スカイが村人から聞いた話では、八年ぶりの豊作らしい。領主が従者へ売りにいかせたら即売した。その金で、高価な馬車を買った。
スカイは生まれて初めて馬車を見た。その恩恵は大きく、他の村との売買がさかんになった。子どものスカイはまだ乗せてもらったことがないが、大人達が物を運搬する姿は頼もしく、格好良かった。おかげで、村はさらに富み、人口も増えた。もっともっと豊かになればいいと、スカイは願う。
「俺のならいいでしょ」
俺の、というのは自宅にある巣籠のことで、スカイが捕獲した群れだ。
「好きにしな」
「やったあ。そうする」
スカイが双手をあげて狂喜乱舞すると、アイリーンが腰に手をあて、鼻息を吐く。
「ガルシアさん、狩猟大会もいいけど、あんたはクマ退治しとくれ」
「分かってるさ。でも、そこにもいい見張りがいる」
ガルシアがジャッキーの方を顎でしゃくった。ジャッキーはスカイの肩から他の村人の肩に飛びうつった。フォークナー家の隣人、イサクだ。イサクは若い青年で一年前に結婚し、じきに子どもが生まれる。イサクがジャッキーにネズミを与え、他の村人はジャッキーをなでた。
皆がジャッキーに期待するのは、ガルシアでも手に負えない、天敵の駆除だ。特に、スズメバチだ。偵察蜂がきたとき、ジャッキーが素早く食い殺した。おかげでスズメバチ本隊による襲撃を免がれ、ジャッキーは守り神として可愛がられている。
「ジャッキーは私に似て、勤労者だ。スズメバチは殺しても、オオルリには手を出さないし」
アイリーンはガルシアと話しながら、皮肉だと感じた。かつてはスカイに、山に捨ててこいと言いつけた鳥なのに。
一方、スカイはイサクと話しこんでいた。
「スカイ、ワシなんてどうやって躾けたんだ」
「スズメバチの偵察蜂がきたとき、松明をぶん回したんだ。そしたら、ジャッキーがそいつを食べたんだ。俺が偉いってなでたら、それからずっとそうだよ」
「偉い。ジャッキーに嫁、あてがってやれ」
イサクがほめると、ジャッキーも首を縦に振る。
スカイは腕を組む。確かにジャッキーはひとりぼっちだ。テイオウワシの仲間がどこかにいればいいのにと、いつも考える。それに、ジャッキーは妙に小さい。本当は世界一の巨鳥といわれる鳥なのに。
「スカイ、学校に遅れるよ」
アイリーンがせき立てるので、スカイは早足に帰路についた。




