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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第二章

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40、造物主①

「愛しているよ」


 それは、反吐が出るほどに聞き飽きた言葉。


「愛しているよ、*****。私には、世界で唯一人――お前さえいてくれれば、それでいいんだ」


 霞の向こうに消えかける程に遠い記憶の底で響く言葉。


「私の愛しい*****。裏切ることは許さないよ」


 絶え間なく注がれるのは、胸焼けするほど甘ったるくて、窒息しそうなほどに重たい"愛"。


「私の"愛"を全てやるから――お前も私を()()()()()()くれるね?」


 いつまでも降り注ぐそれは、足元に澱のように積み重なり、いつか溺れるまで止むことなく浴びせられる、のろいの言葉――


 ◆◆◆


 コツコツとまっすぐな廊下に規則正しい靴音が響き、魔王城の中を連れ立って歩く、長身の男が二人。


「続いて、『娯楽』に伴う食糧確保に関する問題ですが――人間界で全てを確保する面倒を考えると、非効率な一面が拭えません。供給量を考えても、一部、自給自足してみてはいかがでしょうか」

「ふむ……?」


 移動の最中も惜しんで仕事をしっかりこなす右腕の言葉に耳を傾けながら、魔王はマントを翻して廊下を行く。


「今や、城内の魔族のほとんどが、食事に関して何かしらの嗜好性を持って嗜んでいる状態ですし、地方の魔族も流行に敏感な連中は魔王城での変革を聞きつけて、人間界に降りたときに人間の食べ物を拝借しているようです。今後、管理統制が行き届かぬところでトラブルが発生するより先に、こちらである程度操作できる仕組みを作り上げてしまった方が良いのではと考えます」

「それ自体は問題ないが――素案は出来ているのか」

「はい。正直、太陽が出ない魔界で育てられるものには限界があるでしょう。ですが、結界を張って人間が入れぬようにした人間界の山奥の敷地であれば、魔族を派遣して自給自足させることも叶うはずです」

「ほう……?」

「魔力で好きなだけ黄金を生み出せるミュルソスを責任者にして、仕入れを全て任せます。ミュルソスは上級魔族なので、転移門ゲートを好きに開けますから、人間界で仕入れたものを送るのに困らないでしょう。直接買い付ける物はもちろん、野菜の苗木や動物なども仕入れて、結界に囲まれた敷地内で育てて行けばいい。労働力は、生まれたばかりの未熟な魔族や、中級以下の自分で門を開けぬ魔族で賄います。上級魔族のミュルソスの監督下で、適宜人里に降りて瘴気を喰いながら、魔界へ供給する野菜や動物を育てさせるのです」

「場所の見立てはついているのか」

「はい。『聖騎士養成学園』なる勇者パーティーを育成する機関がある街の付近に、丁度よい山があります。少し骨は折れますが、私の力で周辺住民の記憶を差し替えて、どこかの富豪が屋敷を建てたことにします。現状、一番のブラックボックスと化している勇者の教育を探る上で、近くに拠点があることは便利ですし、将来アリアネルを送り込んで勇者や正天使の動向を探らせる下準備にもなるでしょう」

「わかった。任せる。好きにしろ」

「はっ」


 魔王から、アリアネルの思い付きについて意見を求められ、真面目に考えるよう指示を受けたときは、ゼルカヴィアも心底驚いたものだったが、初めてみれば、予想に反して魔族たちには大いに好評だった。

 魔王城に勤務する魔族を広場に集めて、人間の食べ物を振舞うパーティー形式の簡易な催しを開けば、一瞬でその『娯楽』は魔族たちの間に広まった。

 今まで、魔族たちにとっては何の利も生み出さぬ存在として肩身の狭い思いをしていたロォヌは、魔界で唯一、その『娯楽』を生み出すことができる存在として一躍有名になり、尊敬のまなざしを集めて、今では逆に身の置き所に困っている節すらある。


「それから――」

「あっ、パパだ!」


 手元の書類を捲って次の案件に話題を移行しようとしたところで、遠くから明るい声が響いた。

 顔を上げると、案の定、眩しい笑顔を向けて駆け寄ってくるアリアネルがいた。


「アリアネル。もう午前の鍛錬は終わったのですか?」

「うん。午後は、歴史のお勉強するよ!」


 アリアネルの思い付きによる、魔族同士の交流や娯楽の創出と言った新たな取り組みが走ったせいで、魔王の右腕であるゼルカヴィアの仕事は一気に倍増した。

 他の魔族に任せることも考えたが、これまでの魔族の在り方の根幹を変革する取り組みだ。中途半端な結果にはしたくない、とゼルカヴィアは魔王に進言し、アリアネルの育成の方を他の魔族にも担わせるように調整を図った。

 魔王城には、勇者や天使といった外敵に対抗するための衛兵代わりの魔族もいる。武術に関しては、彼らの力を借りることが出来るだろうと考えたのだ。

 座学に関しては、人間界の常識と魔界の常識が大きく異なる。魔王に傾倒している魔族に人間界の歴史書や神学の書物を読ませれば、怒りに任せて教本をビリビリに破いてしまいかねない。かといって、魔王を礼賛する内容ばかり吹き込んでは、将来人間界に潜り込ませようという段階になった時に、アリアネルが周囲から浮いてしまい、怪しまれる。

 そうした専門領域に関してバランス感覚を持って教えられるのはゼルカヴィアのみだったため、他者に任せることは難しかったが、読み書きや算術といった基礎的なものであれば、他の魔族にも教えることができる。魔界の財政管理を一手に担っているミュルソスに算術を教わるなど、長い歴史を振り返ってもアリアネルが史上初だろう。

 

「では、汗を流して昼食を終えたら、魔王様の執務室に来てください。いつものように、静かに勉強するのですよ」

「はぁい」


 歴史に関しては、ゼルカヴィアのバランス感覚が問われる分野だが、今日は随分と業務が立て込んでいる。

 そんな日は、魔王の執務室に机を持ち込ませ、教本を読み込ませながら質問に答える形での育成を図っていた。

 どんなに多忙でも、未知の生物だった赤子のアリアネルを押し付けられ、通常業務と育児を何の準備もなくこなせと言われた数年前のあの日々を思えば、工夫一つで鼻歌を歌いながらこなせそうな気がするから不思議だ。

 パタパタと小走りで風呂場へ向かっていく小さな背中を見送っていると、聞きなれた嘆息が耳を吐いた。


「……俺の執務室を育児部屋にするとは、いい度胸だ」

「申し訳ありません。ですが、人間の一生というのは思いのほか短くて、一瞬も無駄にすることが出来ないのです。……それに、あの子供の発想力には時折驚かされます。『娯楽』の発案に関してもですが――役に立つ存在に着々と育っていますよ。大目に見ていただけるとありがたいです」

「フン……勝手にしろ」


 言いながら、魔王は歩みを止めることなくこめかみに指をあてる。


伝言メッセージ。……人間の子供が午後、俺の元へ来ることになった。頃合いを見て、今日の菓子を俺の執務室に運べ」


 いつもの仏頂面で指示を飛ばす先は、きっと、今頃アリアネルの昼食準備の仕上げをしているであろうロォヌだろう。

 ぱちぱち、とゼルカヴィアは驚きに目を瞬いた。


「……なんだ、その顔は」

「いえ……何から驚いたらいいかわからないくらい、驚いている顔です」


 頬を引き攣らせて、汗を一筋流す。

 魔王が直々に、中級魔族ごときに伝言メッセージを送ること自体が、まず、前代未聞だ。

 そして、その内容がまさかの――人間の子供のおやつ手配の指示とは。


()()の腹の虫は、いつもうるさくて敵わん。仕事中に集中を乱されたくないだけだ」

「そ、そうですか……」

「甘いものを与えておけば、大抵機嫌よく静かにしているだろう。それだけだ」

「はぁ……」


 フン、と鼻を鳴らす魔王に、控えめに頷いておく。

 

(これでは、アリアネルが魔王様の”お戯れ”ではなく――”お気に入り”だと噂されているのも、否定しにくくなってきましたね)


 魔王はそんな些末なことなど気にも留めないだろうが、城内では今や、まことしやかに囁かれている噂話だ。

 冷酷非道な魔王の心の氷を、少女の無垢な笑顔が溶かしたのだと――

 少女は、この永遠に陽の差さない魔界に現れた、唯一の太陽なのだと――


「それで、ゼルカヴィア。次の報告は」

「あぁ、そうでした。えぇとですね――」


 書類に目を落としながら、ゼルカヴィアは心の中で苦笑する。


(……まぁ、名前の一つすら覚える気がないであろう子供のことを、”お気に入り”と称すのにはいささか無理がありますが)


 いつまで経っても『人間の子供』『アレ』といった表現しかしない魔王の仏頂面を思い出して嘆息してから、ゼルカヴィアは頭を完全に仕事モードへと切り替えたのだった。


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