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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第十四章

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304/350

304、堕天④

 おそらく、命天使が生を得てから初めての不器用な愛情表現に、少女の緊張した心が緩んでいく。

 いつまでも大好きな『天使様』の腕の中に居たい名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、少女は意を決して口を開いた。


「もう、大丈夫です。……天使様、早く天界に戻らないといけないのでは?」

「あぁ……そうだな」


 命天使はむすっとした顔で認める。本音を言ってしまえば、もうこのままこの少女とどこかに雲隠れをしてしまいたいくらいだったが、そういう訳にもいかないだろう。

 不服そうな顔をどのように捉えたのか、少女は焦ったように言葉を重ねた。


「私なら、大丈夫です。造物主は、天使様とのお話が終わるまで、何もしないんですよね?」

「それはそうだが――」


 危険は何も、造物主だけとは限らない。

 人間離れした造形の美しさを持つ少女に、愚かな人間の魔の手が伸びることもある。

 天使は、魂の清らかさ故にどうにも危機感に乏しい少女を前に嘆息して、現状について言葉を尽くして説明することにした。


「今、お前には二つの選択肢がある」

「えっ……?」

「今のまま人間として生きて生を終える選択と――死後、俺の眷属として天界で未来永劫、共に生きる選択だ」

「!」


 どうにも離れがたく、少女を腕に収めたまま、天使は努めて感情を出さないように事実を伝える。

 今、胸にある感情が、少女が口にするところの”愛”であり、少女と過ごした日々こそが”幸せ”なのだと言うのならば――それを決して失いたくはないという醜いエゴと、そんなエゴなどどうでもいいほどに、この少女の幸いを願いたいという、醜いエゴにも負けぬ程に身勝手な感情。


 だから、どちらを勧めるわけではなく、少女が本心で望む選択肢を選び取れるよう、中立の立場を崩さぬため、感情を排して言葉を重ねる。


「人間として暮らす人生に未練があるならば、お前をここに留め、俺は天界へと独り帰ろう。天界へ帰っても、お前が暮らす人間界だと思えば、悪いようにはしない。お前が健やかに幸せな人生を送り、天寿を全うできるよう、何にも優先して『役割』を果たすと約束する」

「そんな――」

「これには、大きなメリットがある。――お前が、幼い日にガリエルに求めた、『家族』を得る可能性が残る」

「!」


 驚く少女を宥めるように、飴色の美しい髪を撫でる。そのまま、するりと髪を滑り、大きな手が頬を包んだ。

 雷から身を守るため蹲った時に、近くに被弾した余波を受けたのだろう。小石か何かが掠ったのか、美しくきめ細やかな白い肌に、赤い筋が奔っていたのを、武骨な指が不器用に撫でた。

 肌に傷がついたということは、少女は既に十五を過ぎているのだろう。彼女が十五に達していないのならば、天使の口付けを受けた時点で、命天使の加護による障壁が自動で展開するはずだった。


 もう、少女を守る障壁は存在しない。少女は、己で己の行く道を選び取ることが出来る、大人なのだ。

 命天使の蒼い瞳には、決して自分では与えられない”幸せ”を悔やむ寂寥があるように思えた。


「俺の眷属となるならば、俺はこのままお前の身を天界へと連れ帰り、お前の傍を離れない。お前が求める『家族』と同じように、お前を慈しみ、愛し、お前に幸いを贈ると約束しよう。だが――どれほど長い時を共にしようと、俺が天使である以上、人間がするように、子を成し、血を繋いでいく、そんな『家族』の形を与えることは出来ない。俺が与えた”寵愛”は、純潔を失った瞬間に、効力を失うからだ」


 感情を出さないようにと努めたはずが、瞳に憂いを帯びることだけは止められない。

 この森には、少女に不埒なことを成そうと考えるような者が入って来られないよう、天使の手によって、一定以上の瘴気を持つ者は気分が悪くなるような結界を張ってある。

 いろどり溢れる楽園を、瘴気などという胸糞が悪い空気で穢したくないという気持ちから、少女に隠れてこっそりと施した結界だったが、もしも少女が人間との共存を望むと言うのなら、それも解除して行かねばならない。きっと、天使と言っても頷けるほどの美貌を持った心優しい少女の純潔が奪われるのは、遠くない未来だろう。

 それはつまり、少女と共に永遠を歩むという夢のような未来を諦めざるを得ないということだ。


 本音を言えば、そんな天使にとって都合の悪い未来など提示せず、無理に手元に置いてしまいたい。

 しかし、少女が熱望する『家族』を永劫得られないと泣かれるのもまた、命天使の本意ではなかった。

 

 複雑な心を見透かされぬように瞼を閉じ、こつんと額を合わせ、温もりを分かち合う。


「どちらの道を選んでも、お前が”幸せ”なまま生きられるよう、俺は全力を尽くす。だからお前は、何にも囚われず、心のままに選べばいい」

「心の、ままに……」


 睫毛が触れ合うほどの距離にある、美しい天使の顔を見つめ、少女はポツリと呟く。

 心のままに――と言うならば、答えなど、最初から決まっていた。


 両手を伸ばして、伝える。


「――連れて行ってください」

「何……?」


 驚き、瞳を開けた天使の頬に、そっと唇を寄せる。

 ――大好きな人に、心からの『大好き』を伝えるために。


「ガリエルから、教えてもらいました。血の繋がりがあろうがなかろうが――愛し、慈しむ心があれば、『家族』にはなれるのだと」

「……」

「だけど彼は、どんなに願っても、私を連れて行ってくれなかった。私は、彼のためなら、何だって捨てられたのに」


 ぎゅっと首に縋りつくようにして、少女は初めて、天使に乞う。


「今度こそ私は、大好きな天使様とずっと、ずっと、一緒にいたい。優しい天使様が、寂しい思いをしないように――ずっと、ずっと、傍にいて、毎日『大好き』って、伝えます」


 ふわり、と花が綻ぶ様に柔らかな笑みを浮かべる。

 その決断に、迷いなど、微塵もなかった。


「大好きです、天使様。――私を『家族』にしてくれますか?」

「っ――!」


 答える言葉を紡ぐことすら出来ぬ程、天使は少女を力の限り抱きしめた。

 太陽よりも温かく眩しい存在を、二度と失うことの無いように、強く、強く、腕に閉じ込める。

 孤独に凍えていた心臓が溶け出し、生を叫ぶ様に、脈打った。


「必ず、俺の全てを賭けてお前を幸せにすると誓おう。愛している。――アリアネル」

「ふふ……『家族』なら、リアって呼んでください」

「愛している、リア」


 頬を染めてはにかむ少女に囁いて、命天使はもう一度、唇に口付けを落とした。


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