14 スローライフっていいな
そんなこととは露も知らず、アリーチェはヴァル・ドルナの村で満ち足りて暮らしていた。
「これだけでごちそうだわ……」
畑から収穫したばかりの小さなトマトを、アリーチェはかごにいれた。
あれから、妖精たちはアリーチェの傍にいることを気に入ったようだ。
加護を受けた土や野菜は驚くほど甘く、みずみずしく育った。
しかも驚くべきことに、妖精が居着くのは土や畑だけではなかったのだ。
台所のぐらついていた椅子がしっかりしたかと思えば、剥げてがたついた戸棚が、いつの間にか艶のある木製に変わっていた。
雨漏りしていた屋根から水が落ちてこなくなり、白く美しい外壁に塗り変わった。
ボロくて固くて薄かった椅子の座面には、いつの間にか柔らかな張りが出て、布地も少し上質になった。
ひび割れた窓ガラスは、いつの間にか透明度を増して新品同様に変化した。
木製のきしむ古いベッドは、背の高い丈夫な寝台になった。
話を聞いたラウルは感心した。
「まるで魔法だな! やっぱりアリーチェは聖女だったんだ」
「私、何もしてないんだけど」
「いや、それでいいんだよ。聖女は人ならざる者に愛される。その力を借りるのが、聖女の魔法なんだ」
なんだかよく分からないけれど、良い暮らしを与えてもらっているのは分かる。
アリーチェの心には自然と、妖精たちへの感謝が生まれていた。
そして、昼になれば、食卓には素朴だけれど、美しい食事が並ぶ。
焼き魚、豆の煮込み、平たいパン。
そして色とりどりのピクルス。
ピクルスはアリーチェのお手製だ。
妖精の加護があるとはいっても、畑の整備や家の整備にはまだまだ時間がかかりそうだ。その話をしたら、ラウルの父が昼ご飯に呼んでくれるようになったのだ。
これがまた美味しい。
「すっぱ!」
「でも、あまい!」
「おかわりくだしゃい!」
3人の子どもたちも大はしゃぎで手を伸ばす。
「よしよし。たくさんお食べ」
義父は満足そうに頷いて、子どもたちの頭を順番に撫でる。
「いつもありがとうございます」
「いやいや。野菜をたくさんもらっているからね」
村長のミッキーも、ピクルスを囓りながら言う。
「さすが聖女の加護じゃ。わしらもありがたくいただいとるよ。ほれ、このキュウリなんて最高じゃ」
褒められて、アリーチェの頬はピンクに染まった。
小さなことを認められるというのがこんなにも嬉しいものだとは。
今度はトマトも酢漬けにして、持ってこよう。
そう思っていた矢先だった。
どんどん、と木のドアを、誰かが叩いた。
ノックなんていう可愛いものではない。
すぐに野太い声が響く。
「おい! ここにアリーチェという女はいるか!」
答える間もなく、招かざる客はドアを破るように開けて、強引に入ってきた。
「なんなんですか、あなたがたは」
ラウルの父が静かに言う。
体格が良いので、迫力が違う。
ラウルがさりげなく前に立ち、背中側に子どもたちとアリーチェを隠した。
ルーラが不安そうに、アリーチェの左腕にしがみついた。




