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全滅まであと何日  作者: taki
第二章〜ヨルシア大陸編〜
34/79

34.図書館の階下

 翌朝、オリバーは図書館の本を抱え、神殿を出た。するとロイが、校舎周りのネムレタスの前に座り込み、何かやっているのが見えた。オリバーと目が合うや否や、急にロイは立ち上がり、明るい笑顔を向けてきた。

「おはよう。早いね」

「おはよう。何してんだ」

「別に。ああ、もう六時半か。洗濯にいかなくちゃ」

 ロイがそそくさといなくなった後、オリバーはじっとネムレタスを見た。葉ぶりはますます調子が良さそうだ。むしろ、今持っている本の情報以上に生命力に満ち満ちている。去っていくロイの後ろ姿を見ていると、スカイがそばを通りかかった。


「スカイ。この村には時計があるのか」

「あるよ。そこ」

 スカイがオリバーのすぐ脇にある日時計を指さした。オリバーは花崗岩(かこうがん)を円柱状に削ってできたそれを、注意深く見た。文字盤には数字があるべきところに、形状の異なる植物が彫られている。

奇特(きとく)な日時計だな。なぜ植物なんだ」

「さあ」

 オリバーは、今度は視線を下部へずらしていき、円柱の足元で目を止めた。そこには古代グリフィダ文字が刻まれている。

「これは制作者の名前か?」

「わかんない」

「それで、どれが、何時なんだ」

「えーっと、そのブドウみたいな粒々が垂れ下がったみたいなのが朝六時。それから七時、八時って続いて、最後の、この小さい花が集まった丸いやつが夕方五時だ」

「実に読みづらいな」

「ロイにも教えたら、おんなじこと言われた。でも俺らは学校で教わって、慣れちゃってんだ」

 学校、という言葉に、オリバーはメガネのフレームを手で押し上げた。

「そういえばサムが言っていた。この村には学校があるとか」

「その建物が学校だよ」

 スカイが目の前の木造建屋(たてや)を指さした。

「ここが、そうだったのか」


 スカイが先に入って案内すると、オリバーはまず、教室を見学した。広い長方形の部屋には、杉の丸太テーブルが何台か設置され、それぞれに石板や蝋石(ろうせき)がいくつも置いてある。

「ここに通うのに、いくらかかるんだ」

「村の税金だから……タダだよ」

「なんと贅沢な」


 スカイはさらに、モーガンの研究室を見せると、オリバーは感嘆の声をあげた。

「すごい設備だ。机も、広いテーブルもあるし。水路と石窯もある。この籠や樽は? 本の数もすごいな」

「モーガン先生の部屋なんだ」

 いつもだったら施錠してある部屋なのに。(あるじ)のいなくなった部屋というのは、何もかも整っているようで、何もない。泣きたいのに、泣けない。そんなスカイの気持ちなどつゆ知らず、オリバーは遠慮なく、すみずみまで見学した。さらに、机上の本を一冊手に取り、パラパラとめくった。

「この本は?」

 オリバーはスカイに表紙を見せた。それは生前、モーガンがスカイに見せてくれた本だ。古代グリフィダ語で書かれ、ヤバネスズメバチと思われるイラストが、丁寧に描かれている。

「ヤバネスズメバチの古文書か? さっきも時計のところに、このような文字が刻まれていたな。この言語の翻訳はついてないのか」

「うーん。多分」

「ここ。誰も使ってないのか」

「うん。みんな勉強どころじゃないから」

「なら、俺が使ってもいいか。ヤバネのことが、もっと分かるかもしれない」

「うん。大丈夫だよ」

 誰にも使われないままでいるより、頭の良さそうなオリバーが使ったほうが絶対、いい。スカイは何となくオリバーを見た。熱心に本を眺める横顔がルークと重なり、胸が締めつけられた。

「じゃあ俺、弓の訓練行ってくるから」

「おお」

 オリバーはスカイに大きく手を振ったが、目は本に釘づけたままだった。


 夕方になってスカイが訓練を終え、神殿前に帰ってくると、オリバーが待ってましたとばかりに飛びついた。

「スカイ。モーガン教授殿の、最近まで書き溜めていた記録を見つけた。それによると『ヤバネスズメバチのすべて』という、詳細本があるらしいんだが、どこにあるんだ」

「さあ……」

 スカイは頭をかしげた。自分もそれを疑問に思っていたのだ。ヤバネに関する資料は確か、モーガン自身も知らなくて、スペンサーが地階のどこかで見つけてきたとか言っていたのを、かろうじて思い出した。

「図書館の階下(した)かも。行ってみよう」


 二人は神殿の玄関を通り、階段を降りて図書館に着いた。それから「関係者立ち入り禁止」のドアの前に来た。が、そこは板を打ちつけてあり、完全に封鎖されていた。

「ここの先が、地下二階なの」

「多分、そうなんだ。入ったことないけど」

 スカイはここを開けようとするたび、司書につかまったことを思い出した。

「ちょっと待ってて」

 スカイは階段をあがり、ガルシアを探しにいった。


「なんだなんだ」

「ガルシアさん、ちょっときて。立ち入り禁止のドア、開けて欲しいんだよ」

 スカイに引っ張ってこられたガルシアはドアの前で腕を組み、いかめしい目つきでそれを見た。

「そういえばスペンサーが、地階からの侵入者を防ぐとか、前に言ってたな。まさかここから先が、ヤバネの巣なのか?」

「開けてくれ。ヤバネの生態に関する詳細な資料が、その先にあるらしい」

 オリバーの強い調子に、ガルシアはやや気圧された。

「だが、俺すら入ったことがない領域だ。一般公開禁止と言われてな」

「入ってよし。村のためだ」

 後ろから急に声をかけてきたのは、領主のナッシュビルだ。

「承知した。ないと思いたいが、開けてすぐに蜂が飛び出す恐れもある。全員、しろがね蜜は舐めたか」

 ガルシアが尋ねると、皆は頷いた。

「スカイ。俺とお前の弓、もってこい」

 ガルシアが命じると、スカイは階段を上っていった。


 スカイが弓を持ってくると、ガルシアは仕事道具の中から釘抜きを取り出し、板を外した。一枚。二枚。そこに、ロイも顔を出した。

「何、やってるの」

「ドアを開けようとしてるんだ」

 スカイがガルシアの横で、耳をピッタリくっつけてるので、ロイも耳をくっつけた。

「大丈夫だよ。何もいない」

「本当?」

「本当だよ」

「そのデカ耳でも聞こえないなら、大丈夫じゃないのか」

 オリバーが真顔で言うと、ガルシアは笑った。ロイは体格のわりに耳が大きいのだ。

「デカ耳っていうな」

「前から気になってた。耳の病気じゃないのか」

 ロイが真っ赤になって怒るも、オリバーはますます深刻そうにする。

「おし。開けるぞ。弓、かせ」

「はい」

 スカイはガルシアにロングボウを持たせ、自分も弓を構え、臨戦態勢に入った。オリバーはそばで見ていたが、ナッシュビルとロイは階段の方まで逃げ、成りゆきを見守った。ガルシアがゆっくりドアノブを回すと、ドアはキイィと音を立てて開いた。


「ほら見ろ。なんにもいないだろ」

 ドキドキしながらロイが指さすと、スカイが先んじて、素早く左右を見回した。ドアが二枚と、階下へ続く階段がある。

「こっちのドアは何だ」

 オリバーが尋ねたので、スカイが開けた。一つは書庫、もう一つは雑多な荷物が押し込まれた倉庫だった。どちらも何もいないのを確認した後、一同は階段を降りた。階段下にはちょっとした小部屋のような空間があり、ドアが一枚あったが、問題があった。ドアの前に、大きな石が多量に積まれているのだ。

「何でこんなことに。スペンサーさんが?」

 スカイがドアを見てから、今度はガルシアを見上げた。

「分からん。さらにこの先は危険かもしれん」

 そう言って、ガルシアが石を一つ持ち上げた。スカイも続いたが、それがなかなかに重たい。

「でも、こうなっちゃ出入りできないよ。中からも、外からも」

 スカイの言い分はもっともだと、オリバーが頷いた。

「石をどけるスペースもないし。一個持ち上げるたびに階段上がるのも手間だし。工夫が必要だな」


 それから皆は来た道を戻った。ガルシアとロイ、ナッシュビルは礼拝室に上がっていったが、オリバーだけは図書館に残ると言った。

「ここには蜂人の資料はないと思うよ。蜂人の、司書の目があったところだし」

 スカイが諦め調で言うも、オリバーは気にせず本棚を見回した。

「いや。それじゃない」

 オリバーはそれから図書館にこもった。夕食の時間だとスカイが呼びにきても、まだ調べたいからと言い、オリバーは調べ物に没頭した。


 翌朝、オリバーは図書館の本を手に、ガルシアとナッシュビルが話しているところにすっ飛んできた。

「馬車とスカイとロイ、借りてもいいか」

「何。どこへ行く」

 ガルシアが尋ねた。

「モルディニア共和国」

 オリバーは本を広げてみせた。それは『ヨルシア動植物大全』という本で、大陸の河川や山脈、森林、平原などが記載され、エリア別に動植物が紹介されている。オリバーが開いているのは「キングロータスの沼」と題されたページだ。

「何だと」

 ナッシュビルは目を丸くした。

「通行許可証も取りたい」

「外国まで行って、何をする気だ。モルディニアも危険だぞ。ヤバネはそっちの方に向かってるという話だ」

 モーガンが顔を膨らませ、唾を飛ばしながら言った。

「あと二十三日だ」オリバーは真剣そのものだ。「俺達はヤバネに殺される前に、殺す。一刻も早く、あの地下の石をどけないと。キングロータスの沼までいけば、その材料が入手できる」

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