11 この森から出てなるものか
新しくゲームを始めると、世界観になじんだり、そこで動き回れるだけのお金や情報を集めるために、単純作業の繰り返しをすることになることはよくあると思う。その例に漏れなく、私もこの隠れ家生活をグレードアップさせるために、食糧調達や補修に力を入れたいと考えていた。しかし、クラウディス様が「魔物が出るよ」と言っていたので、うかつに遠くまで行けないでいる。
やはり魔物=肉食系なんだろうなぁ。なにせ初対面のときの彼は、攻撃されてボロボロだったからなぁ。あれってここに住む魔物のせいだよね?
ならば、そんな危険を冒してまでこの家にたどり着かなければならなかった理由ってなんだったんだろう。忘れ物を取りに来た感じじゃなかったし。付け加えるならば、あの契約はなんだったのか、どうして精霊がいるのか、これからどうするのかも聞いておきたいのだが。
ちなみに、精霊さんたちには上記事項について既に尋ねてみましたよ? まあ、「知らない」という返答が返ってきましたが、そりゃそうですよねー。文学美少女の方は何か知ってそうでしたけれども、話せないならばあえて今は聞くまい。本人から聞くよ。
代わりに精霊さんたちには自己紹介をしてもらいました。
本人達は『ますたーの魔力を核にして呼び寄せ、可視化した精霊』といっていたが、詳しく聞いてみると、お互いの婚約者を守るための守護精霊を召喚するという祝福魔法の一つらしい。よく分からないけど、二人の魔力を合わせて力の弱い精霊に与え、その魔力を代償に相手を守ってもらうのだそうだ。高位魔法なので、通常は偉い神官様じゃないと出来ないらしい。
クラウディス様、貴方の能力ってチートじみてませんか?
そんなこんなでやってきてくれた黒髪に白い肌の精霊さん(文学美少女)は、クラウディス様の魔力を多く受け継いでいる。大人しそうな見た目の彼女は、細かい仕事が好きらしい。けれど、結構毒舌だ。名前をつけてほしいというので、『クララ』と付けさせてもらった。是非ともお淑やかなレディの口調になって欲しいというのは密かなる願いということで。
銀髪に褐色の肌の精霊さん(ワンコ系男子)は私の魔力を多く受け継いでいてる。自己申告によると、力仕事が得意らしい。明るくて可愛いのだけれど、ちょっと頭が弱そうで心配でもある。まさか、私の資質のせいだろうか? 彼にも名前をつけた。「よし、『アルオ』に決めた!」と告げたときの複雑そうな表情は忘れられない。……私にネーミングセンスを求めちゃダメだよ。
さて、あんな無茶振りもいいところの契約をした割に、朝からさっぱり彼の姿を見ない。一昨日見かけて、昨日会ったから、今日も会えると思っていたのだけれど、もしかしたら学校に行っているのかもしれない。『職業 学生・宮廷魔術師団員』ってあったもんね。
私のいた世界では5日間学校で2日間休日だったから、次回会えるのは4日後なのだろうか。
暇なので、以前決めた目標と達成状況を振り返ってみる。
<短期目標>
・水と食糧の確保→水は○、食糧は治安次第
・とりあえずの寝床確保→○
・緊急的に必要な知識の取得→謎が増えた
<長期目標>
・衣服を含めた備品の確保→×
・住居確保→○
・この世界についての知識の取得→△
・持続可能な生き方発見→×
うーん、色々状況は変わったけれど、意外と目標達成率は低い。勿論、驚異的な幸運は自覚しているので、本当ならもっと感謝すべきだとは思う。思うのだけれど……どうしても渋ってしまうのは食生活のせいかな。これ以上、(貴族っぽいとはいえ)子どものクラウディオ様に頼るわけにもいくまいて。彼の意図するところは不明だけれど、この世界の知識と守護精霊達だけでも恩を返しきれるか分からない。返せない借りを作るのは申し訳ない。
「うーん、魔物って……美味しいのかな」
じっと窓を見つめながら呟くと、クララがギョッとしてこちらを振り返った。
「アルテミシアってば、魔物を食べる気!?」
「うん。ここに引き篭もっていてもジリ貧だと思うんだ。なら、罠を仕掛けるなりして食糧調達しないと」
果物や野菜ばかりでは生きていられまい。そして、それらを採取に行くにしても、この森について知っておくべきだろう。
なにか武器になりそうなものがないかキョロキョロしながらアルオに話しかけると、彼はくりっとした目をパチパチと瞬いて、そして困ったように笑った。
「魔物は命を奪われると、煙になって消えてしまうよ」
「え……そんな、ゲームじゃないんだから」
物理的にありえないだろうと唇をとがらせれば、アルオは珍しく真面目な顔で説明してくれる。
「魔物は、瘴気から生み出される『魔素』をまとった核が命なんだってー。だから、核が壊れたら体の維持もできないらしいよ」
ソウナンデスネー……。
なんだかいきなり出鼻をくじかれた気分です。倒しても食糧にならない魔物だなんて、自然界の法則から外れてるよ! あ、外れているから魔物なのか。
「アルテミシアは異世界から来た、と聞いていたけれど、本当に何も知らないんすね。食糧調達はあっし達がやるんで、この世界の勉強でもしたほうがいいんじゃないっすか?」
がっくり項垂れる私と、追い討ちをかけるようなクララの発言。確かにそれはごもっともなんだけれど、立て板に水をかけるが如く、情報を流されたところで理解できる気がしないし、したくないのが本音なのだ。自分で言ってて悲しくなってくるけど。くっ!
まあ、それからもう一つ理由はある。
「ヒモ生活は嫌~」
だって目標はアメーバ生活なんだよ。とりあえず自立して自活が第一目標なんだ。
幸運にも守護精霊をつけてもらえたけれど、美味い話には裏がある。絶対あると思ってる。ないほうがおかしい。いざとなった時に自分で道を選べるように、少しでもここでの生活を覚えておきたい。
って、あれ?
「クララ、食糧調達ってあなた達でできるの? 魔物がでても逃げられる? 地理も大丈夫?」
何故かこの小さい精霊さんたちの方が、サバイバル生活実践できますよ! みたいな発言があった気がするのだけれど。ぬいぐるみサイズのこの子たちに危険なことはさせられないと思っていたんだけどな。もしかして、彼らの方が……強い?
恐る恐る尋ねてみると、暖炉に突っ込まれていた火かき棒をぶんっと振り回してアルオが笑った。
「これに木の枝をつけたらお手製のモリになるよ! 魚とろう、魚」




