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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
30/79

30.一匹残らず

 ルビテナ村の空き地には、数十ものテントが張られていた。

 村の家屋が再建されるまでの間、作業人夫がそこで寝泊まりをする。人夫達は肩を叩いたり首を回したりしながら、持ち場から帰ってきた。サムは他の村人達とともに人夫達をねぎらい、ライ麦パンを切り分けたり、チーズを配った。

「おお、ありがとうな、サム」

「今夜は冷えるな。神殿に行って、火をもらってくるといいよ」

 サムが言うと、若い人夫が手をあげた。

「俺がもらってくる」


 人夫は夕闇のなか、神殿へ向かった。正面玄関に近づくと、そこに立つエミリーと目が合った。人夫が言葉を発する前に、エミリーが人夫の頭をすぐさま食いちぎった。エミリーは咀嚼しながら、中にいるルークとアイリーンに笑いかけ、ゆっくりと玄関をくぐった。


 ルークはエミリーの存在にわなないた。セピア色の髪と、同じくセピア色の瞳をしていて、姿形(すがたかたち)は人間の女だ。が、こいつは人間を食っている。蜂人だ。ルークは持っていた包丁をそっと握りなおし、静かに後ずさりした。アイリーンも壁づたいに玄関から離れ、床にへたりこんだ。


「シンカンノスペンサー。ヤットシマツデキタ」

 エミリーは片方だけ口角を上げ、くすくす笑った。それから、スペンサーの亡骸のそばにしゃがみ込んだ。袖口から飛びだしていた小瓶に気づき、それを拾い上げ、じっと見た。それはコクジョウムカデの神経毒だ。エミリーは俊速で真後ろに投げた。小瓶は庭の石畳に当たって砕け、黒い液体が飛び散った。


「ば、化け物。出ておいき」

 アイリーンが怒鳴った。だが、声は声にならず、小さなうめき声となった。エミリーはゆっくりアイリーンを見やり、再びルークを見た。

「スペンサーモ、トシヨリモ、クサイ。デモ、オマエダケ、クサクナイ」

 エミリーが言った途端、ルークの全身が脈打った。ついに来た。ルークは目が痛くて、開けていられなくなった。背中と脇腹が焼けるように熱い。血管が膨張と収縮を繰り返す。ひざまづき、うめきながら踏んばると、エミリーはあくびして見下ろす。

「ワレワレノ、トケイヲカエセ」

「時計は……もうない」

 ルークは背中を丸めて痛みに耐え、かろうじて答えた。が、すぐに痛みの頂点に到達した。背中と脇腹の肉が音を立てて裂け、血が噴きだす。八枚の羽と一対の中足(なかあし)がメキメキと生えた。アイリーンは変貌する孫の様子に目を見開き、わなわなと震えた。

「ドコヘヤッタ」

 ルークが全身汗だくになり、痛みにこらえて黙していると、エミリーは急に背筋を伸ばした。両手を握りしめると突然、眼球をむき出し、蜂の複眼になった。素早く羽と中足を生やし、蜂人の姿になった。


「ドウホウヨ。シンジツヲイエ。トケイハドコダ」

 同胞だと。笑わせる。ルークは息も絶え絶えに、笑ってみせる。

「虫ごときが、時計とか笑える」

「コタエロ」

「海にすてた」

 ルークは息を切らしてエミリーを見つめる。エミリーもまた、ルークを見返す。その透き通った灰色の瞳に、小さな自分自身の姿がいくつも映るさまを見た。

「ナゼオマエハ、ワタシヲミテ、ヨダレヲタラス」


 四つん這いのルークは、エミリーを見上げ、肩で息をする。生えてきたばかりの羽と中足のせいで、体は強烈に痛む。だが奇妙なことに、心だけは高揚する。死期は近いというのに、俺の体は蜂人としての成熟を望んだらしい。なぜよだれを垂らすかって? 俺が食いたいのは、人間だけじゃない。

「ああ……。ああ……」

 アイリーンは、あまりの恐怖に身動き一つとれない。が、向かい合う両者はそれに構わず、睨みあいを続ける。

「ソンナニワタシガ、ウマソウカ」

 エミリーの笑う顔を見て、ルークはよだれをぬぐい、そばの長椅子を見る。そこには自分の荷物があり、肖像画のキャンバスが見える。肖像画のなかの家族は、そろってほほえんでいる。


「ああ。美味そうだよ。俺の弟と同じくらい」

「ソレハケッサクダ」

「俺は画家なんだ。人間に育てられて、お前らの世界を知らない。蜂人の話を聞かせてくれないか。絵を描いてから死にたい」

 ルークがキャンバスに近づき、それを見せると、エミリーは不敵に笑った。

「イイトモ」


 エミリーは嬉々として話しはじめた。ルークはその醜い笑顔を見て、耳を傾けていたが、同時に他のことも考えた。エミリーの頭は良くない。だが体格といい、スピードといい、戦闘力は格上だ。戦ったら確実に死ぬ。だが、それでいい。急に痛みが薄れ、気分が良くなった。ルークはキャンバスを裏返した。それから自分の喉に人差し指をあて、ぬぐったその血で文字を書きはじめた。


 その頃、テント場では作業人夫達がサムを手伝いながら、震えていた。

「寒い。あいつ、遅いな」

 今度は別の人夫が、神殿へ歩いていった。


 村から十数キロ離れたところで、スカイ達を乗せた馬車はアカラ山脈の南端、ルビテナ山へと進入した。スカイはふと見上げた。木々の陰ごしに見える夜空は厚い雲で覆われ、何も見えなかった。

「フクロウが、鳴いてる」

 急にロイが口を開く。スカイはロイの方を見た。表情は暗いが、少しは落ち着いたようだ。

「うん。ルビテナ山には五種類のフクロウがいる。人間顔負けのハンターなんだ」

 スカイが言うと、今度はオリバーが頷いた。

「森が豊かな証拠だ」

「うん。フクロウのほかにも動物がたくさんいるし、秋には美味しいキノコも採れる。もうじきレンゲの咲く時期で──」

「スカイの家族は?」

 馬車に揺られながら、オリバーは話を変えた。

「おばあちゃんと、兄と、妹がいる。でも、妹は行方不明だ」

 話すのが辛かった。ビビのことを思うと自然と涙が溜まる。だけど、つい先ほど両親を惨殺されたロイがいる。自分ばかり可哀想がるのは違う。スカイは頑張って涙を引っ込め、首をブンブン横に振った。

「きっと上手く逃げられたんだよ。生きてるさ」

 そう励ましてくれたのは、ロイだった。


 一方、ルビテナ神殿のなかでは、エミリーが話すのをやめ、立ち上がった。

「カケタノカ」

 中足を組みながら、エミリーがルークのそばへ歩み寄り、猟奇的な笑みを向けた。

「サイゴニイイノコスコトハアルカ」

 エミリーが首を傾げ、やけに高い声で尋ねる。ルークはアイリーンの方を見た。大好きな祖母は瞬きするのも忘れ、痙攣しながらこちらを見ている。

「おばあちゃん。今までありがとう」

 ルークはにっこり微笑むと、キャンバスを椅子に置いた。飛びかかってきたエミリーに、ルークは背中の羽を勢いよく広げ、それをよけた。両者は複眼をむき出しにして、空中で睨みあう。大顎をカチカチ鳴らして威嚇する。どちらともなくつかみあうと、互いの肩に噛みついた。唸り声を上げながら、互いを押さえつけ合い、肉を食いあった。


 その間、アイリーンは声なき声で叫び続けた。失禁して、体を震わせ続けた。震えは次第に大きくなり、限界まで達したとき、完全に気を失った。


 夜空全体を覆い尽くした雲は、やがて小さな雫を落とした。それが連なり、雨になった。スカイ達の馬車はルビテナ村に辿り着き、神殿の玄関前に止まった。

「ひとまず、中に入れ」

 ガルシアに促され、三人玄関を開けた。が、三人はそれ以上動かない。

「何してる。早く体を拭け。風邪引い──」

 ガルシアがせき立てると、そこには人だかりができていた。ガルシアは首を突っ込むと、言葉を失った。皆の足元には、スペンサーが頭から血を流して死んでいる。さらに、オルガンの前では意識を失い、失禁したアイリーンが気絶している。そして正面奥、祭壇の脇で体のあちこちを食いちぎられ、羽や中足を折られ、血まみれになって死んでいるのは他でもない、ルークだった。


 スペンサーとルークを殺したエミリーは、早々に帰還した。報告すると、赤毛女はベッドに横たわり、表情を変えずに頷いた。

「そう。あなたも戦士として、今後もしっかり働きなさい。そうすればこの女帝蜂(じょていばち)、アグネスが、あなたを食べてあげる」

 アグネスは赤毛を振り払い、頬杖をつくと、ほんの少しだけ笑った。

「ハッ」

 エミリーは頭を深々と下げた。陛下に召し上がっていただけるなら光栄だ。エミリーは石の床に満面の笑みを向けた。


 その頃、ルビテナ神殿では、あちこちからすすり泣く声が響いていた。

「なんてことだ」

 ガルシアはスカイの肩を強く抱き、爪をめり込ませる。スカイは反応せず、そのまま棒立ちしている。

「おい、その絵の裏側、血でなんか書いてあるぞ」

 一人が指をさした。

「よく読めないな。 『と、け……、と、ま、る』『……ま、ご、か、え、る』?」

 キャンバスを拾い上げた者が、気味悪そうに言う。それを聞いたガルシアは目をカッと開き、懐中時計を握りしめる。皆の前に出てしゃがみ込み、そのキャンバスを手に取った。オリバーもそれに近づいた。

「時計止まる、卵孵る、か」

 ガルシアが囁いた。

「あと三十二日後に、蜂の卵が孵化する」

 オリバーも囁くと、ガルシアはオリバーの両肩を掴んだ。

「一刻も早く、なんとかしないと」


 そのとき、サムが階段を上ってきた。手にしているのははルークの遺書だ。スカイは機械的な動きで便箋を取り出すと、ほんの数行だけ読み、すぐに封筒にしまう。それからフラフラと前に進み出る。皆が見てる前で、ルークの前にしゃがみ込む。

「殺してやる……」

 ロイは顔を上げた。スカイが皆に聞き取れないくらいかすかな声で言うのを、ロイだけは聞き取った。スカイの黒い瞳は焦点が合っていない。ロイは血の気が引いた。

「ルーク、待ってて」スカイは囁いた。「俺が一匹残らず、殺してやる」

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