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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
37/79

37.サウン族

 スカイのクシャミが止まらないので、オリバーは国境近くの町へ寄った。


 町ではほとんどの店が閉まっていた。よく見ると茅葺きの屋根があちこち崩れたり、看板が外れていた。唯一開いている、石造りの飯屋(めしや)に馬車を止めた。三人が玄関を開けると、店主がビクッとして振りむいた。

「ちょっと聞きたい。この町に服屋はないか」

 オリバーがモルディニア語で話しかけると、店主は箒を構え、ガタガタと震える。

「は、蜂のバケモンじゃないな」

「ああ」

 オリバーが頷くので、店主は気が抜けて肩を落とす。それからスカイに目をとめる。

「びしょ濡れじゃないか」


 店主は裸になったスカイにタオルをかけ、濡れた服を暖炉の前で干した。さらに三人を暖炉の前に座らせ、奥へ引っこんだ。三人が(だん)をとっていると、店主が大鍋を抱えてやってきた。

「モルディニア名物、鹿肉の葡萄(ぶどう)の葉包みだ」

「すごいご馳走」

 スカイもロイも興奮する。店主はさらに、ライ麦パンが山盛り乗ったバスケットを運んできた。それから、テーブルに置かれたグリフィダ金貨とネムレタスに目を落とす。

「たくさん食え。お前らはグリフィダ人か」

「ああ」

 オリバーが頷き、肉をナイフで切り分ける。

「そのレタスが、本当に蜂よけになるのか」

 店主はそう言って、ジャッキーとミケール、ラファドールに餌を与える。

「ああ。ネムレタスっていう品種だ。これは収穫してしまったからじきに枯れる。種があればいいんだが……」

「種屋に聞いてみよう。ありがとう。町は服屋どころか、ほとんど閉まってるありさまでな」


 店主はそう言って、再び厨房に引っこんだ。しばらくスカイ達が食事をしていると、今度は湯気のたったデザートを運んできた。

「代金はいらない。サービスだ」

「美味そうだな。りんごのパイか」

 オリバーが皿を見つめる。

「ああ、これで最後のりんごだ。この近くのりんご畑も蜂どもに襲われて、メチャクチャさ」

 店主がため息をつきながら、ナイフでパイを切り分ける。

「グリフィダじゃ今時期、もうりんごは採れない。ありがとう」

 オリバーが礼を言うと、店主は頷く。

「ラストビアに行けばまだ、りんごが採れる」

 店主がもう一切れ、パイをオリバーの皿に盛りつけ、自分の人差し指を舐める。

「どうしたの」

 ロイもモルディニア語で尋ねる。

「包丁で切っちまっただけさ」

 店主が指を見せると、少し血が滲んでいる。今度はスカイがクシャミし、鼻水を垂らす。見かねたロイはイーヨを構え、ゆったり弾きだした。


 その演奏ぶりに、店主も熱心に耳を傾け、勢いよく拍手した。

「素晴らしい。とても癒される。ありがとう」

「あれ、その指……」

 オリバーは店主の指を凝視する。指の切り傷が消えている。さらにスカイを見た。鼻水が引っこんでいた。


 スカイの服が乾き、一行は店を出て、ツェルビア公国に入った。市街地を抜けて田畑を通り、スピリトーゴ領を目指した。

「あの城? すごい。ロイの伯父さんて貴族なのか」

 スカイが指さすと、ロイは頷く。

「こんな小国の貴族だけどな」

 小高い丘で針葉樹に囲まれ、とんがり屋根の小さな城が立っていた。馬車は坂道をのぼり、城の入口へたどり着いた。


 召使いに案内され、三人は大広間に通された。部屋にはフカフカの肘掛け椅子やテーブル、調度品が並び、部屋の奥では長い金髪の男性がチェンバロを弾いていた。ラファドールが飛んていき、男性に抱きついた。

 ロイと男性はモルディニア語で挨拶しあった。言葉が分からず、スカイがぼうっとしていると、ロイがグリフィダ語に切りかえた。

「スカイと、オリバーだよ」

「初めまして。スカイ・フォークナーです」

「オリバー・ゴールドスミスです」

「タッド・ハーパーだ。みんなはスピリトーゴ男爵と呼ぶが、好きに呼んでくれ。よろしく」

 スピリトーゴ男爵もグリフィダ語で挨拶し、スカイとオリバーに肘掛け椅子を勧める。

「ロイはこっちへおいで」

「え……」

「話は聞いた。よく、生きててくれた」

 男爵はひしっとロイを抱きしめた。ロイは涙を浮かべ、しばらくの間、男爵の腕のなかで泣いた。スカイもオリバーも、静かに見守った。


「ロイ。ここにいてもいい。歓迎する」

「いや。僕は戦う。決めたんだ」

 ロイが男爵に泣きながら言い張ると、スカイは隣で大きく頷く。

「戦う……。蜂とか」

「うん」

「君達は?」

 男爵は動揺し、スカイとオリバーを見る。

「俺は弓使いなんです」

「俺は……ただの後方支援です」

「そこでロイは何を?」

 男爵はますます困惑する。

「伯父様。僕はイーヨを弾く。僕のために作曲してください」

「作曲……」

「ほら、前にやったでしょ。イレーネ王女の……」

「あー、言いたいことは分かった。確かに、戦えないこともない」

「話が全然、見えないんだが……」

 オリバーが口を挟むと、男爵はふむ、と顎に指をあてる。

「先にお茶にしよう」


 男爵は小さなベルを鳴らした。すると召使い達が列をなして入室した。一人目はスコーンの皿を、二人目はジャムの瓶とバターの皿を、三人目はティーポットとティーカップを運んできた。

「お茶をどうぞ。ゴライアク産のマージリンティーだ」

「お茶って?」

 スカイが不思議がる。

「走り過ぎたときに立ちどまらせてくれる。人生に必須のアイテムさ」

 スカイはティーカップに注がれたお茶を飲んだ。渋いような苦いような、水の方が美味しく思えた。


「我々サウン族は特殊でね。まず、他より少し耳がいい。ほら、私もロイも、君達より耳が長いだろ」

「本当だ」

 男爵が長い金髪をかきあげたので、スカイはびっくりした。ロイの耳は少し大きい程度だが、男爵の耳は肩まで垂れ下がっている。

「だから、楽器演奏や言語習得に長けている。こうしてハネコの言葉も分かる」

 男爵はそう言ってラファドールをなでる。

「ふふ。ロイを探すのに手間取ったと、ラファは言ってる。まあこういう、ちょっと変わった我々が演奏すると、ちょっとした効果が期待できる。たとえば──」

「包丁の切り傷を治したり、風邪を治したり?」

 オリバーが言葉を継ぐと、男爵は微笑む。

「それくらいは楽勝だな、ロイ」

「うん……」

 ロイは頷く。

「悲しいことにね。この能力は災いももたらす。私達サウン族はもともとモルディニアにいたが、モルディニア族に迫害されてきた。争いを好まないグリフィダ王国や、ツェルビア公国に離散したんだ」

 男爵は紅茶のお代わりを注ぎ、悲哀を込めて笑う。

「ロイの両親、つまり私の弟と義妹だが、彼らは凡庸(ぼんよう)だった。息子のアイザックもね。でも、マデッサでまあまあにやってると聞いた。ロイの実母は別格でね。その音楽家としての才能をロイは受け継いでいる。イーヨとの運命的な出会いも果たした。素晴らしい楽器だ。なあ、ロイ」

「うん」ロイは照れて耳をかく。「でも、作曲の才能は僕にはない」

「よし、分かった。楽譜ができたら、ラファに運ばせよう。こんなご時世だ。いずれここにも蜂は来る。私も自衛するが、ロイ。仲間のことも、イーヨで護っておやり」

「はい、伯父様」

 ロイは勢いよく答えた。

「いずれ我々、サウン族は利用される。だから、力を貸す対象は選ばなくてはな」

 男爵は、今度はスカイとオリバーを推しはかりながら見る。スカイは目をそらさず、真剣に見返す。

「ロイが認めた君たちのことだ。信じても、いいね?」

「もちろんです」

 スカイが即答した。

「少し話がしたい。ロイと二人にしてくれるか」


 男爵とロイが話している間、スカイとオリバーは別室で待たされた。しばらくしてロイが顔を出し、男爵が立派な毛皮のコートを三着分、土産に持たせた。

「ツェルビアは寒い。次来るときは、これを着ておいで」

 スカイ達は礼を言い、男爵と召使い達、ラファドールに見送られ、城を後にした。スカイは御者台に座るロイに向かって、後ろから話しかけた。

「サウン族ってすごいね。どんな曲かな。一撃必殺の曲とか」

 スカイが空中をグーでパンチする。

「うん……」

 そのときロイの膝の上に、ミケールが乗っかった。それにジャッキーが小さくさえずる。ミケールはゴロゴロと低く鳴く。

「ミケールが、ジャッキーは口が(くせ)えから黙れだってさ」

 ロイが元気なく通訳するので、スカイはきょとんとする。


「どうしたの」

「ねえ。僕って気持ち悪いか」

「え?」

「僕は珍獣扱いされたくない。いつか捕まって、(はりつけ)の刑にならないか?」

 ロイがびくつくと、隣から手が伸びてきた。

「大丈夫だよ。そんなこと絶対にさせない。それにやっと分かった」

 オリバーはロイの髪をポンポンと叩く。

「分かったって、何が」

「なんで勝手にネムレタスの枯葉が戻ったのか。なんであんな暴れ馬の乗り方を、スカイに教えられたのか」

 オリバーは運転し、クールに笑う。ロイは頷きながら、唇を噛む。

「そうだよ。僕は特に変なんだ」

「家族が蜂人(ぼうと)の俺より?」


 沈黙が訪れた。ロイとオリバーが言葉を探してて、でも見つからないのを察して、スカイは笑顔をつくった。

「ところで、イレーネ王女の件って何?」

 スカイの笑顔にロイはホッとする。が、苦笑いで返した。

「ああ、あれは。ツェルビアの王女が輿入(こしい)れ前に、鼻毛が伸び続ける奇病にかかったんだ。国中の医者にみせても治らなくて、伯父様が呼ばれて。あのチェンバロで『鼻毛抹殺の踊り』を弾いて見事、治したんだ。けど、髪の毛も抹殺されちゃってさ。こんなド田舎へ飛ばされたんだ」

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