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理想の布団様とアメーバ人  作者: アルタ
第2章 お手製サバイバルグッズ
21/34

21 お説教食らいました

 一瞬戻して欲しい……と言いかけた私は、慌てて言葉を飲み込んだ。クラウス君が何かを掴んでいる。あ、あれは……


『これ何?』

 差し出された短文に冷や汗が流れる。彼の手にあるのは、本日ゴリゴリとすりつぶしたエセ蚊取り線香だ。

『虫除け……的な?』

 目が笑ってない笑顔が怖いです。嘘をつくと恐ろしいことが起こる魔法がかかっているらしいので、なんとか嘘じゃない範囲で取り繕おうとするのだけれど、なんだか全然信用されている手ごたえがない。


『何の虫? この家は結界を張っているから、虫一匹入れないようになっているんだけど』

 え、私入っちゃいましたけど? と笑って聞く気にはなれないくらいの迫力が、目の前の黒髪の少年から放たれている。

『ハニービー?』

 えへへ。日本人の必殺技、愛想笑い!

 しかし、クラウス君には効かない。


 ぺちんと軽い音を立てて両頬が挟まれる。もはや笑顔から真顔になったクラウス氏(ちょっと心の距離が遠くなりました)が、なにやら低い声でまくし立てている。ハニービー、キラービーという言葉が聞こえるよ。言葉は分からないけれど、思いっきり危ないことをしでかそうとした私に対する説教だということは痛いほど感じた。

「うう、ごめんなしゃい」

 私に何かあったとしても、この世界に私の存在を知るものが他にいない以上、クラウス氏が困ることはない。ということは、彼の説教は純粋に心配してくれてのことだ。こんなに小さいのに他人の心配ができるなんていい子だねー、というか、心配かけてごめんよ。本人は自己責任のつもりだったんだよ。


「ごめんなさい?」

「ごんなひゃい」

 復唱する彼の後につづき、再度続ける。

「ル・ザシャ」

「る・ざしゃ?」

 こくりと彼は頷く。

「ル・ザシャ。シンセモマウ」

「る・ざしゃ。しんせままうー」

 なんだか若干違っている気もしたけれど、クラウス氏は満足したのか、両頬を挟んでいた手を離してくれた。


『ごめんなさい。もうしません、という意味だよ』

 メモ書きを見て余計に申し訳なくなる。

「るざしゃー」

 うん、異世界語覚えたよ! 初めて覚えた単語が謝罪の言葉ってのが情けないけどね。

 ちょっと興奮していた私はいつの間にか笑顔になっていたらしい。つられるようにクラウス氏も困ったように笑った。


『それで、どうしてハニービー退治をしようとしたの?』

『うぐぐ。ハチミツと蜜蝋が欲しかったの。果物をはちみつ漬けにしたら美味しいんだよー。クラウス氏にも感謝の気持ちを込めてご馳走したかったし。あと、蜜蝋はお手製ハンドクリームね。水仕事多いから』

 そう、多少の危険はあったとしても、それだけの価値があるかなぁと思っての行動だったのです。

 ぐっとメモを力強く握って訴えかけると、彼は何か考えたようだった。


 結局その後、無茶しませんと約束させられ、反省文を異世界語で暗唱できるくらい復唱する羽目になった。ごめんなさい・もうしません・無茶しませんは完全マスターだ。あと、はい・いいえ・ありがとうも言えるようになりましたよ。たまに訛っていることがあるらしいけど、通じているなら良いよね!?


 最後に彼は護身用として小さな銀のナイフを渡してくれた。刃渡り10センチぐらいのナイフだけれど、持ち主の魔力を糧に魔法剣のような効果を発揮するらしい。私の魔力は純度が高いらしいので、多分切れ味も良いと思うよと付け加えられた。自分の手を切ってしまいそうで怖いなぁ。……そう呟いたら、本人が切ってはいけないものとして認識していれば、切れなくなるのだとか。なんて便利なんだ。


『武器があるからといって無茶しちゃダメだよ』

「はーい」

 覚えたての異世界語で答えたら、何故かちょっと心配そうな顔をされた。大丈夫ですってば。なにやらクララに頼みごとをしているようですが、本当に大丈夫ですよ?

 クララがしっかり頷いたのを確認してから、クラウス氏はアルオと交換日記を連れて、転移陣があるクローゼットから寮へと戻っていった。


 そういえば、私の元の姿ってどんなんだったんだろう。なんとなく言いそびれちゃったなぁ。


「アルテミシア、荷物の整理」

 手鏡に向かってウンウン唸る私に、大人サイズのクララが紙袋を差し出す。そうだ、荷物を開けるというお楽しみが私にはあったのだよ。

 手鏡の入っていた紙袋には、ヘアブラシや手触りの良いハンカチタオル、髪ゴム、シュシュ、歯ブラシなどの洗面用具が入っていた。異世界産ながらもどこかで見た形なのは、どうやら他国にいるハイエルフ(勿論女性)がこの世界の衛生状態に憤慨して、あれこれ新製品を開発して世に送り出した結果なのだそうだ。

 名前も知らないハイエルフさん、ありがとう……! 特にこのタオル、素材は知らない植物の名前だけど手触りはバッチリ綿です。


 きっと、苦労したんだろうなぁなんて思いつつ、次の紙袋に手を伸ばした。フカフカした紙袋の中には、子供用と思われるズボンやシャツ、靴下や下着が入っている。

「動きやすい服だ。嬉しいなぁ」

「本当はワンピースとか指定されたんすけどねー」

「いい仕事したよ、クララ」

「どもっすー」


 カーキー色にポケットがたくさんついたハーフパンツは、洗濯にもバッチリ耐えられる綿っぽい素材だ。私の鑑定スキルによると布の服には汚れ耐性が付加されているらしい。ありがたい。ファンタジー万歳。その上に着る生成り色のシャツは、肩のあたりの紐で首周りの大きさを調整できるものだった。これらとシマシマの靴下、焦げ茶色をした革のショートブーツを装備すれば立派なミニロビンフッド! もとい、村人(少年)です。


 現代でも着てるのが幼女なら男装にもコスプレにも見えないだろう。

「おおっ。可愛い!」

 ちょこんとポーズをとってみたら、意外と似合っていた。亜麻色の髪を無理矢理ツインテールにしてくるくる回ってみる。相変わらず顔は若干ぼやけて見えるけど、誰かに見せるわけでもないしいいよね。クラウス氏は元の顔しか見えないみたいだし。


「一応女の子っぽい服も用意したっすよー」

「見たい! けど、汚しそうだから先にちょっと体洗ってくるー」

「温石どぞ」

「ナニソレ!」

「汲んだ水に入れると、ちょうど良い湯加減になる魔法がかかった石っす」

「素晴らしい」

 アメーバになると宣言していましたが、衛生的な生活は恋しいし、可愛い服や小物はやっぱり好きなのだと再確認しました。

「……石鹸も欲しいな」


 その後、女子二人でキャッキャしながら荷物の開封作業を朝まで続け、その間中、背後ではセーブブックがスキルのレベルアップを知らせるためにピカピカ光り続けていた。未知との遭遇ってすごいね。最後の方は、手で触れただけで通常のアイテムなら鑑定できるようになってましたよ。さすがにマジックアイテムは無理だったけど、すごく進歩したと思う。


 翌日、十分満足した私は明け方から昼過ぎまでベットで眠りこけていた。

「ミーシャ、起きて」

「ふぁ?」

 真新しいシーツと掛け布団で夢の国へいたのだが、クラウス氏の声となにやら見かけない少年がいるのに気づいて飛び起きる。

 えーと、どちら様ですかね?

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