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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
39/79

39.ホーンランドの巨鹿

一面ピンク色のレンゲ畑では、オオルリミツバチがブンブンと飛びまわり、花蜜を集めていた。

「実験だ。いくぞ」

ロイは畑の前に立ち、イーヨを構えた。スカイが見ていると、ロイは立って演奏しやすいよう、イーヨのストラップを自作したようだ。それを首にかけ、楽器の弦に弓をあてがい、その手をゆっくり引いた。

ロイは『アヌミラ人の踊り』を弾き始めた。何やら怪しげな、ミステリアスな曲調で、スカイはちょっとだけ鳥肌が立った。その鳥肌が立つのとほぼ同じタイミングだった。オオルリミツバチは動きをとめ、バタバタと地に落ちた。

「おい。何すんだ」

スカイがロイの肩を揺さぶるも、ロイは弾くのをやめない。

「やめろ。殺すな」

「殺してない。これは蜂を金縛りにさせる曲」

ロイは得意になって笑い、キリのいいところで弾くのをやめた。それから恐る恐る、倒れている蜂の羽をそっとなでる。蜂が怖がって暴れ、ロイはすぐに手を引っこめた。

「本当だ。生きてる。すごいや、ヤバネにも使えるんだよね?」

スカイはほっとして、ロイの手を握りしめる。ロイはその手を振りはらい、せきばらいする。

「まあな、僕は天才だし。これでヤバネが飛んできても、まとめて振り落とせる。ただ……」

ロイは口をへの字に曲げ、腕を組む。

「何?」

「遠くの蜂には効いてないな」

ロイがちらりとオリバーを見てから、レンゲ畑を指さす。確かに離れたところにいる個体群は、変わらず飛びまわっている。

ロイは再びイーヨを構え、今度は曲を逆から弾いた。すると、倒れている蜂達が、足を徐々にばたつかせた。それから羽を広げ、皆、元気に飛びはじめた。

「なるほどな」一部始終を見ていたオリバーが頷く。「音を遠くまで届けられればいいってことか」


スカイとロイ、オリバーの三人は再び馬車に乗りこみ、村を発った。

「今度はどこ?」

運転するオリバーにスカイが尋ねる。

「ホーンランド。地の果てさ」

「そこまで行かないと無理なの」

「俺が知る限りではな」

オリバーはルーシーの懐中時計を懐から取りだす。暗い表情になり、深く息を吐く。

「ヤバネの卵が孵化するまであと三百九十時間」

「もう三百? 最初、九百とか言ってたよな」

ロイが素っ頓狂な声を上げる。

「つまり、あと十六日だ。なのに、巣が見つからない。しろがね蜜も残りわずか。ネムレタスも種がないから増やせそうにない。だから、戦うしかない」

「うん」

スカイは唇を引きむすぶ。

「ロイがヤバネの体の自由を奪ってくれれば、弓使いは楽だ。弓が引けない俺でも殺せる。その効果を最大限に生かすために、ベルエルクの(つの)が必要なんだ」

「ベルエルクって?」

「鹿だ」

「何だ、鹿か」

鹿ならルビテナ村で仕留めたことがある。スカイは胸をなでおろした。


三人を乗せた馬車はグリフィダ王国を出て、モルディニア共和国を北上した。四日後には北方の国、ラストビア王国へ入国した。気温が下がり、残雪が見えてきたので馬車を止めた。馬に馬着ばちゃくを着せ、三人はスピリトーゴ男爵にもらった毛皮のコートを着た。そのとき、スカイは通行人と目が合った。怖くなって、慌てて目をそらした。ここはアヌミラ人の住む国だ。

「もしかして、そのへん歩いてる人も、金縛りの術を使うの」

「そうじゃねえよ。伯父様がそういうインスピレーションを得ただけだよ」

ロイが声を立てて笑う。

「どんな」

「アヌミラ人は強くて有名だ。戦闘前に踊る。敵はそれを見ただけでフリーズして、降参するんだ」

ロイの説明でスカイは納得する。

「意外と本当に、その術は生きてるのかもな。見ろよ。この国のりんご畑」

オリバーが指さす方を見ると、畑にりんごの木が立ち並び、赤いりんごがたわわに実っていた。


三人はラストビアを抜け、ホーンランドに入国した。北へ向かう街道は上り坂になり、民家が減り、生える木々も樹高の高いマツやトウヒだらけになった。空を雲が覆い、雪がちらつき、吐く息が白くなった。出発から七日目の朝、ようやくヨルシア大陸最北端の森、デメロスの森についた。


雪化粧をした森は、とてつもなく静かだった。そばに凍った湖があり、厚い氷の下に魚影が見えた。

「これがデメロスの森? 昔読んだ絵本に出てきたよ」

スカイが腕をさすりながら、白い息を吐く。

「僕も読んだ。悪魔、デメロスのすみかだろ。出会ったが最後、魂を吸い取られるんだ」

ロイはへっぴり腰のまま震え、スカイにしがみつく。スカイはそうされて、逆に自信満々になる。

「悪魔がいるのは絵本の中だけ。俺らは鹿の角を取ればいいんだ」

「ああ……。とにかく頑張れ」

オリバーの意味深な言い方に、スカイの自信が急激にしぼんでいく。

「何……」

「成獣の体長は十メートル。体重十二トン。筒状の角は根元から先端に向かって末広がりになり、毎年生え変わる。その長さは雌雄ともに十メートル」

「何それ。またヨルシア大陸最大の……?」

スカイのから笑いを、オリバーは真顔で受け止める。

「世界最大の鹿だ」


全員、緊張して森へ入った。

「その鹿はどこ」

スカイは弓を握りしめ、先頭をいくオリバーに尋ねる。

「本によると、高いところが好きみたいなんだ。ほら、あそこに丘があるだろ。だいたいああいう見晴らしのきくところを寝ぐらにしてるらしい」

「してるらしい、じゃないよ」ロイが泣きそうな声で言う。「してる、よ」

オリバーは丘を上りながら、ロイに小声で尋ねる。

「地獄耳のシティボーイに聞く。何頭だ?」

「うん……でっかいのが六頭。すごくでっかいのが四頭。ウルトラバカでかいのが一頭」

「全部で十一頭か」

オリバーは冷静に計算する。

「肉食なの?」

スカイが尋ねると、ロイがこづいた。

「肉食の鹿なんか、いるわけねーだろ」

「食われそうになったらロイを置いて逃げるか」


オリバーが軽口を叩くと、ズシンと大地が揺れた。三人があたりを見回すも、何もいない。代わりに、見慣れない樹木が四本、目の前に立っている。

「何の木だ」

「さあ、モミとは違うようだな。まるで南方の植物みたいだ。この樹皮は……」

解説しながらオリバーが見上げると、そこでフリーズした。他の二人も同様だ。木のてっぺんには葉っぱのついた枝の代わりに、胴体と首、それに細長い草食動物の顔、てっぺんにはラッパのような筒形の角が二本、生えている。

「ベルエルクだ!」

三人は発狂し、回れ右した。


森を駆けて駆けて、駆けぬけた。息も絶え絶え、三人は馬車を止めた湖の手前まで舞いもどった。スカイは膝に手をつきながら呼吸を整え、森を振りかえる。

「ねえ、本当にあんなのの角が欲しいの」

「欲しい。見ただろ。素晴らしい造形美だ」

オリバーは狂気じみた笑い方をする。

「あんなもん、振りまわせるのは巨人だけだよ」

「いや、振りまわすんじゃなくて──」

オリバーが説明しかけたところ、再び大地が揺れた。三人がとっさに振り向くと、樹高と大差ない雄のベルエルクが森から出てきて、こちらの様子を伺っている。ロイは腰が抜けて、その場にへたり込んだ。

「でた。ウルトラバカでかいやつ」

「でも……。ねえ、俺達を襲う気はないみたい」

スカイはベルエルクの目を見る。その焦茶色の瞳は琥珀のように光り、曇りがない。

「ねえ、ロイ」

「んだよ」

ロイは失禁寸前だ。

「聞いてみて、ベルエルクに。その角、もらえないかって」

「ぼ、ぼ、僕が?」

「これは地獄耳の仕事だな」

オリバーはこの状況に慣れ、眠そうな声で言う。

「やだよ。怖え」

「ロイ」スカイはロイの肩に手をあて、ガルシアの言葉を思い出した。「ほんの少しの勇気でいいんだ」


ロイはビクビクして、ベルエルクに近づいた。するとベルエルクはロイの前で足を曲げ、ドスンとしゃがみ込んだ。その振動に馬車馬(ばしゃうま)がいなないた。ベルエルクはロイの立つ前に鼻を寄せ、匂いを嗅いだ。ロイは恐る恐る、人差し指だけで、その大きな鼻に触れた。ベルエルクが抵抗しないので、ロイはギュイー、ギュイーと低い声を出した。するとベルエルクもギュイー、ギュイー、と鳴き返した。ロイは目を閉じ、こめかみに汗を垂らし、何度も頷いた。

「私はこの森を守る定めがある。お前達に狩られるわけにはいかない。去れ、だって」

ロイが震えて通訳すると、スカイはベルエルクの瞳をまっすぐ見る。ベルエルクも見つめ返す。

「でも、どうしてもその角が欲しい。生え替わりのときに、抜け落ちたものでもいいから、分けてもらえないかって。ねえ、死んだやつの角でもいいんだろ、オリバー」

「ああ」

オリバーが頷く。

「分かった」

ロイはそう言うと、再びベルエルクに声を発した。するとベルエルクはゆっくり立ちあがった。

「ついてこい、って」


三人はベルエルクについていった。ベルエルクはゆっくり森を闊歩するが、三人は追いつくため必死で走った。森はどんどん深くなり、ほぼ陽の当たらないところまできた。そこはすり鉢状の地形になっており、大きな骨や角がたくさん積まれていた。

「大漁だ。で、持ってっていいって?」

オリバーが確認すると、ロイは再びベルエルクに触れ、話しかける。

「我が先祖の角、由々(ゆゆ)しきことには使うな、だって」

「分かった」

スカイもオリバーも、まっすぐベルエルクの目を見た。ベルエルクはしばらく見つめかえした後、群れを率いて立ち去った。

「よし。持ち帰ろう」

「こんなにデカいの、馬車に乗らないよ」

「大丈夫。ほら」

オリバーはヌマグチを取り出すと、スルスルと長い角を収納してみせた。

「ご覧の通りだ。さあ帰ろう」

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