18 E:食虫植物のツルで作った網
さて、今日は家で一日過ごすことになった。朝は、外に干したアユーナの開きがちゃんと日に当たるよう位置を移動させたり、魚アラを地中深くに埋めなおす作業を行った。犬でも五十センチ以内の深さなら掘り起こすっていうからね。案の定、生臭かったけれど、作業自体はすぐに済んだので、臭い移りはない。
そういえば、昨日の屋内の臭いはどうしたのだろうと思ってアルオに尋ねたら、「クラウス様が風魔法で換気してましたよ」とさらりと告げられた。さすがは賢者の加護を持つだけある。
レベルが上がれば空気清浄機能も付けられるに違いない、と言ったら「風魔法ってもともとそんな用途じゃ……まあいいか」と歯切れの悪い答が返ってきた。むしろ私はそれ以外の風魔法の用途が思い浮かばない。あ、そうか、洗濯物を乾かすときにも便利かもしれない。温風機能もつけられないかなぁ。……一応交換日記に書いておこう。
「魔法ってどうしたら使えるのかなぁ」
細い緑色の紐を編みながら呟く。実はこの幅約1センチの紐は食虫植物の触手でできていたりする。昨日クララが捕まって食べられそうになったとき、とっさに触手を掴んで引っ張ったら案外サクッと引っこ抜けたのだ。どうもあれは下級の魔物の一種だったらしい。クララはビックリしていたけれど、私でも意外と戦えるもんなんだね~。
そのまま掴んだ触手やらも持ち帰ってきたので、現在丈夫な網や紐を編んでおります。日本の伝統工芸、組み紐ですよ。カラーが色々そろっていれば、模様を出すようにも編めるんだけどな。ちょっと残念。
「ますたーは魔法が使えるようになりたいの?」
「もちろん! だって、魔法はファンタジーの醍醐味でしょ」
スイカを吊れるくらいの網を広げながら私は答えた。上の口部分は、紐を引っ張れば絞り込める。細かめの編み目にしてあるので、使い勝手は良いはずだ。これも魔力で編み出せたら元手いらずで楽なんだけどなぁ。
クラウス君は魔法が使える……ということは、彼からアルオとクララに魔法を伝授してもらって、それを私が受け継いだらどうだろう。うん、この案、なかなか良くないか!?
そう思って提案したところ、アルオはなんとも渋い表情になった。
「あのね、魔法って属性を司る精霊に命令をして、使役することによって発動するんだよ? 同じ精霊の僕達は、たとえ相手が格下の精霊であっても命令することなんて出来ない。それに、元々あまり魔法は好きじゃないし」
「好きじゃないの?」
「うん。魔法を使ったエルフの魔力は濁るんだ。その濁りが魔物を生んで、生まれた魔物は精霊を食べる」
「すると使役できる精霊が減るから、エルフは魔法を使って魔物を狩る……という悪循環になるわけか」
ようするに、石油で電気を作ると空気が汚れ、その空気を浄化するのに電気を使うから石油を燃やすという、環境によろしくないような状態というのが近いのだろうか。
「ますたーが魔物に狙われなかったのは、餌としての魅力がないからなんだねぇ」
「こら。魅力がないとか言うな!」
魔物が寄ってこない清らかな魔力とか、聖なるオーラとかなんとでも言い様があるだろう!
ぐいっと強めに編みこんだ紐を引っ張りながら結ぶと、彼は失言に気づいたらしく、えへらと笑って誤魔化した。ああっ、そんなところが私そっくりで恨めしい。
「魔法と濁りの話は僕よりもクラウス様のほうが物知りだから、聞いてみるといいんじゃないかな」
「そうだね」
その話が本当ならば、初めて会ったときにクラウス君が傷だらけだった理由も納得できる。強力な魔法を使えるのならば、当然狙われるはずだ。うーん、この森は強い魔術師ほど鬼門に違いない。
私、『村人A』で良かった! 魔物さん、共存しましょうね。魔法は使ってみたいけれど、命の危険には代えられないのだから仕方ない。目指すはエコロジーな生活だ。
三つ編みにした紐をぐいっと引っ張ってみる。若干の伸び縮みが可能な代物だ。若干とはいえこうすることによって強度が高くなる。正直石の包丁では切るのに苦労するほどなのだよ……。
「ナイフが欲しい」
「ますたー、怖いよ!」
じっと手を見つめてぼそりと呟けば、すかさずツッコミが入った。さすがに子ども(=クラウス君)にナイフをおねだりするようなことはしないけどさ、石器時代の生活はかなり手に優しくない。若いからか、今朝起きたときは昨日の細かい傷なんかも治ってたけれど、既にもう今日の傷で手がボロボロだ。
「この白魚のような美しい手を守るために、神様、ナイフをお与えください」
私は、クララが調理器具セットを忘れず購入してくれることを祈った。
食虫植物で作った網と紐が完成したら、次は中央がへこんだ盆型の石とすりつぶしやすそうな丸い石を取り出す。すりつぶすのは白い菊に似た花だ。
実は、先日起こした食中毒の原因を調べていたら、この花にたどり着いたんですよ。エディブルフラワーという食べられる花もあるのだからと齧ったのが悪かったらしい。変な味があれば吐いたんだけど、異味異臭がある毒なんて、そっちの方が少ないわなー。
昨晩、クララにお願いして、焚き火の周りで温風乾燥してもらった花を丁寧にすりつぶしていく。作業しやすいように窓を閉め切っての作業だ。吸い込まないよう気をつけなければならない。日本ほど湿気が多くないせいか、力を入れなくてもぱらぱらと粉になっていくのはありがたいのだけれど。
「ますたー、ナイフの次は毒?」
「暗殺家業の人のように言わないでよ。これも勿論、エコロジーな生活のためですよ」
むしろ日本では夏の風物詩となっている身近なアレですよ。アレ。ちなみに、黒い同棲者Gとの戦闘でも大活躍のアレだ。




