38.道具を入れる道具
それから二日かけて、スカイ達はルビテナ村に帰った。満開のレンゲ畑にスカイは嬉しくなり、思わず口ずさんだ。
「”蓮華の畑に、春風吹き抜け、北に臨むはアカラ山脈〜”」
「何だその民謡は」
ロイは鼻で笑う。
「ルビテナ讃歌さ。村の歌なんだ」
スカイに合わせて、出迎えた村人たちも一緒に歌い出した。ロイはしばらく白けた様子で見ていたが、やがて近くの草の上に座り、イーヨを構えた。
「いいね。伴奏」
村人はロイの伴奏を喜ぶ。ロイは皆の合唱に合わせ、イーヨを弾きつづけた。
三人が神殿に入ろうとすると、まるで追いかけてきたかのように、ラファドールが飛んできた。今度は背中に布袋を背負わされ、ロイがそれを開けた。
「もうきた! 早い」
スカイとオリバーも一緒にのぞきこむ。モルディニア語で書かれている手紙と、楽譜が入っていた。ロイはそれらをすべて読み、フンフン頷きながら頭で拍をとる。
「何て書いてあるの?」
スカイが尋ねると、オリバーが楽譜のタイトルをじっと見る。
「『アヌミラ人の踊り』か。アヌミラ人。ラストビア王国の西部に居住する民族。アヌミラ語を話し──」
「この曲をマスターしろって。ねえ、ラファに何かごはんあげといて」
ロイはオリバーをさえぎり、楽譜とイーヨを掴むと、人のいない原っぱへ駆けていった。
翌日も、そのまた翌日も、ロイはイーヨの練習に、スカイは馬上弓術の訓練に、オリバーは道具づくりに励んだ。一方、村人はいまだにヤバネスズメバチの巣を見つけられず、焦燥感に駆られていた。
「あと十七日しかないんだろ。まだ見つからないのか」
「崖下にはないらしい」
「だったら山ん中だと思うがな。あんなデカ蜂の巣ならすぐ見つかりそうなもんなのに」
村人は口々に言い合った。瓶に詰めたしろがね蜜は残り三本しかないので、皆は毎日舐めるのはやめた。その代わり、ロイがひそかに活性化させたネムレタスを、神殿のビオトープの中でも育て、夜間の襲撃対策とした。また、昼夜問わず、かがり火を絶やさないこと、羽が濡れることを嫌がるヤバネのために桶に水をくんでおくことなども、対策に加えた。
「みんな、何やってるの」
アイリーンが少女のように無邪気に話しかける。
「うん、ヤバネが巣から出てきても反撃できるよう、みんな頑張ってるんだよ」
スカイが幼子に対するように、優しく答えると、アイリーンは首を傾げる。
「巣なら、あるじゃない」
「え?」
素っ頓狂な声をあげるスカイに、アイリーンは目を細め、頬骨をあげてにっこりする。
「ほら。あの、キラキラ光る木のところよ。知ってるわ」
アイリーンは夢見るように宙を指さす。スカイは一瞬そこを見たが、フーッとため息をついた。
スカイ達がルビテナに帰村して三日目の朝、オリバーが研究室を出て、神殿の中につかつかと入ってきた。
「できたぞ」
「何が」
スカイとロイは朝食を食べながら顔をあげる。ガルシアとナッシュビルもオリバーの方を見る。
「道具を入れる道具」
オリバーとスカイ、ロイ、ガルシア、それにナッシュビルの五人は階段を降り、図書館の「立ち入り禁止」のドアを開けた。そこから燭台を掲げて地階へ降り、石ころの前にたどり着いた。
「よし、こんなかにどんどん入れろ」
「うわっ、何だよそれ」
ロイはオリバーが手にした袋を見てたじろいた。ポケットくらいの小さな袋だが、紫色の、気味の悪いイボイボがついている。
「ヨルシアヌマガエルの胃袋で、道具を入れる道具だ。名付けて『ヌマグチ』。ヨルシアヌマガエルはヨルシア大陸の湖沼、および湿地に生息。餌場の……」
「あー、それウザイからやめろ」
ロイが両手をぶんぶん振ると、オリバーがヌマグチの袋の口を引っ張った。すると口はよく伸び、人間も入れそうなほどに開いた。ガルシアは大きな石を持ちあげ、そこに押し込こだ。ヌマグチは難なく石を飲みこんだ。大きな石にも関わらず、袋自体のサイズは変わらないので、ロイは目を丸くした。
「おい。どうなってんだよそれ」
「そういう性質を持っているんだ」
「石は全部、そん中に溶けて消えたのか」
「いや、それはない」
オリバーが手を突っこむと、石はヌマグチから出てきた。大きさや形に変化はない。
「便利だろ。デカいものを小さく運べるんだ」
それから皆は手分けして、ヌマグチにどんどん石を入れた。そして最後の石を押しこみ、ドアの前には何もなくなった。
「開けるぞ」
ガルシアが用心しながらドアを開けた。オリバーが燭台で照らしたその部屋は細長く、がらんどうだった。他にドアはないが、四方の壁には壁画が描かれていた。
「何もないのかな」
「何の部屋なんだ? この絵は?」
「ここは『控えの間』だ」
ナッシュビルが重々しい調子で言うので、オリバーが食らいついた。
「イエテナ男爵。ここの詳細をご存知か」
「この部屋までだ。この先の入口は神官でないと分からん」
「気をつけろ。暗がりに何かある」
ガルシアが警戒してロングボウを構え、オリバーに部屋の隅を照らさせた。そこにはアーチ型の、錆びた銅箱があり、ガルシアがそれをゴンゴンと叩いた。
「何か入っているようだが。何かがいるかも分からん」
「何か、匂いがするな」
スカイは鼻を近づけ、クンクンさせた。清涼な、爽やかな香りだ。
「ここで見るのは怖いからさ。そのヌマグチに入れて、上に持っていったらどう」
ロイがおっかなびっくり提案すると、皆は賛成した。
箱をヌマグチに入れ、神殿の庭まで運び出した。そこでオリバーがヌマグチに手を突っこみ、銅箱を取りだした。
「よし。何か飛びだしてこようが、俺が殺す」
ガルシアがロングボウを銅箱に向けて構えた。スカイとオリバーが箱の両端にたち、箱の蓋を二人で持ちあげた。
「ん……」
箱のなかからは、何も飛び出してこなかった。皆が覗きこむと、そこには大量の羊皮紙と、布を被せた壺が収まっていた。
「何だ、こりゃ」
ガルシアが拍子抜けして見おろす。
「この壺は?」
ロイに言われて、スカイは壺を持ちあげ、揺さぶってみる。
「これから香りがするんだな。ハッカか? 粉みたいなのが入ってる」
「おそらくそれは、吸湿剤だ。文書を永く保存するための」
ナッシュビルが言うと、スカイはなるほどと頷く。
「また、古代グリフィダ文字のようだな」
オリバーは羊皮紙を一枚、取りあげる。すると、ナッシュビルがそれをまじまじ見つめた。
「”我は許さない、人を脅かすそれを"」
ナッシュビルが読みあげたので、オリバーは目を見張った。
「読めるのか」
「少しだけな」
その後、オリバーはナッシュビルともに銅箱を持ち、モーガンの研究室にこもった。
「”我は剣をとる、神が我らを欺くなら。我も有するのだ、その尊きものを。災厄を逃れよ、創出せよ、それを。ここに記す通り”。ルビテナ神学ともまた違う、何かの教典のようだな」
ナッシュビルが羊皮紙を手に取りながら古代グリフィダ文字を読み上げ、目を細めた。
「ルビテナ神学とはなんだ」
「この村に昔から伝わる原始宗教だ。ルビテナの女神の石像が、神殿の礼拝室にあるだろう?」
「ああ、あれか」
オリバーが頷く。
「神が我らを欺くというのが、意味がわからんがな」
ナッシュビルを腕を組み、顔をしかめる。
「ああ。この状況がそう思わせるのかもしれないが、人を脅かすそれというのは、ヤバネスズメバチのことではないか。災厄というのが、ヤバネの襲撃のことで。創出せよ、というのが何かしらの撃退方法で、その詳細が先の文章なのではないか」
オリバーが古代グリフィダ文字を指さして尋ねた。
「そうだな。だが、ここに記す、とあるのに、その続きが書かれていないな」
ナッシュビルは続きの羊皮紙を三枚、見た。表面が少し硬くなり、ゆがんでいるだけで、何も書かれていなかった。
「あ、でもその後、また何か書いてあるな」
オリバーが四枚目以降を指すと、ナッシュビルはまたそれをじっと見た。
「”以上となる。リチャード・ウェルゲン”」
「何も書いてないのに、終わりか。その続きは?」
オリバーが不可解な顔で尋ねるも、ナッシュビルもウーンと唸り、五枚目を見る。
「”我はここへ住む、愛する妻と息子たち、娘たちと、永遠に。不安を感じている、山と海しかないため” 。今度は全然違う内容だな」
「ああ、なんだか日記みたいだ」
そこへ、イーヨを持ったロイが顔を出した。スカイも一緒にいて、こちらを見ている。
「ねえ、ちょっといい」
オリバーとナッシュビルは顔を上げ、ロイの上気した顔を見た。
「どうした」
「オリバーも来てくれよ。弾けるようになったんだ」
ロイはオリバーの服の袖を引っ張った。
「何を」
「『アヌミラ人の踊り』」




