36.キングロータスの怪物
オリバーの言葉にロイはギョッとし、スカイの背後にまわり込んだ。
「な、な、なんだよそれ。化け物か」
「ヨルシアヌマガエル。ヨルシア大陸の湖沼、および湿地に生息。餌場の状況により体格が大きく変動することが特徴。最大で体長五メートル、体重七トン。空中を飛びまわる鳥を水中からジャンプして捕食する。小動物やイノシシ、人間が捕食される場合もある」
「だから図鑑見たまんまはやめろ」
スカイの背中にしがみつき、ロイが怒鳴った。が、オリバーは構わず続ける。
「その蛙の胃袋が、道具をつくるのに必要なんだ。スカイ、鳥のふりして、おびき寄せてくれるか」
「鳥?」
「ああ。蓮の葉の上でジャンプしてれば飛びかかってくるから、そこを弓で狙ってくれ」
「お前、とんでもないこと、サラッと言ってんな」
ロイがオリバーに突っこむ一方で、スカイは冷静な顔で、考えをめぐらす。
「そうだよ、スカイ。ちょうどいい鷹がいるじゃん」
ロイがジャッキーを指さす。
「ジャッキーは鷹じゃなくて、テイオウワシっていう鷲なんだ」
「小せえ鷲だな」
ロイが舌を突きだすと、ジャッキーもピュイーッと鳴いて威嚇する。
「囮にするなら、そっちの猫達のほうが美味そうに見えるんじゃないの」
スカイがハネコ達をぼんやり見る。
「ミケールとラファはダメ!」
「分かったよ。それでオリバー、その蛙は殺していいの?」
「腹さえ傷つけなければ。目と目の間が急所だ」
オリバーはスカイにそう言うと、眉間のあたりを指さした。
スカイは弓を抱えて早速、蓮の葉上へ足を伸ばした。少しぐらついたが、うまく乗っかった。葉はその重さに耐えられるだけでなく、肉厚で弾力性があり、スカイの体は自然とバウンドした。
「おお。なんだこれ」
スカイは面白くなり、十メートルくらいの高さまで繰りかえし跳ねた。縦横無尽に駆けまわる馬と違い、垂直に飛ぶだけなら簡単だ。
「おい。遊んでんじゃねえよ」
ロイが草地に立ちながら、文句をつける。
「楽しいよ。ロイもやろうよ」
「やんねえよ」
そのとき、正面の水面に二つの巨眼が現れた。スカイが水面下を見ると、そこには体長三メートルはゆうに超える巨大蛙、ヨルシアヌマガエルが潜み、こちらを見ていた。オリバーの狙い通り、蛙はしぶきをあげて水面から飛びあがった。仰天したロイは草むらに隠れた。スカイは葉上を跳ねつつ、弓を構え、弦をギリギリと引いた。目と目の間を狙ったのに、矢は目玉に刺さった。蛙は不気味にゲロゲロ鳴き、勢いよく水に落ちた。
「おい。どこ行った、蛙」
スカイは葉上を上下に跳ねながら、巨大な波紋を注視する。一方のロイは丈の長い草の合間から、今にもスカイが食われやしないかと、ビクビクしながら見守る。オリバーは沼の縁に立って手に汗握り、動向を見守る。
「気をつけろ、スカイ」
スカイがしばらく水面下を観察していると、いた。この葉の真下だ。
ふと、ガルシアの言葉が思い出された。そう、すべてはタイミングだ。今、自分の体が上下に動いてる。だからこそ蛙もタイミングを見計らって襲ってくる。ある意味、そのときが一番、無防備な状態だ。
スカイはわざと隣の葉に飛びうつる。すると蛙もその下へ移動する。スカイはまた別の葉へ飛ぶ。蛙もそれについてくる。そこで、今度は少し大きな葉と、小さな葉の間を飛び、行き来してみる。蛙もそれにシンクロする。スカイは次に、わざとゆっくりジャンプしてみた。
その途端、蛙が大口を開け、水面を割って飛びだした。その瞬間、スカイは弓を真下めがけて弓を引いた。矢はまっすぐ飛び、目と目の間を貫いた。蛙は大口を開けたまま、真っ逆さまに水没した。
「やったー」
スカイはガッツポーズを決めた。
「捕まえて」
「無理だよ、あんなの」
スカイは跳ねながら叫ぶ。
「いや。死んだら体が縮むんだって」
「え?」
オリバーの言い分に納得がいかないまま、スカイは沼に潜った。濁った水のなかで、スカイは蛙を探した。すると驚いたことに、蛙は水中でみるみる小さくなり、人間の赤ん坊くらいのサイズまで小さくなった。スカイはそのヌルヌルした体を引っ掴み、陸に上がった。
「すっげえ冷たい」
スカイは震えながら沼から上がり、蛙の死体をオリバーに放った。すでに蛙はリンゴほどの大きさにしぼんでいた。オリバーは歓喜して、弛緩した片足を掴み、逆さ吊りにした。
「塩漬けにして、洗って、なめし剤につけて、乾燥させる。それでできるはずだ」
「何が?」
「石をどかす道具だよ」
オリバーはニヒルに笑った。
その後、スカイは合計四匹ものヨルシアヌマガエルを仕留めた。さらに、スカイはキングロータスの葉を気に入り、それも持ち帰ることにした。三人は再び湿原を歩き、馬車をとめたところまでたどり着くと、そこからツェルビア公国に向かった。
その間、運転するオリバーとロイは絶えずしゃべっていた。一方、スカイはときどきクシャミしながら、会話に参加しなかった。オリバーはそれに構わなかったが、ロイがいきなり振りかえり、スカイの襟首をつかんだ。
「あのさ。いつまでも自分が可哀想って思うの、やめろよ」
「は?」
スカイは額に青筋を立てる。
「そりゃ、あんなの見ちゃったら辛いよ」ロイは反抗的なスカイに少し面食らい、言葉を選ぶ。「……きょうだいが、あんなことになって。おばあさんも……。いなくなった奴らに、酷いこと言われて。お前の家族に、かわりないのに……。本当に辛いと思う」
ロイは一呼吸おいた。スカイも何も言わず、ロイが続けるのを待つ。
「でも。でもだよ? 僕も。オリバーだって。みんな、辛い。でも……。お前が助けてくれたから……。こうして歯を食いしばって、頑張って生きてんだ。僕はもう絶対、泣かない」
言ってるそばから、ロイの目には涙がにじんだ。スカイはそれをしばらく見つめた。青い瞳に自分が映り、それを覆う透明の涙が盛りあがり、頬を流れ落ちた。
そこまではよかった。なのにロイはその泣き顔を、手で盛大にこすった。すると垂れた鼻水と涙が混じり合い、頬に引き伸ばされ、ハート型になった。スカイはそれを凝視した。ハート型の鼻水がテカテカ光っている。
「わー、汚いハート……」
「バッ。うるせー、バカヤロー」
ロイはスカイの鼻を思いきりつまんだ。
「いてて」
「ロイ、お前はスカイが蛙と戦ってるとき、草むらで歯ぁ食いしばって、ションベンもらしてたんだよな。実に頑張って生きている」
オリバーは容赦なく突っこむ。
「お前は黙れ、ボケ」
「ロイ、おもらししたのか」
スカイが悪気なく尋ねると、ロイは短い手足をばたつかせた。
「もらすか、ガキじゃあるまいし! お前らこそいくつだ」
「俺、十四。スカイは?」
「十二」
「はあ!?」
三人はワーワー言い合いながら、旅路を急いだ。




