37.サウン族
スカイのクシャミが止まらないので、オリバーは国境近くの町へ寄った。
町ではほとんどの店が閉まっていた。よく見ると茅葺きの屋根があちこち崩れたり、看板が外れていた。唯一開いている、石造りの飯屋に馬車を止めた。三人が玄関を開けると、店主がビクッとして振りむいた。
「ちょっと聞きたい。この町に服屋はないか」
オリバーがモルディニア語で話しかけると、店主は箒を構え、ガタガタと震える。
「は、蜂のバケモンじゃないな」
「ああ」
オリバーが頷くので、店主は気が抜けて肩を落とす。それからスカイに目をとめる。
「びしょ濡れじゃないか」
店主は裸になったスカイにタオルをかけ、濡れた服を暖炉の前で干した。さらに三人を暖炉の前に座らせ、奥へ引っこんだ。三人が暖をとっていると、店主が大鍋を抱えてやってきた。
「モルディニア名物、鹿肉の葡萄の葉包みだ」
「すごいご馳走」
スカイもロイも興奮する。店主はさらに、ライ麦パンが山盛り乗ったバスケットを運んできた。それから、テーブルに置かれたグリフィダ金貨とネムレタスに目を落とす。
「たくさん食え。お前らはグリフィダ人か」
「ああ」
オリバーが頷き、肉をナイフで切り分ける。
「そのレタスが、本当に蜂よけになるのか」
店主はそう言って、ジャッキーとミケール、ラファドールに餌を与える。
「ああ。ネムレタスっていう品種だ。これは収穫してしまったからじきに枯れる。種があればいいんだが……」
「種屋に聞いてみよう。ありがとう。町は服屋どころか、ほとんど閉まってるありさまでな」
店主はそう言って、再び厨房に引っこんだ。しばらくスカイ達が食事をしていると、今度は湯気のたったデザートを運んできた。
「代金はいらない。サービスだ」
「美味そうだな。りんごのパイか」
オリバーが皿を見つめる。
「ああ、これで最後のりんごだ。この近くのりんご畑も蜂どもに襲われて、メチャクチャさ」
店主がため息をつきながら、ナイフでパイを切り分ける。
「グリフィダじゃ今時期、もうりんごは採れない。ありがとう」
オリバーが礼を言うと、店主は頷く。
「ラストビアに行けばまだ、りんごが採れる」
店主がもう一切れ、パイをオリバーの皿に盛りつけ、自分の人差し指を舐める。
「どうしたの」
ロイもモルディニア語で尋ねる。
「包丁で切っちまっただけさ」
店主が指を見せると、少し血が滲んでいる。今度はスカイがクシャミし、鼻水を垂らす。見かねたロイはイーヨを構え、ゆったり弾きだした。
その演奏ぶりに、店主も熱心に耳を傾け、勢いよく拍手した。
「素晴らしい。とても癒される。ありがとう」
「あれ、その指……」
オリバーは店主の指を凝視する。指の切り傷が消えている。さらにスカイを見た。鼻水が引っこんでいた。
スカイの服が乾き、一行は店を出て、ツェルビア公国に入った。市街地を抜けて田畑を通り、スピリトーゴ領を目指した。
「あの城? すごい。ロイの伯父さんて貴族なのか」
スカイが指さすと、ロイは頷く。
「こんな小国の貴族だけどな」
小高い丘で針葉樹に囲まれ、とんがり屋根の小さな城が立っていた。馬車は坂道をのぼり、城の入口へたどり着いた。
召使いに案内され、三人は大広間に通された。部屋にはフカフカの肘掛け椅子やテーブル、調度品が並び、部屋の奥では長い金髪の男性がチェンバロを弾いていた。ラファドールが飛んていき、男性に抱きついた。
ロイと男性はモルディニア語で挨拶しあった。言葉が分からず、スカイがぼうっとしていると、ロイがグリフィダ語に切りかえた。
「スカイと、オリバーだよ」
「初めまして。スカイ・フォークナーです」
「オリバー・ゴールドスミスです」
「タッド・ハーパーだ。みんなはスピリトーゴ男爵と呼ぶが、好きに呼んでくれ。よろしく」
スピリトーゴ男爵もグリフィダ語で挨拶し、スカイとオリバーに肘掛け椅子を勧める。
「ロイはこっちへおいで」
「え……」
「話は聞いた。よく、生きててくれた」
男爵はひしっとロイを抱きしめた。ロイは涙を浮かべ、しばらくの間、男爵の腕のなかで泣いた。スカイもオリバーも、静かに見守った。
「ロイ。ここにいてもいい。歓迎する」
「いや。僕は戦う。決めたんだ」
ロイが男爵に泣きながら言い張ると、スカイは隣で大きく頷く。
「戦う……。蜂とか」
「うん」
「君達は?」
男爵は動揺し、スカイとオリバーを見る。
「俺は弓使いなんです」
「俺は……ただの後方支援です」
「そこでロイは何を?」
男爵はますます困惑する。
「伯父様。僕はイーヨを弾く。僕のために作曲してください」
「作曲……」
「ほら、前にやったでしょ。イレーネ王女の……」
「あー、言いたいことは分かった。確かに、戦えないこともない」
「話が全然、見えないんだが……」
オリバーが口を挟むと、男爵はふむ、と顎に指をあてる。
「先にお茶にしよう」
男爵は小さなベルを鳴らした。すると召使い達が列をなして入室した。一人目はスコーンの皿を、二人目はジャムの瓶とバターの皿を、三人目はティーポットとティーカップを運んできた。
「お茶をどうぞ。ゴライアク産のマージリンティーだ」
「お茶って?」
スカイが不思議がる。
「走り過ぎたときに立ちどまらせてくれる。人生に必須のアイテムさ」
スカイはティーカップに注がれたお茶を飲んだ。渋いような苦いような、水の方が美味しく思えた。
「我々サウン族は特殊でね。まず、他より少し耳がいい。ほら、私もロイも、君達より耳が長いだろ」
「本当だ」
男爵が長い金髪をかきあげたので、スカイはびっくりした。ロイの耳は少し大きい程度だが、男爵の耳は肩まで垂れ下がっている。
「だから、楽器演奏や言語習得に長けている。こうしてハネコの言葉も分かる」
男爵はそう言ってラファドールをなでる。
「ふふ。ロイを探すのに手間取ったと、ラファは言ってる。まあこういう、ちょっと変わった我々が演奏すると、ちょっとした効果が期待できる。たとえば──」
「包丁の切り傷を治したり、風邪を治したり?」
オリバーが言葉を継ぐと、男爵は微笑む。
「それくらいは楽勝だな、ロイ」
「うん……」
ロイは頷く。
「悲しいことにね。この能力は災いももたらす。私達サウン族はもともとモルディニアにいたが、モルディニア族に迫害されてきた。争いを好まないグリフィダ王国や、ツェルビア公国に離散したんだ」
男爵は紅茶のお代わりを注ぎ、悲哀を込めて笑う。
「ロイの両親、つまり私の弟と義妹だが、彼らは凡庸だった。息子のアイザックもね。でも、マデッサでまあまあにやってると聞いた。ロイの実母は別格でね。その音楽家としての才能をロイは受け継いでいる。イーヨとの運命的な出会いも果たした。素晴らしい楽器だ。なあ、ロイ」
「うん」ロイは照れて耳をかく。「でも、作曲の才能は僕にはない」
「よし、分かった。楽譜ができたら、ラファに運ばせよう。こんなご時世だ。いずれここにも蜂は来る。私も自衛するが、ロイ。仲間のことも、イーヨで護っておやり」
「はい、伯父様」
ロイは勢いよく答えた。
「いずれ我々、サウン族は利用される。だから、力を貸す対象は選ばなくてはな」
男爵は、今度はスカイとオリバーを推しはかりながら見る。スカイは目をそらさず、真剣に見返す。
「ロイが認めた君たちのことだ。信じても、いいね?」
「もちろんです」
スカイが即答した。
「少し話がしたい。ロイと二人にしてくれるか」
男爵とロイが話している間、スカイとオリバーは別室で待たされた。しばらくしてロイが顔を出し、男爵が立派な毛皮のコートを三着分、土産に持たせた。
「ツェルビアは寒い。次来るときは、これを着ておいで」
スカイ達は礼を言い、男爵と召使い達、ラファドールに見送られ、城を後にした。スカイは御者台に座るロイに向かって、後ろから話しかけた。
「サウン族ってすごいね。どんな曲かな。一撃必殺の曲とか」
スカイが空中をグーでパンチする。
「うん……」
そのときロイの膝の上に、ミケールが乗っかった。それにジャッキーが小さくさえずる。ミケールはゴロゴロと低く鳴く。
「ミケールが、ジャッキーは口が臭えから黙れだってさ」
ロイが元気なく通訳するので、スカイはきょとんとする。
「どうしたの」
「ねえ。僕って気持ち悪いか」
「え?」
「僕は珍獣扱いされたくない。いつか捕まって、磔の刑にならないか?」
ロイがびくつくと、隣から手が伸びてきた。
「大丈夫だよ。そんなこと絶対にさせない。それにやっと分かった」
オリバーはロイの髪をポンポンと叩く。
「分かったって、何が」
「なんで勝手にネムレタスの枯葉が戻ったのか。なんであんな暴れ馬の乗り方を、スカイに教えられたのか」
オリバーは運転し、クールに笑う。ロイは頷きながら、唇を噛む。
「そうだよ。僕は特に変なんだ」
「家族が蜂人の俺より?」
沈黙が訪れた。ロイとオリバーが言葉を探してて、でも見つからないのを察して、スカイは笑顔をつくった。
「ところで、イレーネ王女の件って何?」
スカイの笑顔にロイはホッとする。が、苦笑いで返した。
「ああ、あれは。ツェルビアの王女が輿入れ前に、鼻毛が伸び続ける奇病にかかったんだ。国中の医者にみせても治らなくて、伯父様が呼ばれて。あのチェンバロで『鼻毛抹殺の踊り』を弾いて見事、治したんだ。けど、髪の毛も抹殺されちゃってさ。こんなド田舎へ飛ばされたんだ」




