12 妖精のせい
「いいないいな。ルーラも食べたい」
「ほら、食べてみな」
と、ラウルはルーラに半分のキュウリを渡した。
「ポリ、ポリ……おいしい! それに、からだ、わくわく。ちから、ぎゅーんってわきあがってくるみたい! すごいすごい! もっとほしい!」
「僕も!」
「僕もッ」
双子が新たに育った金色キュウリに駆け寄る。
「いい? アリーチェ」
「もちろんいいわよ。キュウリのとげは痛いから、私がするわ。よいしょ」
アリーチェがキュウリに触れた瞬間、ぶわっと風が吹き上がった。
「わっ?」
先ほどの小指の爪ほどの妖精が、パタパタパタッと飛び上がる。
「あれ? この妖精、ちょっとさっきより大きくなってない?」
「マーレの言う通りだよ。アリーチェが触った瞬間、ビュウッで風が吹いたんだ。さっきは見えなかったけど、今度は羽の模様が見えたもん」
「そうかしら。よく分からなかったけれど。それより、はい」
「わあ、本当に金色だ。マーレ、半分こしよう」
「うん。いただきます。ポリッ……ポリッ……」
「もぐ、もぐ……もぐもぐ……」
ラウルが苦笑した。
「こいつら無言で食べてる。よっぽど美味いんだな」
「ルーラも!」
「おそらく、聖女の加護じゃ」
「キャアアアッ!」
後ろからかけられた声に、アリーチェは飛び上がった。村長だった。全く心臓に悪い。
「もうじいちゃん。何だよいきなり」
「昔話によると、妖精は物質の質を変化させるのだ。土がよくなり、野菜がよくなる。野菜がよくなると、妖精がよくる。妖精が育つと、土がよくなる。その循環が続く」
それなら自分が追放されたのはなぜだろう?
アリーチェは口を挟んだ。
「だけど、私は聖女の魔力なんてないって言われましたよ」
「おまえたちは聖女を誤解しておる。魔力とは人知を越えたものじゃ。魔力のあるのは人ならざる者たち。聖女とは、人間と人ならざる者とを繋ぐ、中間者なのじゃ」
「へぇ……」
「魔力は人間が使おうと思って使えるものでもないのじゃ。だが、聖女がものすごく、人ならざる者たちに好かれる。よくも悪くも異形に愛されるのだ。心あたりはないか?」
「そういえば、聖堂でオリーブを育てていたんですけど、たくさん取れるようになったんです。それこそ籠にいっぱい。私の農業の腕がいいんだって褒められました」
「他にも不思議なことはなかったか?」
「え? 掃除とか、洗濯とか……ああ、でも、掃除をしようと思ってモップをバケツで洗ったり、洗濯をしても、いつまでも水が汚れなくて」
「水の精の加護じゃ」
「あと、お料理をしてるときに、絶対に卵の黄身が二つ出てきました」
「卵の精の加護じゃ」
「そういえば、プリンを作るときに絶対に気泡が入りませんでした」
「プリンの精の加護じゃ」
なんだか色んな精がいるらしい。
「……私、たくさん護られてたんですね」
意識もしていなかったけれど、妖精は近くにいたのだ。
いつもアリーチェの近くに。
「卵とプリンの妖精って違うんだね」
「部署が違うんだよ、たぶん」
と、双子が噂をする。
「さすがお兄ちゃんじゃな」
と、ミッキー村長が言った。
「失礼ですけれど……大司教様って本当にすごい方だったんですか?」
「もちろんじゃ。アリーチェ、そもそも、そなたをこの村に行かせるように王子に言ったのはお兄ちゃんなのじゃ」
「どうして大司教様はそんなことを? 私が邪魔だったのでしょうか」
「お兄ちゃんは気付いておったよ。聖女アリーチェこそが本物の聖女なのだと。だからこそ、そなたを僻地に追いやったのじゃ。王たちの手にかからぬように」
その頃、聖堂では、当の大司教が窓の外を見て、息をついていた。




