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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第三章

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68、役割②

「ぅ、ぁ、えっと、その……べ、別に何が何でも欲しいってわけじゃなくて――そ、そんなもの必要ないってパパが言うのもわかってるから、あくまでちょっと思ってみただけっていうか――」


 幼い頃から「大好き」と言って憚らない端正な顔にじっと見つめられたせいで、頬に熱が上がっていく。

 しどろもどろになりながら必死に回答すると、魔王は予想外の言葉を返した。


「……別に、友人を作ることそのものを制限するつもりはない」

「えっ……?」

「世の中には、『役割』として、親しい者を造るべきではない存在がいる。俺や、第一位階の天使などは、その筆頭だろう」


 個人の感情として、誰かに肩入れすることで公正に『役割』を果たせなくなる――そうすれば、世界が混乱する。

 魔王が何度も繰り返した言葉を思い出しながら、アリアネルは父を見上げた。


「だが……お前は、違う。お前に与えた『役割』に――友人の有無は関係ない」

「パパ……」

「お前に与えた『役割』は、我ら魔族では集めることのできない人間界の情報を集め、報告することだ。その過程で、誰かを友と呼び、親交を深めたとて、やるべきことが成されるのであれば、俺は関与せん」


 魔王らしくない甘い言葉に、アリアネルは戸惑った様に口を開く。


「で、でも――勇者と、戦えって――」

「勿論、やがて勇者一行が魔界にやってくるならば、お前も必要があれば出陣し、魔界のために戦わせる。だが、どれほど勇者が驚異的な力を付けようと、所詮は人間だ。主戦場が瘴気しかない魔界である以上、やつらの得意な天使の力を借りた魔法の行使には制限が出る。魔石と魔晶石とやらの存在は明らかになったが、ゼルカヴィアの報告によれば、魔水晶に比べれば込められる魔法に制限があると言う。……魔水晶が採れる竜の生息域を人間が容易く脅かせるほどに進化すれば話は別だが、今のところその脅威はない。戦場が魔界になる以上、今の世代の勇者に後れを取ることなど、ありはしないだろう」


 アリアネルが慣れない聖気で体調を崩したように、勇者一行らも、場合によっては濃い瘴気を前に体調を崩す可能性がある。その上、自由に治癒の魔法すら使うことが難しいのだ。

 確かに彼らは、戦場の選び方からして、不利を背負っているとしか言えないだろう。


「故に、別にお前ごときの力など無くても、何の支障もない。せいぜい、お前が戦場に立つことがあれば、あのムカつく正天使と、その加護を持つ人間に泡を吹かせてやれる、という程度だ。戦力として期待しているわけではない。――魔王軍は、そこまで脆弱ではない」

「……」

「もしも戦場に立ったときに、お前が人間を友にしたせいで、全力を出せぬと言うのなら――そのまま、己の甘さを胸に、勇者の剣で死ねばいい。お前の戦力など当てにしていない。お前がいても、いなくても、魔王軍が勝つことは変わりがない。……それならば、せいぜい勇者に斬られ、勇者を動揺させ、あの混じり気のない聖気を発する魂に、濃厚な瘴気を発生させる一助となればいい。友と呼ぶほどに親しくなった者の裏切りを知り、それを直接手にかければ、いかに勇者とて瘴気を発せざるを得ないはずだ。そうすれば――その後、勇者が死んでも、その男は正天使の眷属になることは出来ず、天界の戦力が増えることはないだろう。それは、魔界にとってのささやかな利ではある」


 淡々と告げられる魔王の言葉に、アリアネルは睫毛を伏せる。

 それが、魔王が少女に求める役割だ。

 知っていた。――ずっと、ずっと、知っていた。

 何度も繰り返しゼルカヴィアに聞かされてきたのだ。――決して、魔王に期待をし過ぎてはいけない、と。

 魔王は誰より優しいが――同時に、とても冷酷だから。


「友と呼ぶほどの親しさを持った相手に刃を向けることは、お前がいくら類を見ない善性の魂を持っているとしても、堪え切れず大量の瘴気を発生させるだろう。……そうすれば、お前も死後、正天使の眷属になることはない。我ら魔界の勢力にとっては、それが最も利がある選択だ」

「……うん」

「……それが嫌だと言うならば、勇者とやらには必要以上に近づかんことだ。情報を引き出すためには、必ずしも友になる必要はない。警戒して、敵視して、遠ざけるくらいでちょうどいい」

「うん。……うん、パパ。わかったよ」


 娘の死すら『魔界の利』だと言って――それが少女の『役割』だと言って、淡々と語る父の言葉にうなずきながら、瞳を閉じて頬の手に意識を集中する。

 

「パパ。――大好き、だよ」


 小さく微笑んで、いつものように愛を告げる。

 魔王が紡ぐ言葉は、氷のように冷たくて、胸の奥を深く刺し貫くようだけれど――頬に添えられた掌だけは、どこまでも優しく思えて。

 それはきっと、少女が魔王と共に積み重ねてきた年月があるからだ。

 幼気な少女に容赦なく降り注ぐ一見冷酷な言葉は全て――アリアネルには、魔王自身が自身に言い聞かせているようにしか、聞こえなかったから。

 うわべの言葉ではなく、心を緩ませてくれる確かな掌の温かさこそが、魔王の真意だと思えたから――

 

「フン……相変わらず、脈絡のない子供だ」

「うん。いいの。……大好きって思ったときに、大好きって伝えるって、決めてるの」


 十五を過ぎれば勇者と戦って、死ぬ――魔王が言う通り、それがアリアネルの役割だと言うのならば――


(私がパパの傍にいられるのも、あと五年とちょっとくらい――私は、あとどれくらい、パパに『大好き』って伝えられるのかな……)


 孤高の王に、どれほど拒絶されても、冷たい言葉を向けられても、変わらず愛を囁いた存在がいたことを、忘れないでほしい。

 そうしていつか――愛し、愛される幸せを、知ってほしい。

 

 彼がそれを知るのは、アリアネルが死んでしまった何千年もあとかもしれないが――それでも、きっと、かつて一度でも”無償の愛”を注いでくれた『誰か』がいた経験は、きっと彼がいつか掴む『幸せ』の礎となると、信じているから。


「大好きだよ、パパ。……愛してる」


 ふにゃり、と蕩ける笑みを湛えて、アリアネルは繰り返す。

 夜気に冷やされ、ひんやりとした魔王の掌の奥に隠された、彼の分かりにくい優しさを探るように、ゆっくりと頬を寄せた。


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あかんアリィちゃん健気過ぎる
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