2.すべての始まり
神官のスペンサーは、目の前の光景に呆然としていた。
神殿の外は、まさに地獄絵図だった。養蜂家のイサクは、顔を紫色にしたまま瞳孔が開き、手足をもぎ取られ、敷地内の芝生の上を転がっていた。今朝、パンを届けにきたベイカーは、腰にエプロンをつけたまま、正面の泉に頭を突っこみ、その血で泉を赤く染めていた。薪をいつも届けてくれる木こりのフォレスターは、手に斧を持ったまま、その腕ごと引きちぎられ、石畳の上に横たわっていた。
「神よ……」
スペンサーは全身を震わせ、首から下げている懐中時計を握りしめた。それから思い立ったように、敷地内を小走りで見回りはじめた。一帯をむせかえるほどの死臭が埋めつくし、スペンサーはハンカチを口にあて、涙まじりにせきこんだ。
なぜ。どうして。確かに予兆はあった。だからこれまで多くの時間を費やし、さまざまな文献を読みあさった。研究し、対策してきた。だけど間に合わなかった。こうなるはずじゃなかった。皆を救えるはずだった。
誰も、ぴくりとも動かなかった。そこへ、あの不穏な、空を切る重低音が遠くから聞こえた。
まさか。また、あれが飛んでくる。人間ほどの大きさがある、六本足に八枚羽のあれが。音は次第に大きくなる。もうあと二百メートルもない。
視界の半分が、黒く染まった。自分が先か。あれが先か。自分が先に決まってる。死にたくない。
スペンサーは転びそうになるのをこらえ、全速力で神殿に駆けもどった。玄関扉を開け、すぐさま閉めた。その途端、強烈な衝撃音とともに扉が揺れ、スペンサーは床へはじきとばされた。扉は外側から何度も叩きつけられ、きしませ、暴力的な振動を伝えつづけた。天窓を飾るタペストリーが、ほこりとともに降りおちた。ビオトープの水が溢れ、花瓶や飾り皿が音を立てて割れた。
スペンサーはよろめいて立ちあがり、扉を二重に施錠した。流れおちる額の汗をぬぐい、三回、深呼吸した。神官長のビショップをはじめ、生存者達がひと塊りになり、いっせいにこちらを見つめている。誰も言葉を口にしない。口にできない。スペンサーは、彼らの瞳に映る自分自身を見た。
「神官長……」
「スペンサー。外の様子を、話してきかせなさい」




