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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
35/79

35.モルディニア共和国

 オリバーは有無を言わせずスカイとロイを馬車に乗せ、ルビテナ村を()った。前回の馬車と違って(ほろ)はなく、車両も小型だ。それを慣れた手つきで操縦するオリバーの隣に座り、ロイは感心して眺めた。それから、後ろを振りかえった。スカイは弓とルークの遺書を握りしめ、ぼんやりしていた。その背後を楽しそうに、ジャッキーとミケールが飛びながらついてきた。ロイは軽くせきばらいした。

「僕、今朝、瑠璃蜜(るりみつ)ってのを、村の人にもらって食べたんだ。ご当地名物だな。見た目はエビの卵みたいな色しててキモいけど、結構イケる」

「俺も初めて食べた」

 オリバーが答える。

「僕がマデッサ出身って言ったら、そんなハイカラなとこから来たのか、シティボーイだなってみんな、目を白黒させてさ、ハハハ。マデッサは世界中の人とモノがゆきかう大都会、メガシティだからね。ルビテナはクソがつくほどド田舎だし、みんな格好もダサいけどまあ、親切だし。悪くないんじゃん?」

 ロイが気取って笑うも、二人とも無反応だ。それが面白くなくて、ロイはオリバーを細い目で睨む。


「それで、どこ向かってんのさ」

「キングロータスの沼」

「モルディニアか。僕の嫌いな国だ。それに、まだ洗濯中だったのに」

「ハイカラなシティボーイでも洗濯なんかするんだな」

 オリバーはロイを見向きもせず、白けた調子で言う。

「僕、別に貴族とかじゃないし」

 ロイは腕組みして頬をふくらます。

「洗濯を手伝うとかお前もまあ、親切だし。悪くないんじゃん?」

「うるせえな」

「ところでエーヨ、ちゃんと持ってきたか」

「エーヨじゃねーよ、イーヨだよ」

「どうでもいい」

「それより、道中(どうちゅう)危険だからってこれ持たされたんだけど」

 ロイが怒ってネムレタスを取り出すも、スカイは上の空だ。代わりにオリバーがレタスをいちべつする。


「ネムレタス。ヨルシア大陸原産の小型レタス。結球時の直径およそ十センチ、三百グラムほどになる。葉色は淡い紫紅色(しこうしょく)で、三月から五月にかけて収穫時期を迎える。ハチ(もく)の昆虫類には催眠作用がある」

「何だその、図鑑見たまんまみたいなコメントは」

「図鑑見たまんまだ。そこの本。二百三十七ページ」

 オリバーが御者台の後ろを指さした。ロイは不可解な顔して、そこに置いてある「ヨルシア動植物大全」を手に取った。それからパラパラとページをめくり、二百三十七ページを開いた。

「ファッ!?」

 そこにはまんま、オリバーが言った通りの文言が書かれており、ロイは目を白黒させる。

「俺。一回見たら忘れないから」

「ファッ!?」

「それで、ロイ。そのネムレタスのことで、俺らに隠してることがあるんじゃないのか」

「ファ……いや、別に……」

 ロイは口ごもり、スカイの方を振りかえった。スカイは変わらず、空を見あげていた。


 新緑あふれるアカラ山脈を抜け、一行は国土を東へ向けて走った。途中で休憩した町や村で、スカイは肖像画を見せ、バイオレットを見かけなかったかと尋ねた。が、誰もが首を横に振った。そうこうしながら、国境の町にたどり着いた。通行許可証を見せて三人はヨルシア大陸最大の国家、モルディニア共和国へ入国した。


 暖かい海流に囲まれたグリフィダ王国と違い、内陸にあるモルディニア共和国は気温が低く、スカイは身震いした。立ち並ぶ民家や商家はグリフィダとそう大差なかった。だが、そこをゆきかう人々はグリフィダ人よりも全体的に背が高く、かつ温かそうな民族衣装をまとい、知らない言葉をかわしていた。馬車の馬も、スカイ達の馬と違い、毛がたっぷりでモサモサした馬種だらけだった。オリバーが宿屋を見つけてなかに入ると、スカイは心配になって尋ねた。

「ねえ、俺、外国なんて初めてなんだけど。お金とか大丈夫なの? あと、モルディニア語は?」

「大丈夫、イエテナ男爵にもらってきた。モルディニア語も任せろ」

オリバーが請け負う。

「ねえ。じゃあ、これに書いてくれるか」

 スカイは持ってきた羊皮紙と羽ペン、それにインク壺をオリバーに手渡す。

「なんて?」

「『妹を探しています。バイオレット・フォークナー、十歳です』って」

 スカイが言うと、ロイが苦笑いする。

「さすがにこんな遠くまでは逃げてきてないんじゃ……」

 オリバーはロイを手で制し、黙ってモルディニア語で書いた。

「ありがとう。ねえ、あれはなんて書いてあるの?」

 スカイは羊皮紙を受けとり、客室の壁の貼り紙を指さす。

「ああ、それは……、『お姉さんを呼びたい人はフロントまでご用命ください』と書いてある」

 オリバーが無味乾燥した口調で答えた。

「お姉さんって?」

「スカイ、お前にはまだ早い。もう寝ろ」

 オリバーは面倒くさくなり、布団をかぶった。きょとんとするスカイを、ロイがくすくす笑い、その頭を後ろからはたいた。


 朝になり、馬車でさらに東へ向かった。途中の村や町で食事したり、保存食を買いこんだ。その間も、ロイは話を振ったが、反応したのはオリバーだけだった。スカイはあちこちで、肖像画とオリバーが書いてくれたメモを掲げた。そうやってバイオレットを探すとき以外、ほぼ口をきかなかった。それから毛織物屋を見つけ、温かそうなエンジ色の羽織りを手に取った。

「そんな女っぽいの、買うのか」

 ロイがからかうと、スカイは無表情で頷く。

「うん。おばあちゃんに」


 二日目の宿に落ち着く手前、馬車の後ろを飛ぶジャッキーが急にピイイと鳴いた。さらにミケールもニャーニャー鳴きだした。ロイは空を見上げた。西日に照らされ、赤く染まった山の稜線上に、何か丸くて黒いものが浮かんで見える。それは徐々に大きくなり、近づいてきた。

「ラファドール!」

 ロイが叫ぶと、ラファドールと呼ばれたハネコが高度を下げ、飛んできた。ミケールよりもずんぐりして体格がよく、真っ白の長毛をたっぷり生やしている。その身をロイの腕のなかにうまく収めたラファドールは、羽をたたみ、ニャムニャムと低く鳴いた。ロイは背中を撫でて、同じようにニャムニャム言い返した。まるで言葉が通じているかのような光景に、オリバーもスカイも目を見張った。

「あのさ。帰りに伯父様のところに、寄ってもいい?」

 ロイが頬をボリボリかく。

「伯父さん?」

 オリバーが身を乗り出す。

「うん。グリフィダとの国境近くにも看板、あっただろ。ツェルビア公国っていう小国にいるんだ」

「いいよ」

 今度はスカイが即答した。


 ルビテナ村を()ってから三日目の朝だった。三人は早い時間に出て馬車に乗り、草木が鬱蒼(うっそう)と生いしげる湿原に入った。道のぬかるみが酷くなり、三人は馬車から降りて、徒歩に切り替えた。背丈の高い草をわきによけながら歩き、ようやくキンングロータスの沼へ辿り着いた。この沼はヨルシア大陸最大の湖沼にして、世界最大の(はす)、「キングロータス」が生育している。その葉は直径二メートルにもなり、湖面を覆い尽くしていた。


「この蓮を持ち帰るの?」

 スカイが静かに尋ねると、オリバーが首を横に振った。それから真剣な表情になり、まっすぐスカイの目を見た。

「獲物はヨルシアヌマガエルだ。気をつけろ。うっかりすると丸飲みされる」

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