109.鍛冶屋を探して
道場から戻ったナギは、早速行けそうなところで腕の良さそうな鍛冶屋を探した。
「うーん、なかなか……どこがいいんだろう」
ナギは困っていた。霞のためにもなるべく腕の良い鍛冶屋を探してあげたい。だが、調べてみてもどんな鍛冶屋がいい鍛冶屋なのかが皆目見当もつかない。
そんなナギの顔を見て霞は申し訳なさそうに呟いた。
「すみません、ナギ。ご迷惑をおかけしてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。霞が少しでも元気になってほしいから」
優しい笑顔を霞に見せたあと、再びスマホの画面と睨めっこを始める。
「それに、霞にまたご飯食べて欲しいからさ」
「……えっ?」
ナギからの予想していない言葉に、霞は驚いて目を丸くした。
「霞、ご飯食べるの好きでしょ?いつも嬉しそうに笑顔だったから」
「……」
霞は少し恥ずかしくて頬を赤くして斜め下を見る。
「私も嬉しかったから、あんなに笑顔で食べてくれて」
「……ナギ」
ナギは寂しそうに目を細めた。今にも涙がこぼれ落ちそうなその瞳は、霞の胸をぎゅっと締めつけた。
「……私も本当は食べたいです。ナギのお料理は全部美味しくて温かくなるんです」
「霞……」
「でも、どんなに食べたいと思っても口の前まで運ぶと体が拒絶してしまって……。悔しくて……悲しくて……」
霞もだんだんと感情が昂り、気づけば涙を流していた。優しくて、大好きなナギと過ごす一番楽しい時間が体の不調のせいで奪われてしまったこと、そのせいでナギまで暗くなってしまったこと。その全てを引き起こしている自分に堪らなく苛立っていた。
「……大丈夫だよ、霞!元気になったらね腕によりをかけてたっくさん霞の好きなもの作ってあげるから!」
霞を励ますように、わざと大袈裟なほど明るく見せた。
「……はい、今から楽しみにしています!そのためにも早く体を治さなくては」
「うん、……ねぇ、霞、ここなんかどうかな?」
ナギは一軒の鍛冶屋を写した画面を霞に見せる。
時代劇でみるような絵に描いたような鍛冶屋の景色。
ここから電車でそう遠くない距離だった。
霞は嫌な記憶を抑えながら、強く頷く。
「ここにしてみましょう!」
「うん、じゃあ週末に一緒に行こうね。……でも、もしも行ってみて嫌だったら遠慮しないですぐに言ってよ?」
「わかりました。でも、大丈夫です」
霞は少しだけ強張った笑顔でそう答えた。ナギは柔らかな表情のまま言葉を続ける。
「……あとね、霞。一つだけ約束して欲しいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「今後、もしもどこかおかしかったり、何かあったりしたら隠さないでちゃんと言って欲しい。言ってくれないと、余計に不安だよ。頼りないかもしれないけど、霞の主人なんだからね」
ナギの口調は優しいが、しっかりと霞を戒めるような強い気持ちが入っていた。
「わかりました。これからは異常があれば、ナギに相談します。ご心配をかけてしまって本当に申し訳ありません」
霞は深々と丁寧に頭を下げた。
ナギに心配をかけたくないとしていた行動が、結果としてナギに余計に心配をかけてしまった。その事実を霞は心に後悔として刻んだ。
「私も気づいてあげられなくてごめん」
ナギは霞の頭を優しく撫でた。すると、霞の目にはボロボロと涙が溢れ出してくる。
こんなにも自分のことを大切にしてくれていること。優しくて温かいナギ。
霞はグッと強く拳を握りしめた。
「鍛冶屋で治してもらって、元気になって……またいつものようになりますからね、ナギ」
霞の潤んだ瞳には迷いもなかった。ナギもその決意に安心して微笑んだ。柔らかなその笑顔は霞の固く結ばれた鎖のような重い記憶を何度も解いてくれた、いつもの笑顔だった。




