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理想の布団様とアメーバ人  作者: アルタ
第2章 お手製サバイバルグッズ
16/34

16 カラシュ麦のクッキー

 たらふく焼きアユーナを食べました。明日は約束された筋肉痛に苦しめられそうだけれど、その甲斐はあったかなと思う。12本も焼いたアユーナはあっという間に姿を消し、『焼き魚の一部は明日の朝食に』なんて計画は、砂と化した。美味しいうちに食べるのが一番だよね。


「けふー」

 ちなみに、一番たくさん食べたのはアルオだった。その小さな体にどこまで詰め込むんだよ、と心の中で突っ込んだのは言うまでもない。口に出さなかったのは「アルテミスの食い意地が遺伝したんだねぇ~」とクララに突っ込まれそうだったからだ。

 3名だけならそれでも笑って言い返せるのだけれど、ここにいるもう1名の存在のおかげでなんとなくそんなやり取りがはばかられたのだ。


「クラウディス様」

「クラウス」

 魚を優雅に2本平らげるというスタイリッシュな技を披露した彼は、勢いの弱まった焚き火に枯れ木を追加しながら即座に返してきた。


「クラウス?」

 復唱すると、それで良いとばかりに頷かれる。こんなときに言葉が話せたら、すぐに意味を尋ねられるのにともどかしく思う。文字を書こうにも、力の入らない手ではミミズがのた打ち回ったような何かにしかなるまい。かといって精霊さんたちは現在、後片付け中なので通訳に借り出せない。

 仕方がないので言葉の意味を考えてみる。


 クラウディスとクラウスって響きが似ている気がするんだよね。そういえば、陰陽師をモデルにした作品で、名前には力が宿るとか、名前を縛ると逆らえないとかいう設定があった気がする。きっと、こちらの世界ではあまり本名で呼び合わないのだろう。……長いし。そうだそうだ、長いって思ってたんだ。私の名前もね。

「じゃあ、私は……アル?」

 アルというと男性のイメージ(例えば、アルフレッドとかアルフォンス)があるだけに、どうもすんなりと受け入れにくいのだが。初めてレベルアップしたときにも思ったけれど、なぜ私はシルヴィアでなかったんだろう。ヨモギィ。


 アルと呼んで自分を指差しつつも、どこか釈然としない私を見て、クラウディス様……もといクラウス君(ニックネームになったら少し心の距離が近づいた気がする)は、指を顎に当てて「んー」と考える仕草をした。アルテミシアという名前を略そうにも、アル以外、私には思いつかないぞ。

 じっと見つめてみるが、考えるような仕草のまま動かない。


 焚き火が揺らめく。つられるように私たちの影も揺らめく。追加した枯れ木が灰に変わり、火が小さくなるのに伴い、辺りもワントーン暗くなった。

 そういえば、色々聞きたいことがあったような気がする。なんだったか……、朝は覚えていたんだけどなぁ。魚獲りに行ったら、なんだかどうでも良いような気がしてきたというか。結構重要なことだったような気もするけれど、眠すぎて思い出せない。


 そんな私は、慣れない漁と魚の処理のせいでくたくたなのだ。腕に力は入らないし、満腹だし。明かりが揺れるし、本当にこの焚き火催眠作用があるんじゃなかろうか。眠い。

 うつらうつらと舟をこぎ始める私に気づいたのか、クラウス君はふわりと微笑んだ。だめだ、目の前で寝落ちするわけにはいかない、いかな……い……んだけど、本当に頭突きを喰らわせかねないくらい、私の意識は現在進行形で飛びそうになってイング。


「ミーシャ」


 ぼんやりとする私に、彼はそう囁いた。ミーシャ。ああ、アルテミシアでミーシャか。それなら可愛らしい。フェイ○ブックなら、すぐさま『いいね!』ボタンを押すよ。

「ミーシャ」

 再度呼ばれ、頷く。うん、採用。採用だよ。うん、うん、うん……。

 頷く振りをして眠気を誤魔化そうとしたけれど、頭が重くて、ちゃんと上がっているのかわからない。そうして、うんうん頷いたまま、私は眠っていた。






 おはようございます。ミーシャです。もうこっちの名前の方が可愛いので、自分で名乗ります。

 というか、あのまますっかり眠り込んでしまったのですが、どこまでが夢でどこからが現実だったのか、自信がない。先ほどまで寝ていたベットが綺麗なことから、掃除したのは現実だったらしい。けれど、家の中が生臭くないってことは、魚は夢だったのだろうか。それとも鼻が慣れてしまったのだろうか。

 分からないが、懸念していた筋肉痛は起きなかった。多少のだるさは残っているものの、今日も元気に動けそうである。


「一夜干しが消えていたら泣けるなぁ」

 頑張って三枚おろしにしたのだ。夢でありませんように……と祈りながら、日当たりの良い窓の方へ目をこすりながら歩く。

「ますたー、おはようございます!」

「おはよ」

 あ、精霊さんも夢じゃなかったんですね。


 ぼんやりと窓の外を見ると、ぶらりと吊り下げられた魚のシルエットが映っていた。良かった、ちゃんとある。

 ふわああ、と大きなあくびをしてテーブルをみたら、紙袋が置いてあった。茶色くてごわごわした手触りのクラフト紙に、白いシールが貼ってある。少し無骨な包装だけれど、シールには『カラシュ麦のクッキー』と書かれていた。お店で量り売りされたものなのか、製造元の表示も何もない。代わりに学校のマークのようなものが刷られている。

 持ち上げてみれば、カサリと軽い音を立てる紙袋。クッキーって、まさか、あのお菓子のクッキー?

 恐る恐る開けてみれば、ふわりと甘い香りが立ち上る。直径8センチ程度のそれは、どこからどうみても見慣れたクッキーだ。もう一度深くクッキーの匂いを吸い込む。うう、これは夢か!? 突如現れた加工品に動揺を隠せない。


「アルオ、これ……っ!」

 テーブルを拭きはじめた小さな精霊さんに紙袋を見せると、「クラウス様からの差し入れだよ。美味しいよ」と、にこやかな返事が返ってきました。食べたんですね! 私に声をかけずに、先に食べたんですね。

 ぎゅっと紙袋を抱きしめると、アルオは「だって、ぐっすり寝てたんだもん。クラウス様だって、ゆっくり寝かせてあげなさいって言ってたもん」と唇を尖らせた。まあ、それじゃあ仕方がないか。私も昨日は疲れ果てて、隣をダチョウが駆け抜けても気づかない程度には爆睡していたし。


 袋に手を突っ込んでクッキーを一枚取り出す。プレーンクッキーのように見える。粒は大きめでごつごつした感じだ。朝ご飯代わりに頬張ると、素朴な甘みが口の中いっぱいに広がった。少しぼそぼそとした食感だけれど、それがこの控えめな甘さにピッタリで美味しい。ミルクティーと一緒に食べたら最高だろうな。

「美味しい?」

 思いがけず降ってわいた甘味に頬を緩めれば、アルオがニコニコとこちらをのぞきこんでくる。既に口いっぱいクッキーを頬張っていたので、私はその問いかけに大きく頷いた。


 カラシュ麦のクッキー=学院産カラシュ麦とアルモンドナッツの粉をふんだんに使ったクッキー。シリアル代わりとしても学生から人気が高い。

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