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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第一章

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3、パパ①

「アリアネル様。お迎えに上がりました」

 

 声をかけられ、振り返った先――そこには、どう見ても十歳くらいにしか見えない小柄な少女が立っていた。


「ありがとう、ミヴァ」


 くりっとした少し釣り目気味の大きな瞳の、猫を彷彿とさせる可愛らしい顔のミヴァと呼ばれた少女は、ちらりとアリアネルの周囲に視線を巡らす。


「ゼルカヴィア様もご到着になられたようです」

「うん、窓から見えた。行こっか」


 アリアネルは手早く荷物を纏め、にこりと天使の笑みで微笑むと、春風のような軽やかな足取りでミヴァと連れ立って歩き出す。

 討伐作戦に組み込まれている者は、装備を新調しに街へ出かけたり、学園内の設備を使って自主練に励んだりと忙しくなるだろうが、アリアネルのように選抜から漏れた人間は自由時間だ。今日はもう帰ってしまっても問題はないし、明日は完全な休日となる。

 この後も学園に残るかもしれない選抜メンバーの二人に別れの挨拶をしようとしたとき、思わぬ言葉が飛んだ。


「あ、待って。下まで送るわ!」

「俺も行こうかな」


 予想外の言葉に、思わずきょとん、と眼を瞬く。


「え?二人とも、明日の準備で忙しいんじゃない?わざわざ見送ってくれなくても――」

「いいのよ、気にしないで。一般クラス生の下校時間も重なってるから、アンタが正門に辿り着く前に瘴気に当てられて倒れたりしないか心配なのよ」

「もう……ミヴァもいるし、大丈夫なのに」

「いや、その子の体格じゃ、さすがに何も出来ないだろ……」


 シグルトが呆れて自分よりだいぶ低い位置にあるミヴァの旋毛を見下ろす。

 ミヴァは、シグルトたちと同じ十五歳のはずだが、アリアネルと一緒に編入してきた五年前――十歳のときから、殆ど見た目が変わっていない。よほど成長期が遅いのか、元々小柄で童顔な家系なのかはわからないが、少なくともアリアネルが倒れたときにひょいっと背負って歩き出すなどといった芸当は難しいだろう。間違いなく潰れてしまう。


「アリアネル様をお支えすることくらい、容易いことです!」


 侮られている気配が伝わったのだろうか。ミヴァはシグルトを見上げて、ギッと鋭い視線を投げる。


「お、おぅ……わ、悪かったよ。見習いとはいえ、従者の端くれだもんな」


 猫顔で敵意をむき出しにされると、フーッと毛を逆立たせている小動物が重なって見えるから不思議だ。

 どうもこの、アリアネルの家で雇われている従者見習いのミヴァと言う少女は、初めて出逢った五年前から苦手な相手だ。

 すぐに体調を崩してしまうアリアネルの体質を心配してか、暇さえあれば一般クラスから特待クラスの教室までやって来る。過保護な性格なのか、いつもアリアネルと共にいるシグルトとマナリーアをわかりやすく警戒しているようで、こうして猫科動物を彷彿とさせる敵意を向けられたのも、一度や二度ではない。


「えっと……それより、アリアネル。誕生パーティーの準備は進んでるのか?」


 小柄な童顔少女からのわかりやすい警戒心むき出しの視線に、子供をいじめているような居た堪れない気持ちになって、話題を変える。

 次代の勇者が小動物系少女にやり込められている様が面白くて、喉の奥で笑いをかみ殺しながら、マナリーアも話題を引き継いだ。


「お父さん、街へ買い物に行くの、許してくれた?」

「うん!」


 ぱぁっとアリアネルの顔が、眩い光を発したのかと錯覚するほどに輝く。


「何でも好きな物買って来ればいい、ってパパがお小遣いくれたの!」

「ぁ……そ、そう……」


 キラキラと輝く瞳で声高に続けるアリアネルに、マナリーアは気圧されて思わず後退る。

 目の前にいるのは、治天使と並んで第一位階に属する、二大天使の一柱――かの偉大なる正天使の加護を受けた、天使のような美しい少女。

 学園中の男子生徒の視線をほしいままにする美貌を持ち、天使のお気に入りに相応しい清廉な魂と慈愛に満ちた心を備え、庶民では辻馬車に乗るのが精一杯の世の中で毎日執事付きの送迎と専属の見習い従者を控えさせる実家の財力を持ち、厄介な体質さえなければシグルトと共に勇者候補として王国史に名前を刻んだであろう優秀な、少女。

 いや、ちょっとしたことですぐに体調を崩す体質は、むしろ儚げで可憐な印象を強め、少女の魅力を倍増しているかもしれない。


(ほ、ほんとにこの子――他は全部、文句のつけようもないくらい、完璧なのに――)


「相変わらず、筋金入りのファザコンね……」


 ひくり、と頬を引き攣らせて、マナリーアは聞こえないように呻く。


「お前、いつもパパ、パパって嬉しそうに話してるけど、親父さんの何がそんなにいいんだ?」


 シグルトも、呆れた顔で尋ねる。

 低い位置からミヴァがギッと凄い顔で睨んでくるのは、アリアネルの父親が彼女にとっての雇い主でもあるからだろう。


「え……?何が、って――()()……?」


 うっとりと蕩けるような恍惚の表情で言われてしまうと、もはやどう反応して良いかわからない。

 十五にもなって、これは少し異常ではないだろうか。


(しかも――話に聞くだけだと、別に、大してアリアネルを可愛がってる様子でもないのに)


 いつも天使のように穏やかな微笑みを湛えるばかりで、体調を考慮してかあまり深く人と関わることなく少し輪から離れたところにいることの多いアリアネルが、性格が変わったように興奮して食いつく話題は、彼女の父親に関する話だけだ。

 しかし、その話はいつも――どこか、おかしい。


「でも、いつもの話を総合して想像するに――さっきのお小遣いの話だって、きっと、目尻を下げてデレデレしながら渡してくれたわけじゃなく、興味なさそうにポンと放るようにして渡したんでしょ?」

「えっ!?マナ、パパに会ったこともないのに、よくわかったね!天才!?」

「いやいやいや……えぇと……ねぇ、いつも聞くけど、もう一回聞くね?……アリィのお父さんって、優しいの?」

「うん!とっても!」

「……そう……じゃあもう、何も言わないわ……」


 はぁ、とため息をついて呟く。

 家族の形も、幸せの形も、人それぞれだ。アリアネルの笑顔が最高に輝いているのだから、それ以上言うのは野暮だろう。


「パパはね、本当に優しくて、最高に格好良いんだよ!忙しくてなかなか会えなかったり、ちょっと厳しいところはあるけど――無口であまり笑ったりしないから、怖いって誤解されることも多いけど――でも、私だけは、パパが本当に優しいこと、知ってるの!」

「あぁそう……誕生日に『おめでとう』も言ってくれないお父さんなのに?」


 盲目的に父への愛をぶちまけるアリアネルが哀れで、マナリーアの言葉についうっかり棘が混じる。

 ドンッとシグルトにわき腹を小突かれて、ハッと自分の失言に気付いた。


「ご、ごめんアリィ!今のは別に――」

「うぅん、大丈夫だよ!――今年こそは、絶対に言ってくれるって、信じてるもん」


 冬の日差しの下で、春の木漏れ日のように温かい笑顔を向ける。

 その表情は――ちょうど一年前にも、見た。

 同じ表情で、同じセリフを、キラキラと邪気のない瞳で、まっすぐに言ってのけたのだ。


「……そう。アリィが幸せなら、いいの」


 痛ましげな表情を見せるマナリーアは、慈愛の化身とも言われる治天使の加護を賜るだけある。


「ま、今年の誕生日は俺たちが盛大に祝ってやるつもりだから、いいだろ。明後日は、学校が終わったら寮のホールに集合な。……大好きな”パパ”にも、今年こそ祝ってもらえるといいな」

「うん!」


 シグルトが頭をポンポンと撫でながら言うと、アリアネルは勢いよく笑顔で頷く。


 不幸など、この世にはありはしない。

 誰かから見て、自分がどれだけ不幸に思えても、関係がない。 


 アリアネルにとっては、目の前にある現実だけが全てだ。

 たとえそれが――世界中の人間に、憎まれ、疎まれるような現実だったとしても。


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