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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
29/79

29.蜂人だとしても

 ルビテナ神殿の礼拝室で、ルークがライ麦の(わら)とツル植物で、縄をっていた。

 数日前にフレディの足を食べ、罪の意識に苛まれていた。だが、体は充実している。盛りあがった肩甲骨と、左右に膨らんだ脇腹にそれぞれ触れた。この体は人間の肉を喰らうことで生命エネルギーが満ちる。間もなく「その時」はくるだろう。

 ルークはできあがった吊り縄と遺書を手に持ち、ゆっくり立ちあがった。


 その頃、スカイ達はマデッサから馬車で南下を続けた。日が暮れかけた頃、ようやくアカラ山脈の手前、ホットンの町までたどり着いた。

 あたりにヤバネスズメバチの気配はなかった。町の宿駅しゅくえきで馬を交換するため、皆はいったん下車した。

「バテバテじゃないか。どこから走ってきたんだい?」

 新しい馬を二頭連れてきた町人が、汗だくの馬達を見て尋ねる。

「マデッサだよ」

 ガルシアが答えると、町人は目を丸くする。

「そんな遠くから? 何があったんだい」

「蜂が出たんだ」

「それってルビテナにも出たやつか?」

 近くの露天にいた野菜売りが割りこむ。蝋燭(ろうそく)売りと香料売りも近寄ってきた。

「そうだ。知っているのか」

「ああ。こないだ、ルビテナの若えもんがここへきて、人食い蜂が出たから助けてくれって。国王陛下の家来がちょうど居合わせて、救援にいったよ」

 野菜売りが説明すると、蝋燭売りが激しく頷く。

「俺の弟が今、ルビテナに働きにでてる。見たんだってさ、こんなでっけえ蜂の死体」

 蝋燭売りが両手を目一杯広げる。

「それだ。その蜂がマデッサとロクレンに出た。周辺の町も襲われる可能性が高い」

 ガルシアが厳格な表情で言う。

「じゃあここも? おっかねえ」

「しろがね蜜が豊富にあればいいんだが……」

 ガルシアが渋い顔で言う横で、スカイは野菜売り場に目をとめた。手乗りサイズの、ピンク色の花のようなそれに見覚えがある。

「野菜売りのおじさん。このネムレタスを使って」


 風が、徐々に冷たさを増していた。

 ルビテナ神殿の礼拝室では、ルークが階段の手すりに縄をくくりつけていた。地下の図書館に降り、カウンターの上に乗って立つと、垂れさがった吊り縄を手にとった。縄の先端には輪っかを作ってある。やることは簡単だ。これに首をかけ、カウンターから足を離すだけでいい。ルークは輪に首をかけた。

「ただいま。ルーク、いるかい」

 階上で声が響いた。アイリーンの声だ。ルークはためらい、縄を離した。

「ああ、お帰り」

 ルークは自分自身に失望し、階段を上る。何も知らないアイリーンとスペンサーは、バスケットにライ麦パンを抱え、正面玄関前に立っている。

「外のかまどで焼いたんだ。食べるかい」

 アイリーンがひとつ、手にとって差しだしたが、ルークは首を横に振る。

「なんだい。昨日も食べなかったじゃないか。食べなきゃダメだよ」

「ごめん。無理だ」

 ルークはアイリーンを見ずに、か細い声で返す。スペンサーの視線を感じたが、それは無視した。

「じゃあ、パン粥にしてやるから」

 アイリーンはパンを暖炉の上に置くと、パン切り包丁を手にとる。ルークはすかさず手を伸ばし、包丁を奪いとった。


「何してんだい」

 ルークは包丁の先端を自分の喉元にあて、今にも喉を突きささんとしている。アイリーンは両手のひらをかざし、悲痛な眼差しを向けた。

「おばあちゃん。ごめん」

「落ち着きな。ルーク。どうしたんだい」

「もう無理だ」

「何がだよ」

「それを俺に言わせるの?」

 ルークの目は真っ赤に充血した。アイリーンの目にも涙が浮かんでいる。

「お前は。間違いなく、私の孫だ。誰よりも優しくて賢いルークだ」

 アイリーンは震えながら、優しい物言いにつとめ、両手で制する。

「でも」ルークは唾を飲む。「俺は人間じゃない」


 水を打ったように、神殿のなかは静まりかえった。アイリーンもスペンサーも押し黙っている。わずかな風音が、開けはなたれた玄関から流れこんだ。

「ルーク。お前は人間だよ。人間の私を助けた。皆のことも」

「人間じゃなくとも、人間を助けることはできる」

 ルークは包丁を喉に突きたてたまま、首を横に振る。

「ルーク。その包丁をこちらに渡せ」

 穏やかな声が響く。スペンサーが、静かな佇まいでこちらを見ている。ルークはスペンサーの顔を上目づかいをして見た。目は笑っていない。


「スペンサーさんだって、俺のことが怖いんだろ」

 ルークの問いかけに、スペンサーは両手の拳を握りしめる。イエスと言うべきか。ノーと言うべきか。

「私はお前のことを尊敬している、ルーク」

 嘘はついていない。スペンサーはこれまでのルークの果たしてきたことの一つ一つと、決して自分に打ちあけなかったルークの精神力を、誰よりも称賛していた。ルークは生きるべきだ。たとえこの先、今以上の苦しみをともなうことになろうとも。

「ルーク。お前は誰よりも生きる苦しみを知っている。私など足元にも及ばない。どうか包丁を渡してくれないか。お前こそ、死ぬべきではない」

 スペンサーは手を差しだす。ルークはその手に目線を落とす。わずかに震えているのが分かり、顔を上げた。スペンサーの瞳は、わずかに潤んでいる。

蜂人(ぼうと)でも?」

 ルークの頬に、一筋の涙が流れおちた。


 その頃、ホットンの町で馬を交換し、新たに御者を雇ったスカイ達は、アカラ山脈の山道へ入った。

「ここを抜ければルビテナだ」

 スカイがロイとオリバーに話しかけた。二人は押し黙ったまま、何も答えなかった。


 ルビテナ村の西の空が夕日に焼かれ、赤く染まった。メドリア海の水平線上は濃い藍色に染まり、水面に夕日の色を落とした。小鳥の一団は空高く飛びたち、ルビテナ山へ帰っていった。


 村では養蜂場で作業する者、畑で作業する者、山林で作業する者と、それぞれが仕事に精を出していたが、徐々に切りあげはじめた。サムもアイリーンに頼まれていた作業に区切りをつけ、作業人夫達と片づけの準備に入った。

「軍の奴ら。警護とか言いながら、夕方になったら帰っちまうなんてな」

「夜だけ安全な村なんてあるかってんだ」

「本当だよな」

 作業人夫達は苦笑しあった。


 神殿の礼拝室では、一触即発の状態になっていた。ルークは包丁を喉に突きつけたまま、スペンサーを見つめた。スペンサーも同じように、ルークを見つめかえし、やがて口を開いた。

「ああ。蜂人でも」

「じゃあ、俺をこのまま野放しにしても大丈夫か?」

 ルークの問いかけに、スペンサーは沈黙する。

「俺はもうじき、羽化する。足ももう二本、生えてくる。それに、見てくれよ」

 ルークはそう言って、口を大きく開く。アイリーンもスペンサーもその口の中を見る。上の奥歯のさらに奥に、毒針が二本、生えている。

「こんな化け物。怖いだろ?」

 ルークは口を閉じ、包丁の先端を喉に突きつける。わずかに肉に食い込み、鮮血がしたたり落ちた。


「羽も足も、毒針も。全部、切り落とす」

 スペンサーが低い声で言うと、アイリーンがヒッと悲鳴をあげる。ルークは反応せず、黙ってスペンサーを見かえす。

「それがまた再生しても、その度に俺が切りおとしてやる。お前が人間らしくいられるように」

 スペンサーは袖から一冊の本を差しだす。モーガンから読むように言われた、灰色の表紙の本だ。

「そこには、蜂人のなぶり方が書いてあるわけか」

「なぶり方ではない」

「どう違うのか俺には分からない」

「ルーク」

「そうまでして生きたくない」

 ルークが絶叫した。


 その声は礼拝室だけでなく、玄関扉の外にもこぼれ、風に乗った。その風はやけに湿り気を帯びながら、再び神殿内に吹きこんだ。ルークは涙をぼたぼたこぼしながら、玄関前に立つスペンサーを見た。


「私はそうまでしても、ルーク、お前に生きていてほしい」

 暖炉の火に照らされたスペンサーは、山吹色のロングドレスを夕風にたなびかせ、神秘的だ。ルークはその神々(こうごう)しさに引き込まれる。迷いのない強い意志が、その瞳にはっきりと映っている。スカイがガルシアを尊敬するように、ルークもまた、スペンサーを尊敬している。本当は俺が怖いのに。怖いと分かっている自分を、受け入れる器があるのだ。

「そう願うのは、私の間違いだろうか」

 スペンサーは問う。その声は小さく、低くかすれている。

「私も。私も、ルーク。お前が私より先に死のうなんて、許さないよ」

 アイリーンは頬に涙の川をつくり、体を震わせた。


 ルークは二人を見て、しゃくり上げた。どうしてだ。なぜ死なせてくれない。自分は化け物なのに。生きたくない。死にたい。誰にも迷惑かけない、シンプルな願いだ。なのに。だけどどうして自分の胸も、こんなに苦しいのか。


 肩甲骨のあたりが、脈打つのを感じた。脇腹も、今にも固い骨が突きやぶってきそうな痛みを感じた。だんだんと意識ももうろうとして、呼吸するのもしんどくなった。このまま俺は人間としての記憶を失って……。

「ルーク、頼む。包丁を……」


 突然、鈍い音が響いた。スペンサーが目を見開き、手から本を取りおとした。その直後、ばたりと倒れた。驚いたアイリーンがひざまづき、スペンサーの肩を揺する。スペンサーは頭から血をたれ流し、そのそばには血のついたレンガが落ちている。ルークとアイリーンはほぼ同時に玄関の先を見た。夕闇のなか、庭に立っていたのは蜂人(ぼうと)のエミリーだった。


 日が完全に沈み、空が漆黒の夜を連れてきた。アカラ山脈のほぼ中間地点で、スカイ達を乗せた馬車は、ランタンの灯りを頼りに走りつづけていた。

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