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112.負担を減らす

常世の世界に足を踏み入れてすぐに生温い風が頬を掠める。不気味なほどに捩れた木々に沈んできそうなほどに暗い空。何度来ても不安が襲い、二人の顔は自然と強張った。


「サツキ、まずは……」

「うん!」


二人は頷き合い、手を上へと掲げる。


「「"魔装"!!!」」


ナギは花びら舞う薄紫色の光に、サツキは月の光を浴び、ひっそりとその影を纏うように。光が消えると、二人は戦闘用の装束に身を包まれた。


「よーし、準備完了!」

「この格好になると、少し安心するよね」

「うん。力が湧いてくるし、もののけなんかには負けないよ!」


魔法装束を身に纏い、少し安心したサツキは笑顔で拳を前へと突き出す。そんな様子を見ながら呆れ顔で十六夜が後ろから歩いてきた。


「全く、急に緊張感を無くすんじゃないよ」

「いいじゃないですか、あまり緊張しているといざという時に動けませんから」


霞は静かに微笑み、その口調は優しかった。十六夜は、霞がそんな表情をするようになったことが嬉しくなり連られて小さく微笑んだ。前の霞ならもっと暗い顔をしていたが、今はこんなにも楽しそうに笑うようになった……いや、戻ったのだった。


(本当に、いい主人に会えたんだね霞)


だからこそ、霞に無理をさせず早く体調を整えて欲しい。そのために、今日は自分が多く動いて負担を減らす決心をした。


「それじゃあ、二人ともそろそろ行くよ」

「うん、頼りにしてるよ十六夜」

「はいはい」


十六夜はそう言うと、刀の姿へと変わりサツキの手に。サツキはしっかりと握り、背中へ背負った鞘へと戻した。


「ナギ、私たちも」

「うん、お願いね霞。……でも、今日は本当に無理は……」

「わかっています」


霞も刀へと姿を変える。その刀身はいつもよりもどこか少し光が鈍っていて、ナギは不安げな表情で鞘へと霞を戻した。


「ナギ、行こう」

「うん。行こうサツキ」


二人は、それぞれの不安と決心を胸に奥へと歩みを進める。





ーーーーー


しばらく歩くと、もののけの気配が近づいてきた。


「ナギ、来ます!」


霞の一言で、一気に緊張感が巡る。ナギは腰を少し落として、鞘の()をしっかりと握り戦闘態勢に。

目の前から、小さな蛾や猪のもののけの群れがやってきた。その時、ナギの横を風がふっと通り過ぎた。


「ナギ、ここは私たちに任せて!思いっきり行くよ、十六夜」

「はいよ」


サツキはもののけの群れを確認するが早いか、凄まじい速度で距離を詰める。サツキはちらりと後ろのナギの姿を確認すると、顔の前で人差し指と中指を持ってきて、目を閉じた。


「数だけの相手なら……"月下幻影"!」


月の光の影から、サツキの分身が10体現れる。分身が群れへと飛び込み、目にも留まらぬ速さで幾重にも繰り出される連撃で次々に薙ぎ払っていく。


「たぁたぁたぁ………!」


普段なら、サツキの倒しきれなかった大きなもののけはナギが仕留めていくのだが、今日は大きなもののけさえもサツキが片付けていく。サツキの鋭い動きにナギは少しだけ力を抜いた。


「サツキ、他の術も上手く使いな!」

「うん。えっと、飛んでる相手には……"颯の術"!あっちには(ほむら)の術!」 


苦手な術の使い分けも、必死に鍛錬を思い出しながら繰り出していく。時々は間違うこともあるが、十六夜の指示と分身の物量で次々に倒していく。気づけば残りはイノシシのようなもののけ一体だけだった。


「あとは、こいつだけ!くらえ、"雷の術"」


サツキは術を唱えて、もののけの頭上から雷を落とすと、もののけは情けない悲鳴あげて走り出した。


「あぁ、そっちに行っちゃ……」


闇雲に走っていった先は、ナギたちのいる場所。


「来る……!」


ナギは咄嗟にもう一度構えるが、まだ迷いがあった。霞で本当に戦って大丈夫なのか。その判断の鈍りですぐに攻撃体勢に移れない。


「ナギ、私は本当に大丈夫です。私を払ってください、お願いです!」

「……わかった」


霞の真っ直ぐな声にナギは答えるように、自分の魔力を()に込めた。蛇行しながら突撃してくるもののけの動きを冷静に見極めて、左に飛びすれ違い様に素早く斬りつけた。


「ぶひぉぉぉ」


もののけは大きな断末魔をあげて霧散していった。


ナギはふっと息を吐き、霞の様子を確認する。


「大丈夫、霞?」

「もちろんです。……心配しすぎです」


霞はそう言いながら人の姿になり、優しく微笑む。その姿にナギは少しだけ安心した。


「ナギ、大丈夫だった?」


サツキが心配そうに駆け足でナギの方にやってきた。まだ戦いの熱を残し、肩で息をしている。


「うん、霞も大丈夫そう。サツキ達がいっぱい倒してくれたから。サツキの方こそ、疲れてない?」

「全然大丈夫。まだまだ全力で走れるよ!」


ウインクをしながら親指を力強く立てナギの方へと突き出した。頼もしいような、子供っぽいような姿に霞もナギも堪えきれずに笑い出した。


「全く……緊張感がない子だねほんと」

「何、またちょっとバカにしてる?」


人の姿になった十六夜が揶揄うように眉を顰めながらサツキに言った。


「で、霞。本当に大丈夫かい?」


打って変わって真剣な口調で霞の方を見る。


「十六夜まで……。大袈裟ですよ。私は普段通りしっかり戦えますから」


霞は、胸の前でグッと拳を力強く握って見せた。十六夜はゆっくりと瞬きした後に変わらない口調で続けた。


「ま、どっちにしろ私らがやることは変わらない」


チラリとサツキに目配せをする十六夜。サツキは意図を読み取り深く頷いた。十六夜は小さく笑みを浮かべると、腕を組みながら奥を見つめる。


「もう少し大きなもののけの気配を感じる。気を引き締めていくよ」

「了解!」


サツキが元気よく返事をすると、十六夜は再び刀の姿になった。


「ナギ、もう一頑張りです」

「うん、あと少しだけ力を貸してね」

「もちろんです」


そう言い、刀の姿になった霞を鞘へと収める。

奥のもののけさえ倒せば、今日は終わり。明日には霞を鍛冶屋に連れて行ってあげられる。ナギは、少しでも今日の戦いを負担なく早く終わりたいと強く願っていた。


「行こっか、サツキ」

「うん、早く終わらせて帰ろう」


サツキも同じ気持ちで、今日は自分が全力でナギ達の負担を減らそうと決めていた。


二人は、常世の世界の奥へと歩みを進めていくのだった。

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