19 予感
次回完結です!
魔女は瞠目した。
「あら? あなた……本当に聖女だったの? 前に見たときはちんちくりんだったのに。妖精の加護を受けたのね。ふーん、なるほどぉ……」
アンドレアは、アリーチェの周りをぐるぐる回る。
獲物の匂いを嗅ぎつけた肉食動物のようだ。
「良い物を食べていたのね。美味しそうな匂いがプンプンするわあ」
アリーチェは思い出した。
聖女は人ならざるモノに好かれる。
カマキリも、鳥も、植物も、妖精も、あるいは魔女も。
部屋の隅で、布団にくるまった王子がわめいた。
「おい、ふざけるな。早くそいつに命令して俺を解放させろ! なんのための聖女だ! 俺は王族だぞ! さもないとどうなるか」
「おだまり」
アンドレアは指をついと滑らせた。
電撃が飛ぶ。
「ぐあああっ」
王子が腕をおさえる。
ポーリーヌが怒りの声をあげた。
「ちょっと! なんてことをなさるのです!」
「人間の小娘は黙ってなさい」
アンドレアは冷たく見返した。
王子は腕をおさえつつも、突然現れた味方に気をよくしていた。
「そこの女、よく分かっているじゃないか。もう誰でもいい、早く魔女をやっつけてしまえ。この国から追放しろ!」
どこまでも偉そうな男だ。
状況が分かっているのだろうか。
アリーチェが怒りをおぼえたとき、ポーリーヌはすでに王子の前に立ちはだかっていた。
なんだか嫌な予感がする。
アリーチェは双子に指示した。
「シェロ、マーレ。いい? ちょっとだけ、自分たちで少し耳を塞いでいなさいね」
「え、なんで?」
「いいから」
「おとなのじじょうってやつ?」
「まあ、そうよ」
「きょーいくがくてきによくない、ってやつ?」
「たぶんね」
シェロとマーレが小さな手をそっと耳に当てたのと同時、ポーリーヌは魔女に向かって大声で叫んだ。
「すぐに痛みを与えては勿体ないでしょう!」
魔女は、アンドレアは、端正な顔に驚きを浮かべた。
アリーチェは頭を抱えた。
先ほどの自分の判断が正しかった。
これは『参考にしないほうがいい大人』で間違いない。
「生意気で、考えなしで、世間知らずで生意気な貴族の王子なんて逸材を! あなたは何だと思っているんです! こんな天才的なバカ王子なんて、今時どこを探したって見当たりませんよ! こういう悪人を調教していく美学というものが」
「ポーリーヌさん。ちょっとだまっててくれます?」
アリーチェはポーリーヌの腕をつかんでずるずると後退させた。
もう、話がややこしくなるので部屋の外にいてほしい。
「さて、とにかくこのまま帰すわけにはいかないわ」
「私にどうしろと?」
アリーチェは、ポーリーヌを背中の後ろに押し込んだ。
「どうもこうもないわ、私はおもちゃを壊されるのがいやなだけよ。くだらないゲームでも最後までやらなくてはね」
ポーリーヌは王子を見ながら、おもちゃを見せられた猫のようにそわそわうずうずしている。
「早く魔女を追放しろ!」
アンドレアは興味をなくしたように、王子に麻痺の魔法をかける。電撃が飛び、また王子が苦悶の叫びをあげた。学ばない男だ。
「さあ、これが終わりの始まりね。これで王族の後継者はいなくなり、国は勝手に滅びるってわけ。案外つまらなかったわ」
魔女が片手を振り上げた。
黒い塊が手の中に湧き上がり、玉のようになる。
見るからにマズイ。
アリーチェは、飛び出しそうになるポーリーヌをぎゅうぎゅうと押さえた。
「さあ、終わりよ!」
魔女が球を投げる。
天蓋ベッドでもがいている王子に向かって飛んでいく。
そのとき、何かが王子の前に飛び出した。
アリーチェは叫んだ。
「ラウル!」
黒い球は胸元を直撃し、ラウルはその場にばったりと倒れた。
「ラウルッ!」
アリーチェは駆け寄った。
「ラウル! だめよ、ラウル、しっかりして!」
涙もそのままに、必死でラウルの頭をかき抱くアリーチェを、王子は寝台に横たわりながら冷ややかに見つめた。
「はあ、当然だろう。いちいち騒ぐな。俺はこの国の王太子だぞ? 守るのは国民の役目だ」
王子のその言葉に、いよいよアリーチェの我慢の糸が切れた。
「バカッ! ラウルは価値がある人なのよ! あんたなんかとは違うの!」
「はあ? 俺は王族だぞ」
「だから何よ! 何の役にも立ってないくせに! ラウルは愛されてるの! 双子にも、ラウルの家族にも、近所の人たちにも、私にも! あんたは誰のために、何のために動いてるっているのよ。いっつも自分のためじゃない! 王族が何よ、ラウルがいなくなって当然なら、こんな国滅んでしまったらいい!」
「そんな男、国にはたくさんいる。王族は俺一人だ」
「バカッ! バカバカッ! あんたなんかに分からないわ。ラウルみたいな人は世界中を探したって一人もいないわよ! 私の一番愛しい人をこんなにして、あんたも、この魔女も、絶対に許さない!」
そのとき、アリーチェの腕の中で目を閉じていたラウルに変化があった。
体がやけに熱っぽい。
「ラウル? ラウル、聞こえる?」
「……ああ」
「よかった! 意識が戻ったのね」
「……と、いうか、ごめんアリーチェ。言い出せなくて」
「え?」
「ずっと、意識はあった。なんというか、その……魔法、たぶん全然、効いていないんだ。もうだめだと思って目を閉じたんだけど、全く痛くないし」
「え、え、えっ!?」
ラウルが目を開く。
視線を逸らしながら、照れくさそうに言う。
「あのさ、愛しい人って……」
「わああああああ!? えっ? ラウル、どこから」
「いや、だからごめん、最初から……」
「ぎゃあああぁぁぁ!」
アンドレアは、首をひねった。
「この男……人間よね? どうして魔法がきかないのかしら?」




