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115.戦いの躊躇

「まずは、"いばら"」


地面から生えたイバラがカタツムリのもののけを縛る。だが、ぬめっとした粘液が潤滑油のような役割を果たし、すぐに抜け出して殻に籠った。


「縛るのは無理、それなら……」


ナギはわざとカタツムリのもののけの前にいき、体当たりを誘う。思惑通りに殻から飛び出して、体当たりを仕掛けてくる。


「わかってたら避けられる」


花衣で向上している身体能力でいとも簡単に横跳びでそれを避けた。


「霞、"形態変化"。からの、"鳳仙花"!」


霞は薙刀へと姿を変えた。ナギはそれを頭上でぐるぐると回し、魔力を込めた刃から橙色の閃光を飛ばし攻撃する。

カタツムリのもののけは嫌がるように体を左右に揺らす。


「効いてます、一気に叩き込めば……」

「ううん、これはあくまで時間稼ぎ。あとはサツキが戻ってきて一撃だけでいいはず」

「ナギ……もしかして……」


霞はナギの行動の意図を理解した。回復魔法をかけようとしたことを拒んだり、絶好のチャンスでも攻撃に行かないのは、全部自分()になるべく負担をかけないようにしようとしてのことだったと。


(私のせいで、ナギやサツキちゃん達に無駄な神経を……)


心配してくれることは嬉しかった。だが、刀として主人たちを守るどころか守られてしまっていることは情けなく、悔しかった。


「ナギ、夜桜連斬を全力で打ち込める力はしっかり残していますから安心してくださいね。それに、危なくなればすぐに遠慮せずに。あんなもののけに負けてしまうほどは弱ってはいませんよ」

「霞……わかった。絶対決めよう」


霞は今の自分が精一杯してあげられる励ましをナギに送る。その言葉に、ナギの真剣な表情は少しだけ優しい笑顔に塗り替えられた。

ナギは霞のために、カタツムリのもののけの体力を少しでも削るのだった。



一方サツキは少し後ろに下がり息を整えていた。


「ふぅ、そろそろ行かないとね」


息を吐き、その場で跳ねて体をほぐす。正直なところ、術を使いすぎたせいか少しだけ体が怠かった。


「まずは、分身を……"月下幻影"」


月の光の影から10体の分身が現れたのだが―――


「あれ、なんで?」


現れた10体は、ほとんどが膝に手をついていて、明らかに疲れ切っている様子だった。


「単純に魔力が足りないんだろう。私の魔力を使えばいい、もう一度やりな。この分身じゃ、夜桜連斬なんて無理だろ?」


十六夜が冷静な口調で伝える。


「わかってるけど、でも……」


サツキが何か言いたげに視線を下に落とす。十六夜は呆れたようにため息をついた。


「成る程ね……。サツキ、あんまり私を見縊るんじゃないよ」

「十六夜……」


サツキは、十六夜が霞のように体調がおかしくなってしまうことが心配で十六夜の魔力を使うのをためらっていたのだ。


「私のことを心配してくれることには感謝する。けどねサツキ、あんたは今もののけと戦ってるんだ。一歩間違えば簡単にやられてしまう。戦いでは、一瞬の躊躇が命取りになる。何かを守るためには何かを諦める、そんな嫌な選択をしないといけないこともあるんだよ」


十六夜の静かなトーンはどこか重々しく、サツキは何も言わずに聞くしかなかった。紛れもなく、本当に戦ってきた十六夜に自分の甘さを認識させられた。


「もう、何が言いたいかは、いくらサツキでもわかるだろ?」

「いくらサツキでもって」


十六夜は、少しだけふざけたその言葉に小さく微笑んだ。


「だいたい、私の力抜きで戦おうなんて、無理があるだろ」

「それは、はい。すみません」


段々と十六夜もサツキもいつものモードに戻ってきていた。


「わかったら、遠慮なく私の魔力も使いな。少なくても、私がすぐに霞みたいになるなんてことはないから安心しな」

「………うん、わかった。十六夜、力を借りるね」

「はいよ」


十六夜の本心はいつもわかりづらい。だが、今回の言葉に嘘はないということはサツキにはわかった。サツキは分身の調子を整えるために、一度影に戻す。

ふうっと深く息を吐き、今度は十六夜の魔力も借りて術を使う。


「"月下幻影"!」


10体の分身が現れる。現れた分身たちの表情は明るく、全員が万全な状態だ。


「よーし、これならいける」


サツキと分身は一気に駆け上がり、時間稼ぎをしているナギの元に。


「ナギ、もう平気。今なら全力で行けるよ」

「よかった。サツキ、決めるよ」

「うん!」


サツキの溌剌とした笑顔にナギも安心して後方へ下がり、椿の舞の姿勢に入る。


「カタツムリめ、これで止めだよ。"影忍び"」


サツキと分身の気配は嘘のように消えた。

気づいた時には、カタツムリのもののけは次々とサツキの連続斬りで身動きが取れなくなっていた。

ナギは、集中して力を溜めている。気配は感じられないが、タイミングは体がなんとなく覚えている。それ以上に


(サツキの動きは、なんとなくわかる)


それはサツキも同じ。二人はお互いのことを信じ合っているからこそ、信じて行動ができる。


「「今、"夜桜連斬"」」


二人の感覚は重なり合い、最高のタイミングで一撃を加えた。


「ぶぉぉぉ」


カタツムリのもののけはついに霧散し、消え去った。

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