20-2 可愛くても騙されません
『え? そんな都合の良い魔法が!?』
『ん~、実際に髪の色や体格が変わる訳じゃないんだけど、ぼんやりと「こんな印象だった」と相手に認識させる感じかな。ざっくりした魔法だから、髪は赤色、肌は褐色とかね。顔のパーツまで指定するのは難しいから、抽象的になっちゃうけど』
『条件付ってなにかな? あと、なにかデメリットとかあるのかな?』
『主に3つ。一つ目は、術者である僕しか解くことができないこと。二つ目は、僕より魔力の大きい者には効果がないこと。三つ目は、元に戻ったときに自分だと証明するのが面倒なこと』
きっとミーシャならすぐにでも飛びつくと思ったのけれど、彼女も学習したらしく、印象魔法がどういうものなのかや条件について聞いてきた。ちゃんと自分で考えることが出来る子ならこちらも嬉しい誤算だ。一つ一つ丁寧に彼女の質問に答える。
『一つ目について、もし僕に不慮の事態が起こったら……例えば、魔力を緊急確保しないといけない場合や死亡した場合は自動的に解除されるから安心してくれていい。二つ目について、僕はこの国でも十本の指に入る程度の魔力はあるから、日常生活に支障はないと思う。たとえ見えても、教会で保護されてる子は髪を銀色に染めているから、なんとか言い訳の仕様もあるかな。僕以上の術者が知りたければあとで教えるから、君の判断に任せるよ。三つ目は当然の反作用だよね』
印象魔法は簡単に言うと僕の魔力で対象を包み込むことで、他からの認識を阻害する魔法だ。当然エルフ一人に印象魔法をかけ続けるにはかなりの魔力を消費し続けるのだけれど、ミーシャに会ってからとんでもないスピードで膨れ続ける最大魔力量に比べれば、印象魔法を使い続けてもお釣りがくるほどだ。魔力まで染め上げるのは苦労するから、なにか媒体があったほうが良さそうだけど。
『どうしてそこまでしてくれるの? 恩返ししたいけど、今の私じゃ返しきれないよ』
そこまで説明すると、彼女は困ったようにぎゅっと手を握って上目遣いで問いかけてきた。身長差からこの角度になるのは仕方がないけれど、あまりにも可愛すぎるから危険だと思う。幼女好きなお兄さんに見られたら誘拐されちゃうよ!? ノー犯罪! 台詞もちょっと危ない。無自覚って怖い。
『お礼と口止めと、あとは……今は秘密。それよりも、魔法どうする? 明日にする?』
お礼は瀕死の僕を助けてくれたことに対してだし、口止めは僕の前世の名前と君自身について。あとはこちらの事情だけど、今日中に話しきれるとは思えないから追々ゆっくり説明だね。
すぐにでも魔法をかけるか問いかけたら、もじもじと『可愛い感じ』にできるのかと聞かれた。今はとんでもない綺麗系だからなぁ。
彼女の可愛いの基準が分からなかったけれど、王宮で可愛いと評判の女装王子(5歳)を基準に印象を作ってみた。うん、ちょうど年の頃合も同じくらいだし、うまくいった! できばえチェックのために並べてみたい気もするけれど、王子は意外と女の子に厳しいから、ここは誰か女性にチェックしてもらったほうが良いな。
うんうんと出来栄えに満足しながらミーシャに手鏡を渡すと、なにやら悲鳴が聞こえる。え、元の顔、知らなかったの!? うわっ、ごめん。それ、しばらく解けないや。一回解除しちゃうと、同一の術者じゃ劣化版しかかけ直せないから。
先に手鏡を渡しておけば良かったかなと思うけれど、ハイエルフの姿に自覚がない方が新しい姿に馴染みやすいので、結果オーライということで。一応かけた本人である僕はどちらの姿も見えるし。
ここは気をそらしておこうと荷物に目を向ける……途中で何かが目の端に映った。気配を絶って近づくと、どうやら毒薬らしい。名前は分からないけれど、危険察知のスキルが反応しているから。
『これ何?』
今日は一日家の中で大人しくしていたはずだよね? なんでこんな物騒なものがあるんだよ。
『虫除け……的な?』
えへへ、と頬に手を当て誤魔化そうとする姿はあざといが大半の大人は騙されるだろう。でも、僕は騙されてあげません。
『何の虫? この家は結界を張っているから、虫一匹入れないようになっているんだけど』
シトラスの香水を虫除けに……なんて思っていた僕の予想をはるか斜め上に裏切ってくれた彼女に、威圧感を纏わせて問いかければ、
『ハニービー?』
と、これまた予想だににしない答えが返ってきた。ちらりとクララに事情を話すよう促せば、「実は昨日ハニービーの群れを見かけまして……」と小声で言いにくそうに説明される。うーん、まあ、遭遇したからといっていきなり退治のための毒薬を作るなんて発想には至らないよね。普通は!
「あのね、魔物じゃなくても危険はあるんだよ。ハニービーだって自己防衛のために攻撃してくることもあるし、ハニービーを狙ってキラービーまでやってくることもある。知識も経験もないのに相手を倒せると思い込むのは傲慢だ。ましてやその体じゃ君、逃げようがないじゃないか。守護精霊はつけているし、僕だって防御魔法を君にかけているけれど万能じゃないんだよ? 君自身が自覚してくれなきゃどうしようもないんだ!」
ぺちんと音を立ててミーシャの両頬を挟み込み、じっと目を見つめて説教する。言葉は通じなくても聡い子だから意味は分かるはずだ。本人も分かった上で気まずそうにしているのだろうし。
その体勢のまま見詰め合っていると、涙目になったミーシャが折れた。
「うう、○×△**&%」
「○×△**&%?」
多分謝罪の言葉だろう。復唱してみれば、両頬を僕の手に挟まれたまま彼女はぺこりと頭を下げた。
「○×△**%&」
そうして再度、繰り返す。
「ごめんなさい」
「ごめんしゃい?」
舌っ足らずだけれど、なんとかごめんなさいを言えるようになった彼女にこくりと頷く。
「ごめんなさい、もうしません」
「ごめんしゃい、もーしない」
ちょっと、何この生き物! 僕が末っ子だからかぐっと来るものがあるよ。妹が出来たらこんな感じなのかなー。
両手を離し、『ごめんなさい。もうしません、という意味だよ』とメモに書き付けるとミーシャは異世界語を覚えられたのが嬉しかったのか、満面の笑みで「ごめんしゃい」と繰り返した。いや、もう、そんな笑顔で言われちゃったら許すしかないというか、怖い顔なんて続けられないんだけどねぇ。
で、どうしてハニービーを退治しようとしたのか尋ねてみると、食材(蜂蜜)と素材(ハンドクリーム用の蜜蝋)を採取したかったらしい。ああ、うん、そうだよね……自活したいって言ってたもんね。でもさ、いったいその知識はどこから引き出されているのかな。そして行動力ありすぎでしょ! いったい元の世界では何をしていたんだろうかと謎が深まるばかりだよ。
あとさ、賢いはずなのに肝心の部分が抜け落ちていることに僕は突っ込んだほうがいいよね。
『よく考えてごらん。毒を使って入手した蜂の巣の蜜じゃ、食べるのは不可能だよ』
はい、間違いなくおなかが痛くなります。
指摘されたときの彼女の表情は見ものだった。必死に笑いをこらえた僕を誰か褒めて欲しい。
その後くれぐれも無茶はしないように言い含め、反省文を異世界語でしつこく復唱させた上でミーシャに魔法のナイフを渡した。攻撃力の低い果物ナイフはともかく、殺傷力の高い武器を渡すことには少し抵抗があったのだけれど、今後身を守る必要がある場面に遭遇することもあるだろうし、今の彼女になら渡しても大丈夫かなという程度には信頼している。
『武器があるからといって無茶しちゃダメだよ』
「あーい」
……大丈夫だよね?
ちょっと心配になったので、クララに見張っているよう重々お願いしておく。多分、今日のところは荷物の開封作業で手一杯になるだろうから何もないと思うけど。
さて、明日は学院も仕事も休みだからどうしようかな。とりあえずアルオの話と連絡帳を読んで考えるか。




