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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第二章

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34、【断章】竜と英雄

「失礼します、魔王様。ゼルカヴィアが定例の御報告に上がりました」

「……入れ」


 魔王の執務室の前に立ち、重厚な扉の前で控えめに伺いを立てると、いつも通りの素っ気ない一言が返ってくる。

 ゆっくりと扉を開けるのを、アリアネルはうずうずした様子ながらもぎゅっとゼルカヴィアにしがみついて堪えていた。

 少し前の、初めて魔王と出逢ったころの彼女であれば、少しでも扉が開けば「パパっ!」と言ってゼルカヴィアの制止も待たずに駆け出しただろうと思えば、たった二年でもだいぶ成長が感じられる。


「失礼いたします」

「しつれいします!」


 恭しく頭を下げて入るゼルカヴィアの横で、元気よく宣言してぎこちなく頭を下げる。人間界の上流階級の娘がする挨拶の仕方を教えただけのことはある。

 洗練された所作とはお世辞にも言い難いが、魔王のために必死に覚えたのだ、という誠意だけは伝わるだろう。


「……今日は、こぶ付きか」


 入ってきたアリアネルに少し虚を突かれたように目を瞬いた後、フン、と鼻を鳴らしてすぐに魔王は手元の書類へと眼を落とす。


(一見、わかりにくいですが、決してこれは不機嫌ではないんですよね。わかります、魔王様)


 過度に魔王を恐れて警戒していたころから約二年経ち、ゼルカヴィアも、少女に対する魔王の反応の裏にある感情の機微を、少しずつ理解し始めていた。

 もしもアリアネルがここで、ぎゃーぎゃーと泣き喚いたり走り回ったりして執務の邪魔をするようなら、本気で不機嫌を露わにしてその存在を排除することもあり得るが、年齢の割に聡く、魔王のことが大好きで堪らないアリアネルは、絶対にそんな振る舞いをしない。

 いつも通り、涼やかな美貌で仕事に励む魔王をキラキラとした目で頬を上気させながら嬉しそうに眺めるだけだ。


「うるさくはさせないので大目に見ていただけると」

「フン……好きにしろ」


 案の定、許可を求めるとあっさりと認めてくれる。ぱぁっとアリアネルも嬉しそうに笑顔になった。


「それでは、直近の人間界での情報収集結果の報告を差し上げます」


 持ってきた書類を魔王の前で漏れがないように読み上げるようにして報告をする。


「まず、アリアネルの代わりとされる勇者候補がわかりました」

「ほぅ」

「名前は、シグルト・ルーゲル。容姿は、いかにも天使が好きそうな、金髪碧眼の美少年だそうで、アリアネルと同い年のようです」


 魔王は鼻を鳴らして報告を流す。

 太陽の祝福に包まれる天界に生まれる天使は、それを体現するかのように金髪を持つ者が多い。魔王がその昔、命天使として生み出した高位の天使は、なおのことその傾向が強かった。

 天使を崇拝する教えが強いル=ガルト神聖王国は、その影響なのか、金髪は天使に愛される象徴として、権力者にも多いと聞く。

 故に、絵本に出てくる『王子様』は金髪碧眼で描かれることも多く――結果、アリアネルは、魔王に『王子様』を重ねることとなった。


「出生は何やらゴタゴタしていたようですが――その辺りは今日は割愛します。ご興味があれば、後ほど報告書をご確認ください。それよりも問題は――ルーゲルという一族の特徴です」

「何か問題があるのか?」

「問題、というわけではないですが……数代前に、『竜』を討伐し、人間界で一躍有名になった一族のようですね」

「竜!?」


 それまで大人しくやり取りを聞いていたアリアネルが顔を上げて聞き返す。


「知っているのですか?」

「うん!絵本に出てくる、あの『竜』でしょ?」

「あぁ……そういえば、そんな話がありましたね。確かに、あの物語の主人公はルーゲルという名前でした。なるほど。人間界では英雄扱いされているのでしょう」


 最初の頃に買い与え、読み聞かせた絵本にそうした記述があったことを思い出してゼルカヴィアは納得する。アリアネルが絵本を気に入り、何度も読み聞かせをねだるせいで、ゼルカヴィア自身も内容をほとんど暗記してしまっていた。


「竜……人間とは生息地域が離れていると記憶していたが」

「はい。おっしゃる通り、竜は人間界の遥か西にある険しい山脈の奥地に棲んでいて、人間は近寄ることが出来ませんし、竜もまた滅多に人里に降りてくることはありませんが――数世代前、食糧に困ったのか、迷いでもしたのかは知りませんが、一匹の竜が人里に降りて来て、周辺地域を一瞬で壊滅したそうです」

「……まぁ、あれは人間ごときの手に負える存在ではないだろうな」


 軽く嘆息して魔王は背もたれに深く体重を預ける。

 鋼を通すことすら許さぬ固い鱗と、一歩踏み出すだけで小さな集落など壊滅させるほどの巨躯。種族によっては炎を吐く存在もあるらしい。

 

「それで、即座に討伐隊が組まれたわけですが、まぁ、一般の人間に太刀打ちできるものではありませんから……当時、魔界侵攻に向けて着々と準備を進めていた勇者パーティーが、魔界ではなく竜が現れた地域に向かったのですよ」

「なるほど。……賢明な判断だ」


 勇者パーティーは、その時代の人間の中で最も戦闘に特化した集団だ。悠長に魔界へ派遣している間に国が滅ぶかもしれぬとなれば、まずは竜退治に駆り出そうという考えもわかる。


「その時の、”勇者”がルーゲル一族の人間だったようです。当時は一般庶民だったらしいのですが、奮闘し、見事竜を退治したことで、王族の娘を嫁にもらって、領地と貴族の位まで与えられたとか。……シグルトという勇者候補が金髪碧眼なのは、王族の血を受け継いでいるからかもしれませんね」

「英雄はね、大怪我をしちゃうんだよ!お姫様は、それでもいいって言ってくれて、二人は結ばれるの!」


 ふんす、と鼻息を荒くアリアネルが物語の結末を主張する。


「一説によると、腕を飛ばされたとかなんとか。それゆえ、その代での魔界侵攻は立ち消えになり、元勇者も再び竜が襲ってきたときのためにと、山脈近くの領地を任され、普通に子を設けて血を繋いだと言います」

「それが、どうして問題なんだ?」

「血筋と、そうした経緯があるのでしょうが――その家に生まれる者は、いつも、竜と戦うことを想定した訓練を積まされると言います。人間がお遊びで習うお稽古とはくらぶべくもありません。より実践的で、厳しい訓練を幼少期から施すそうです。戦闘センスも体格も恵まれた人間が多いようですよ」

「フン……くだらん。所詮、『竜』など、デカいトカゲだ。たかが爬虫類ごときに善戦した程度で――相変わらず、大袈裟な種族だ」


 心底どうでもいい、とでも言いたげに魔王は嘆息すると、ゼルカヴィアに手を伸ばす。報告書を渡せ、と言いたいらしい。


「あれを”デカいトカゲ”などと言ってのけるのは魔王様くらいですよ。中級魔族――相性によっては、上級魔族でも、手こずる者はいるでしょう。それに善戦した人間の末裔ですから、遺伝的に優れている可能性は十分にあります」

「……まぁ、正天使は苛々していそうだがな。せっかく優秀な戦士になりそうな男を見つけたのに、魔界に向かうことなく竜ごときに負傷させられ、子を成したということは死後、眷属にすることも出来なかったんだろう。優秀な人材を逃したと、悔しがっている様が目に浮かぶ」


 フッ……と昏い笑みを湛える魔王は、氷のように冷ややかで恐ろしい。

 

「故に、今度こそは――とシグルトに加護を付けたのかもしれません。……アリアネルを攫われ、今頃さらに苛々していると思いますよ」

「それは何よりだ。あの忌々しい顔が悔し気に歪むなら、多少の()()は大目に見る」


 ゼルカヴィアから報告書を受け取りながら、ニヤリと魔王の頬がゆがむ。

 面倒――というのは、アリアネルのことだろう。


「詳細は、報告書に記載してありますが――どうやら勇者と同い年の女で、治天使の加護を受けている者もいるそうです。こちらは、情報が少なかったので、詳細に関しては不明ですが」

「ほう……?それもまた興味深いな」

「はい。私も、記憶にある限り、勇者と同じ年齢で――という例はありませんでした。大抵、年齢が離れているため、幼い方の加護が無くなるまで待たねばならず、戦力差が生まれることが多かったのですが。今回は、そういうしがらみはなさそうです」


 後方支援型の治天使の力と、前線で敵を切り開く正天使の力は、揃っていなければ互いに最善の力を発揮できない。


「治天使、か……正天使ほどではないが、あいつもなかなか面倒で偏屈な性格をしている。アレに好かれる女というのも、いっそ哀れに感じるがな」


 そう造ったのは魔王様ご自身でしょう――というツッコミは心の内にしまっておく。どうして、最上位ランクとされる第一位階の天使たちを、そんな曲者ばかりで固めてしまったのか、かつての主人に今日ばかりは少し物申したい。


「報告は以上です。最近、魔界に来た勇者の中では、断トツに血筋と環境に恵まれている人間ですから……引き続き周辺を探ります」

「普通に暮らせば、竜の脅威に怯える辺境を任される領主となるのだろう。実力的にも、どう考えても実家にいる方が利が大きいが――それがどうして、勇者なんぞという損な役割を強いられても不平の一つも言わず、何の疑いもなく一心に魔族憎しとここを目指せるのか――全く以て理解が出来ないな。人間の思考回路というものは」

「そのあたりは、『聖騎士養成学園』なる謎の組織があるようなので、そこでの教育内容が影響しているのかと睨んでいます。少しずつ探っていきますので、もう少しお時間を頂ければ」

「フン……期待せずに待つとしよう」


 いつものように鼻を鳴らした魔王を見て、アリアネルはゼルカヴィアを振り仰ぐ。


「お話、終わり?」

「えぇ」

「じゃぁ――ねぇ、パパ、聞いてもいい?」


 アリアネルは、純粋無垢な瞳を執務机にいる魔王へ向ける。

 軽く首をかしげてじっと見つめ返してくる魔王の反応を、許可と受け取り、少女はかねてからの疑問を口にした。


「パパは――金髪の人が、好きなの?」


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