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理想の布団様とアメーバ人  作者: アルタ
第2章 お手製サバイバルグッズ
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14 三枚おろしの宴

 火の準備が完了したので、本日のメインディッシュの支度に取り掛からねば。


「あー手がだるい。力入らない。急募、妖刀。さくっと豆腐を切るように魚も切れるのだと良し」

 すでに本日の営業を終了させかけている私に、アルオとクララがあと少し頑張るよう励ましの言葉をくれる。くれるのだが……

「焼き魚、あっしも食べてみたかったんすよね~」

「魚を干すのってはじめて聞いたよ。楽しみだねぇ」

 絶対自分のために、私を作業へ駆り立てているとしか思えぬ。


 ホレホレと羊を囲い込むような仕草で追い込まれ、私は魚の前に座った。向かい側にはアルオが座る。クララは交代で外の火の番をしてもらっている。

「保存するにしても何にしても、内臓は取り出さないとね」

 微妙にピクッと反応する魚を前に、その作業をすることを想像すると、一気にテンションが下がるんですけど。しかもさらにテンションが下がる要因として、包丁がとがった石っていうね! もうね! 石器時代満喫フルコースにお腹がいっぱいです。……嘘です、空腹です。そろそろたんぱく質が食べたいです。


 さて、私に捌かれるのを待つ魚は全て同じ種類の魚だ。大きさは約20センチ未満で、姿はイワナっぽい。寸胴体型の体からは愛嬌が感じられるものの、モリで突かれた惨殺死体なので、調理することへの罪悪感はちょっとましになってる気がしないでもない。

「この魚は全部今日食べるの?」

「うーん、半分は焼き魚に、残りは干物にする予定かな」

 冷蔵庫や冷凍庫があれば、もうちょっと違う選択肢もありそうだけれどね。ちなみに焼き魚の一部は明日の朝食用だ。加熱すれば一晩くらい過ぎても余裕で食べられると思う。加熱して保存性を高める、これ、文明なり。


「じゃあ、さっそくいくよ」

 綺麗に洗った切れ味の良い石を胸びれの後ろに当て、魚の口元に向かって力を加える。思った以上に石の強度はあったようで、折れたりすることなく骨まで届いた。鉱石成分でも混じっているのかなぁ、この石。粒の粗さが異なるいくつかの石を手に入れたら、ちょっと研いでみても良いかもしれない。

 魚を裏返し、反対側も同じように切り込みを入れ、今度は垂直方向に力を加えて頭を切り落とす。幸い、モリで突いて獲ったおかげか、血抜きは十分出来ていたようだ。じわりと広がる血もそれほど多くない。


「ますたー、これ、内臓を入れる用の葉っぱ」

「ありがとね」

 アルオから魚アラを入れる葉っぱを受け取って、頭を入れる。そういえば、玄関にいわしの頭を刺しておくと魔除けになるという迷信があったっけ。内臓などは家の裏に作る畑の肥料にするつもりだったけれど、頭はディスプレイ用にとっておこう。


 続いて腹側から背骨に向けて尖った石を差し入れる。結構皮が厚いので、最初の一刺しが意外と力仕事だ。何回か傷をつけてから、削ぐように切れ目を入れるとあとは何とか広げられる。

「水を頂戴」

 背骨に沿ってある程度進んだら、内蔵を洗い出す。生臭いニオイが一段ときつくなるけれど、これをちゃんとやっておかないと身の方に生臭さが移るので丁寧に処理するよ。で、粗方取り出したら、今度は尻尾の方から背骨に沿って身を剥ぎ取るように刃を入れていく。案外ぬめるので、私は上から押さえつけるようにしてやってる。


「しまった。鱗取り忘れたわ」

 どうりで手に鱗がつくわけだよ! キラキラする鱗は水分を失ってこびりつき、指を動かすたびにパリパリと落ちていく。何度か手を洗うものの、散らばった鱗に邪魔されてぬめる上に滑った。

「今度は先に鱗とらないとね~」

 私が必死で捌いている横でアルオはのんびりとしたもんだ。くっ! 泣いてなんかいないんだからね。


 鱗がついたままの魚は、尻尾から皮を剥がして刺身の柵状にする。川魚は寄生虫が怖いから勿論生では食べないけどね。これをたたいてつみれにして鍋に入れたら美味しいかなぁと思うのよ。ハーブのような香草があれば臭みも取れるし、何よりも温かいスープは心まで癒される。柵状のまま油紙のようにつるつるの葉っぱに包んで、冷たい井戸水に沈めておけば、多分明日までもつはず。

 まだまだ乏しい食材だけれど、レパートリーを考えるのは楽しい。


「さあ、次やるよ!」

 鱗をとるため、今度はギザギザした石を取り出す。それで魚を撫でると面白いように鱗が取れた。勿論のことながら、また手のひらが鱗だらけですけどね! それから今度は頭を落とさずに内臓を取り出す。先に今日の夕飯分の下処理をしないとクララが痺れを切らしそうだ。

「アルテミシア、遅いわよ」

 間に合わなかったか。外で1人だったのが寂しかったのか、チラッと玄関からクララがこちらをのぞきこんだ。

「ごめん! いま、超頑張ってるから。アルオ、串持ってきて~」


 ざばざばと何度目か分からない手洗いを済ませると、手早く魚に串を刺す。アルオにも手伝ってもらって、1ダース分の串に刺した魚を用意する。下ろさないのであれば、案外手早く出来るもんだなぁ。というか、アルオのほうが私よりも手早くて綺麗だという……うん、まあ、力の違いだよね。

 スパッと切ることができなくて、ギザギザした切り口の魚に目を向ける。石の包丁でやったわりには綺麗に出来ていると思っていたのだが、まだまだ修行が必要のようだ。


 もう本格的に力が入らなくなって、指を開くのすらつらくなった両手を見つめると、残りはアルオが捌くと申し出てくれた。ありがたい! 良い子だよ。最初の一回は私がやらないとダメだけど、ほとんど見ているだけでコピーしちゃうんだからすごいよね。コピーというか、さらに発展させている気もするけれど。この辺はクラウディオ様の才能なのかなぁ。羨ましい。


 なんてことを考えながら家の中から外へ出ると、控えめなキャンプファイアーをぐるりと囲むように魚の串が並べられている。一見すると何かの宗教儀式にも見えるけれど、誰かに目撃されるわけではないから良いかな。

 あー、皮がほんのり焦げて、良い匂いがする。

「お腹減った」

 今日は腕も上がらないし、だるくてだるくて眠いけれど、アツアツの魚を食べるまでは絶対眠らないと決めている。手も髪も魚くさくなったけれど、サバイバルをするなら慣れていかないといけないだろう。


 お腹いっぱいになったらすぐに寝てしまう自信がある。でも、本当はお風呂に入りたいなぁ。五右衛門風呂でいいから手作りできないかなぁ。それか、どこかに温泉がわいていないかなぁ。

 香ばしい匂いを放つ魚を見つめながら、私はそんなことをぼんやり考えていた。

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