20-1 一月分の給料を貢ぎました
「一応必要なものリストは書き出したけれど、ほかにも入用なものがあれば遠慮なくそろえてほしい。あと、足りなければ請求は実家じゃなくて僕につけておいて。それから、彼女との守護精霊を買い物に連れて行ってほしい。一応今朝、購買部で買い物は経験させたから、そこは大丈夫」
晩にルナガルデ家へ使いを出したら、翌朝メイド長と荷物係の執事と庭師の3名がやってきた。実家の様子はどうかと尋ねれば、突然の申し出に一種の騒動になっているとのことだ。なにせ自分で選んだ婚約者に、給料をつぎ込んで貢ごうとしているのである。悪い女じゃないのか、一度顔を見せにつれてきなさい等々の意見が出ているらしいが、例の銀色の魔力についての報告を受けている父上がやんわりと諌めてくれているらしい。
金貨の詰まった皮袋をメイド長へ渡せば、彼女はかしこまりましたと恭しくお辞儀をした。
「20万セント……坊ちゃんのバイト代ひと月分ですねぇ」
素早く中の金額を確認した庭師が困ったように笑う。
「宝石やドレスを買うわけじゃないのだから、このくらいかなって」
「8歳でその金銭感覚、まるで冒険者でございますね」
幼いころから仕えてくれている執事も苦笑しかでないらしい。
この世界の通貨の単位は『セント』だ。大体1円=1セントである。100セントで手のひらいっぱいの飴玉が買えるのだ。とはいえ、必ずしも元の世界と同じくらいとはいえないのだけれど、それは仕方ないかなと思う。
ちなみに紙幣はなく、貨幣のみになる。普通に暮らしていて使うのは、以下の5種類だ。
石貨 1セント
鉄貨 十セント
銅貨 百セント
銀貨 千セント
金貨 1万セント
というわけで、冒頭に僕が渡した袋には金貨が20枚入っている。これで彼女の服や靴、日用必需雑貨、食料を買ってきてもらうわけだ。ちなみにクララは現在ミーシャと同じくらいの背丈になってもらっている。試着兼最終決定係だね。
「なかなか僕は外に買い物にいけないからそう思われるのだろうけど。でも、だからこそ今日は来てくれてありがとう。助かるよ」
「また夕方にお会いいたしましょう」
「なんでしたら荷物もこちらで運ぶんですけどねぇ」
「彼女は少し訳ありでね。父上に伝えたとおり今回は保護の意味が大きいから、落ち着くまで待って欲しいな」
興味津々と言った庭師に釘を刺すと、先ほどまで無口だったメイド長が深いため息をついた。
「……クラウディス坊ちゃま、近いうちに必ず仮婚約者様を本家へつれてきてくださいまし。でないと奥様がこちらに押しかけかねない状態でございます」
母上の暴走っぷりが伺え、なんとも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。母上は王族だけあって基本フリーダムなのだ。
「ごめんね。もう少しこちらが落ち着いたら連れて行くよ」
さすがはメイド長達というべきか、彼らはきっちり20万セントで必需品をそろえてくれた。我が家御用達の店の名前がずらりと並ぶ紙袋の山を見る限り、各店ともはりきってサービスしてくれたように思える。
ふんだんにリボンを使ったプレゼントボックスに収められているのは服の類だろう。「今後ともご贔屓に」ということなのか、飴玉サイズの小さな香水ビンがチャームとしてぶら下がっているのだけれど、着用する本人はモリで魚を捕っちゃうようなサバイバル精神あふれる魂の持ち主なんだけどねぇ。少なくとも深窓の令嬢ではないだけにどうなんだろう。
小さな香水ビンに顔を近づけるとふわりとシトラスの良い香りがした。あ、これなら虫除けに使えそうだ。
「クララ、今から向こうとつなげるけれど準備は良い?」
「はい、ご主人様」
今は荷物を持つために大人の女性サイズになったクララは、無表情のまま厳かに頷いた。再度置き忘れの荷物がないことを確認してから転移の魔力を練り上げ、慎重にあちら側とこちら側の空間をつなげる。……途中、次元の狭間に荷物を落としたりしないよう、空間は近ければ近いほど良い。
そうしてカチリとピースがはまるかのようにつながった瞬間、僕と守護精霊はクローゼットへと足を踏み入れたのだった。
「ただいま~」
「*+&#!&~」
クララがミーシャの世界の言葉で声をかけると、彼女はウォーターメロロンを抱えながら目を丸くする。うん、ちょっと大荷物だもんね。わたわたと手を振りながらクララに話しかけ、震える手で紙袋を持ち上げる彼女は……なんというか、小動物のようで可愛らしい。
荷物をあけて喜ぶ姿を見たいのは山々だけれど、どうやら食事中だったらしいので先にデザートを食べることを提案した。ちなみに彼女は美味しいものを食べているときに一番良い笑顔をする。やっぱり子供は美味しいものが一番好きだよねぇ。
クララから果物ナイフを受け取ったミーシャは小さな手でウォーターメロロンを切り分けてくれた。僕が切るよと申し出たのだけれど、今後も使うからと押し切られる。
もし失敗して手を切ってしまっても、僕がいる間なら回復魔法をかけることができるからと言われてしまっては、見守るしかなかった。……期待に添えられるよう、回復魔法の練習しなくちゃね。うーん、兄上に時間をもらおうかなぁ。兄上は凄腕の治癒術師だから。
彼女に果物のカットを任せた訳はもう一つある。魔力回復効果の確認だ。
昨日ミーシャが調理した焼き魚は、小さいながらも魔力回復と高位神官による祝福クラスの浄化効果があった。もともとの魚にそんな回復効果があるのか試してみたが、ただの食材だった。では、カットしただけの果物にはその効果があるのだろうか?
果肉を口に入れると少しひんやりとした温度が舌に触れ、続いてさっぱりとしつつもわずかに甘い果汁が口の中いっぱいに広がる。
「%%+! **&!」
「うわっ、美味しい!」
ミーシャと同時に感嘆の声を上げてしまったのも無理はない。王家御用達の果樹園で取れた果物でもここまで上品な甘さはない。品種改良していない野生の果物でこんなに甘いってどういうことなんだろう。
しかし、期待していた魔力回復や浄化の効果はなかった。カットしただけでは駄目らしい。
これは一度調理している場面に立ち会ったほうが良いなぁと思うのだけれど、製薬知識も調理の知識もない僕が見ても魔力の流れくらいしか分からない。ちゃんと調べるならそれぞれに詳しいエルフを同席させるべきだ。
ちらりと横目でミーシャを見ると、美味しそうにデザートを頬張っている。只者ではない容姿にハイエルフの魔力、その上特殊な能力まで追加されてしまっては到底僕では保護しきれない。……あまりにも目立ちすぎて。
シャクシャクと果実を頬張る。
魔力回復と浄化の薬なら、それぞれ不可能な技術ではないよね。マジックアイテムといっても魔力回復効果のある素材を煮詰めて濃縮し、術者の回復魔法と飲みやすくするための果実を加えて完成だと兄上から聞いたことがある。多分浄化効果のある聖水も似たようなものだろう。素材の魔力と術者の魔力の混合比が大幅に術者に偏っていると考えれば「アリ」だ。
となれば、容姿と魔力さえ分からないようにしてしまえば、珍しいスキルを持つ女の子を保護したという態で人前に出せないこともないだろう。いずれ召喚の要請に応じざるを得ない事態になるのは明白だし、味方は欲しい。種族や前世の記憶は隠さないといけないけどね。
よし、決めた!
ハンカチで綺麗に手を拭いてから、僕はメモを取り出し彼女へ一つ提案する。
『精霊のように変身とまではいかないけれど、印象魔法というのがあって、他の人から見える姿をごまかすことができるんだ。いくつか条件付きだけど、買い物に出かけるくらいならできるようになるよ?』
町の様子やさまざまな商品にも興味があると言ってたから、きっと食いつくに違いないと、にっこり微笑んでみせた。




