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理想の布団様とアメーバ人  作者: アルタ
第3章 クラウディス・ルナガルデと未知の生物(クラウス視点)
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7-3 敵か味方か

 ベットに彼女を横たえて一息つく。

 すやすやと眠る彼女。その顔にかかる髪を手の甲でかきあげると、息を呑むような美貌が現れた。こんな幼い子に美貌という言葉を使うのは変だと分かってる。でも、美少女ということばで片付けてしまうには少々……いや、あまりにも雰囲気が神々しかったからだ。

 月の光のような銀糸の髪、透けるような白い肌、桜のつぼみのように閉じられた唇、爪は桜貝のよう。瞳の色は何色なのだろうか、早く起きないだろうかと焦がれてしまう。


 そもそもエルフは顔立ちが整っている。そのうえ、僕の周りには中でも飛びぬけて綺麗な者が多いので、ある程度耐性が出来ているものだと思っていたのだけれど。

「君、精霊のお姫様なの?」

 ふに……と柔らかいほっぺたを突いてみると、闇の精霊が『ダメ~』と言わんばかりにプルプル首(?)を振った。いじめてるわけじゃないんだけどなぁ。

 神々しいのだけれど、なんだか怖いという気がしない。まあ、前世で神(と書いてラスボスと読む)を倒してしまっただけに、無駄に度胸がついてしまったのかな。




 彼女が起き上がってから、僕は驚きの連続だった。

 まず、彼女の言葉に驚いた。彼女の言葉はこの世界にある言語ではなかったのだ。無論、それだけなら驚きはしない。この不可思議な存在に常識や言葉が通じると信じきっていたわけではないのだから。

 僕の予想外だったのは、その言葉がどこか『懐かしい響き』を伴っていたからだ。……僕はたぶん、彼女の言葉を知っている。知っているのに分からない。聞き取れない。それがひどくもどかしくて、悲しいと感じた自分に驚いたのだった。


 続いて、彼女の瞳に驚いた。深い森を思わせるような翡翠色。稀代の人形師が作成したハイエルフのビスクドールの展示を見たことがあるけれど、それとは比較にならないくらいキラキラと輝いて、まるで吸い込まれるような気がする。

 ぽかんとお互い見つめあって……しばらくしてから、僕は慌てて水を差し出した。病み上がりの女の子に声もかけず、ただただ不躾に眺めてただなんて恥ずかしい!


 そして、彼女がシーツに指で書いた文字に驚いた。

 ――古代精霊文字

 その昔、『ヒューマン』と呼ばれる種族が使用していた文字だ。エルフでもドワーフでも獣人でも魔人でもない彼らは、世界を滅ぼうとしていた魔神を倒し、生まれ変わった世界を治めた。魔神を倒すまで何度も蘇り、古代精霊魔法を駆使し、信じがたい再生能力を持ち……って、うん、そうです。ゲームプレーヤーだね。ヒューマンって。


 このオンラインゲーム、種族はヒューマン一択だったんだよ。ヒューマン=プレーヤーね。

 死んだら復活の神殿セーブポイントに戻されるから半不死身だし、座ってたら体力と魔力が回復する。そのあたりがいつの間にか誇張され、英雄譚になって残っているんだね。一晩寝たら腕が再生していた、なんて記述も残っているのだから、いい加減なものだ。人をトカゲにしないでほしい。

 あと、ご想像のとおり魔神はラスボスです。


 僕はプレーヤーだったころの記憶が断片的にあるおかげで、古代精霊文字が読める。しかし、音が失われたその文字を発音することができず、古代精霊魔法は使えない。

 前世では廃スペックの攻撃呪文特化型(魔術チート)だったから、何も知らずに古代精霊魔法をぶっ放していたらいろいろ問題だったわけではあるのだけれど。

 まあ、現代魔法の習得がありえないくらい早かったり、魔力の調節というか制御がありえないくらいに上手いのは前世の恩恵のように思える。ルナガルデ家という要素を差し引いても余りある異常な才能に、当初ドン引きされていたと聞いたときには……と、それはどうでもいいか。


 ヒューマンたちが残した古代精霊語。もしもそうならば、彼女の言葉は失われた音ということになる。

 そしてその仮定が導き出すひとつの可能性。……彼女はもしかしてプレーヤーなのだろうか?

 古代精霊語を学ぶ者としての知的探究心がこみあげてくるのを何とか我慢して、彼女をじっと見つめた。外見はとてもヒューマンには見えないけれど、プレーヤー(元・プレーヤーを含む)ならば早まってはいけない。幼かろうが、あどけない仕草をしようが、僕の油断を誘っている可能性は否定できないのだから。


『僕の名前はクラウディス・ルナガルデ。君は誰? どうしてここにいるの?』

 注意深く尋ねる。

『アルテミシアです。昨日、気がついたらこの森にいました』

 彼女は少し困ったように答えた。

 うーん、どこかから抜け出してきたのだろうか。あの光は転移の光? 情報がまだ足りない。


 美しい少女は物珍しそうに手帳と万年筆を見つめている。深い赤色をした革の手帳と、オニキスとオパールが埋め込まれた美しい万年筆は、兄上から誕生日のプレゼントにもらったもので、なかなかお目にかかれる代物ではない。ということは、さほど裕福な家にいたわけではないか……または清貧を良しとする教会にいた可能性が浮かび上がってくる。


『この森には凶暴な魔物が出現するから危ないよ』

 心配そうな表情を作ってみせると、はっとしたように彼女はこちらをじっと観察してきた。

『怪我、大丈夫なの!?』

 あのとき臆病なウサギのようにプルプルと震えて隠れていたというのに、それを言ってしまったら自分があの場にいたと暴露しちゃうことになるよ!

 腹の探りあいをするつもりだった僕は、素直に心配してくるアルテミシアに思わず毒気を抜かれてしまいそうになる。だから、本題にはあえて触れずに再度彼女の素性に質問を戻した。


『ここに来る前はどこにいたの?』

 しかし、銀色の少女は答えにくそうにするだけ。

『ここはボクの隠れ家で、魔力の結界が張ってあるから盗聴の心配はない。誰かに連れ去られてこの森に来たのであれば、送ってあげることが出来る。教会から逃げ出してきたのであれば、もっと安全なところに逃がしてあげることも出来るのだけれど』

 暗に、誰かに脅されているのならば、なんとか守ることもできると仄めかしてみるのだけれど、彼女は首を傾げただけだった。

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