お母さんじゃなくてママ
「あ…アガぁ゙ぁ゙か゚…?#%」
爆発によって顎が壊れ、まともに話せなくなったアームストロングは、産まれたばかりの小鹿のように膝をがくついていた。
「これだけ弱ってしまえば、もう抵抗されることもないかな。じゃあ…美味しく頂いちゃいましょう。」
影から目が現れる。それは自己を持ったように立ち上がった。先端は揺らぎ、中間部分が裂けたと思ったら口のようになった。
アームストロングに向かって真っ直ぐ進む来夢。途中、沢山の砲弾を受け止めた茶野のインクの壁が、まるでカーテンのようにゆっくりと開いて道を開けた。目の前に着くと、来夢は両手を合わせて目を閉じ、軽く会釈をした。
「全ての命に感謝を……いただきます」
鋭利な歯をぎらつかせて、影はアームストロングに襲いかかる。それで終了のはずだった。
「こら、食べちゃダメ☆」
「え…?」
沢山の黒曜石が宙に浮かびながら、来夢の影を切り裂く。アームストロングにはその一片でさえも触れることがなかった。動作を終了した黒曜石は、スラッとした長身の女性の周りに集まった。女性はいつの間にかアームストロングの首筋を持って佇んでいる。
黒曜石と同じくらい真っ黒で天使の輪をつくるほど艶のあるボブヘア。紫を閉じ込めた切れ長の目。モデルのように着こなすスーツ。ピンヒールが足の長さを更に強調させていた。胸元にはシルバーカラーの指輪のネックレスが動くたびに揺れている。
「お…おか…お母さん…」
今にも泣き出しそうだった。10年前、急に消えてしまった母親が目の前にいる。全く変わらない姿でいるのだ。
「らむちゃん、久しぶりね。ママだよ。」
声に、気配が安心感を与えてくる。脳みそのよく分からないところから言ってくる、その胸に飛びつけと。ママは僕に手を差し伸べてくれる。
「お母さん。あのね、たくさんお話したいことがあるの。ずっとずっとお母さんに会いたかったの。なんでいなくなっちゃったのって。もう…おうちにかえってこないの?って、ぼく…ぼく、お母さんと一緒に…」
一緒に行きたい。 そう言いたかった。
その手を取ろうとすると、口が塞がれて後ろによろける。お姉ちゃんが僕を優しく受け止めてくれた。笑顔を見せながらお姉ちゃんは優しく、でも強く僕のお腹に手を回す。
「やほ、おひさだね。」
「れいちゃんも久しぶりね、れいちゃんもママに会いたかった?」
「…とっても…とっても会いたかったよ。勝手に出てったと思ったら、アタシら天使族を滅ぼそうとしてくる人に会いたくて逢いたくて仕方なかったよ。」
怜夢の顔は愛しい母親に見せるような顔だったが、忌まわしき相手に送るような復讐の眼差しをしていた。来夢を抱き締める腕がより強くなる。
「ごめんね?れいちゃんには彼らが行かないようにしていたんだけど、今回は私の管理不足だったわね…」
「希夢は?パパは?それに来夢だって…アタシらのこと、なんだと思ってんの?」
「そうね…強いて言うなら、私の完全な家族はれいちゃんだけよ。らむちゃんは半分はそうだから…まあそう思うなら家族ね。でも一緒にご飯食べれないからなー」
「お母さん…なんで…」
「あぁ、あとずっと言いたかったのよ。希夢の顔がチラつくから『お母さん』って呼ばないで。」




