2 大聖堂からも追放
豪奢な大聖堂で、こんなに間抜け面をさらしたのは、後にも先にもアリーチェだけだろう。
あごがはずれそうになるくらい、ポカンッと口を開けたアリーチェを見て、大司教は笑いを堪えるように微かに肩を震わせた。
「今、なんて」
「明日の朝、馬車が迎えに来る」
笑いを堪えつつも、大司教は重々しく言った。何でも仰々しくするのが、彼の仕事なのである。
「王城から勅命が来てしまっては、置いておけん。アリーチェよ、そなたの浄化の力は不十分。よって、本日づけで聖女ではなく、単なる平民となる。王子によると、そなたの魔力は、正直なところ、庭の野菜ぐらいしか浄化しておらぬ、と」
確かに、アリーチェは聖堂の裏手の畑でオリーブの実やらニンジンやらを育てていた。
それも良く育って、たくさん増えた。
いや、でも、違う。
あれは別に魔法とかを使ってるわけじゃなくて、いつまでたっても聖女っぽい力が使えないストレスを家庭菜園でまぎらわせていただけで……。
「え? 趣味までとやかく言われる感じです?」
「王命によると、『偽聖女は田舎にひっこみ、畑でキュウリでも作っていろ。死刑にしない慈悲をありがたく受け取れ』と」
アリーチェは嘆息した。
せっかく転生したというのに、追放宣言だなんて。
全くついていない。
アリーチェが覚えているのは、農家に嫁いだ過去の自分だ。
名前も思い出せないが、とにかく前世が酷かったことは覚えている。田舎に嫁いだら、結婚するまで優しかった夫が暴力亭主に変貌した。
嫁は労働力、そして子供を産ませる為に存在すると言ってのける、農村の古い家だった。
男尊女卑の極みのような価値観で、自分の趣味も何ひとつ無かった。
姑にも夫にも怒鳴り散らされ、決死の思いで逃げ出した。逃げ出した先の山中で、滑落して……。
気付けばこの世界の『聖女アリーチェ』として、大聖堂で祈りを捧げていた。
大司教の話では、アリーチェは数年前、聖女としてエルフの国から召喚されたらしい。どこかのお姫様だったようで、来たばかりはショックで寝込み、食事もとらず、口もきけなかったそうだ。
自分はそのアリーチェの身体になんやかんやで転生してしまったということらしい。
白色に近い金の髪に、きらきらしたオリーブグリーンの瞳。透明感のある白い肌。見た目は美人といえる部類だろうが、中身は東洋から来たアラサーの元農家嫁だ。
大司教は絞り出すように言った。
「すまんなアリーチェ、わしにできるのは裏庭のオリーブをピクルスにして、レシピと一緒に持たせてやることくらいじゃわい……ふがいないのう……うっうっうっ」
「わ、わぁ、大司教様! 泣かないで! ご心配には及びません。私、大丈夫です。むしろ……長い間、ごめんなさい。たいしたこともできなくて」
「いいやアリーチェ。そなたはよくやってくれた。皿洗い、洗濯、料理、掃除、そなたがやってきてから、わしらはずいぶん助かったものだ」
「いやあ、そんな。それほどのことはしてませんよ」
「と、いうわけで、明日の朝には退去していただきますじゃ」
「えっ!? やっぱり明日?」
「空いた部屋にポーリーヌ嬢が来るのでなあ。あ、ちゃんと清掃してリネンも替えておいておくれ」
「ポーリーヌ嬢!? 誰ですか!?」
「今回の聖女は、見るに見かねた王が召喚したのじゃ。魔方陣から現れた、新聖女じゃ。まあ、どう見ても、顔形や動作も別物。うむ。まあ、そういうことだからの。次の平民としての人生も楽しんで、元気でやるのじゃ。うひ、王都で評判の別嬪、人気ナンバーワン家政婦嬢ポーリーヌちゃんも来るとのことだし、楽しみじゃな……よし、話は以上じゃ」
ひたすら失礼なことを言われた気がする。
嘘泣き狸好色親父、もとい、大司教様にクビを宣告されたアリーチェは、納得しきれないながらも、荷物をまとめることになったのだった。




