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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第九章

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198/350

198、デート②

 早朝の肌寒さが和らぎ、春らしいのどかな陽気が差し込むころ――魔王の瞳のように蒼く澄み渡った空は、今日が絶好のデート日和であることを示している。


「ぁの……ご、ごめんね、ゼル。忙しいのに……」

「えぇ、構いませんよ。今日は()()()が、それはそれは有益な情報を持ち帰ってくださると信じておりますから」

「ぅぅぅ……」


 キラリと真っ白な歯を光らせて完璧な笑顔で答える青年は、いつも通り絶好調だ。

 居心地悪そうに、アリアネルはもじもじと着込んだスカートの裾を引っ張る。

 揺れる馬車の中で、不安げに彷徨う視線に、少女が何を考えているのか手に取るように理解したゼルカヴィアは、これ見よがしに大きなため息をついた。


「持っている服の中で、最も良いと思う物を着てきたのでしょう?自信を持ちなさい」

「で、でも――」

「アドバイスなら昨夜して差し上げたでしょう?――もしも”パパ”とお出かけするなら、何を着たいか?で選べ、と」


 昨夜、深く考えすぎて頭がパンクしてしまい、遅くまでうんうんとクローゼットの前で唸りっぱなしのアリアネルを見かねて、声をかけたのは結局育ての親たるゼルカヴィアだった。

 

「まぁ、悪くないチョイスだと思いますよ。シグルトとやらも、魔王様と同じ――いや魔王様と比べれば数億段劣りますが――一応、金髪碧眼をしているのでしょう。黒や紺といった色よりも、淡い色合いで全体をまとめたのは正解なのでは」

「う、うんっ……!」

「襟付きのワンピースを選んだのも良いと思いますよ。街中のどこへ行くのか聞かされていないのでしょう?そのデザインなら、多少畏まった装いの店に連れて行かれたとしても、悪目立ちすることはないはずです」

「うんっ!もしパパとお出かけするなら、ちょっとでも大人っぽくしないとって思って……!」

「良い心がけです。露出が控えめなのも良いですね。スカートの丈はもう少し――と思わなくもないですが、まぁ、普段の制服姿と比べて明らかに短すぎる、というわけでもないですから、人間たちの装いとしては過激とは取られないでしょう」


 くい、と眼鏡を押し上げながらファッションチェックをしてくれるゼルカヴィアに、ほっと安堵の息を漏らす。

 

「ゼルにそう言ってもらえると安心する。よかったぁ」

「伊達に貴女が幼いころから、幾度となくファッションショーに付き合っていませんよ。毎度毎度、きちんと違うコメントを言わないと不機嫌になって……とはいえ、今日はこれを着たくない、あれを絶対着るんだと出かける直前で大泣きしてぐずっていたころを想えば、かぼちゃパンツが似合う子供が、随分と手の掛からなくなったものです」

「なっ……!!?い、いいいいつの話!?」


 いつものように、十八番の昔話を引っ張り出され、頬を赤らめて反論する。どうもゼルカヴィアには、永遠に敵いそうもない。


「まぁ、それにしても……いつの間に、異性とデートに出かけるような年頃になっていたのでしょうねぇ」

「え?」


 馬車の窓枠に頬杖をつき、狭い車内で長い脚を優雅に組み替えながら、ゼルカヴィアはしみじみと噛みしめるように呟く。

 

「……シグルトという少年が、好きなのですか?」

「ぇええっっ!!?」


 サラリ、と雑談の延長のような調子で切り出され、アリアネルは顔を真っ赤に染め上げる。


「ち、ちちち違うよ!シグルトは仲のいいお友達だけど――その、そういう”好き”じゃなくて、えっと、なんていうか……!」

「シグルトが魔界と敵対する存在だからと、遠慮していませんか?ここに魔王様はいません。素直な気持ちを口にしても、告げ口はしませんよ?」

「そ、そそそそういうことじゃなくって!」


 急に始まった恋愛話に、アリアネルはしどろもどろになりながらも必死に誤解を解く。


「ほ、本当に、そういうのじゃないから!」

「そうですか?……貴女が好きな、”王子様”のような外見。正天使の加護を得るほどの善良な魂。毎年同じ日に太陽の花を贈り続ける一途さ。……むしろ、学園で親しくすればするほど、貴女が惹かれてしまうのも無理はないと思いますが」

「ち、違うって!」


 今日はいったいどうしてしまったと言うのか。いつもと違うゼルカヴィアの様子に、アリアネルは困り果てながら、懸命に言葉を紡ぐ。


「シグルトは、確かにいい人だよ。優しいし、強いし、頼りになる。”世界を救う勇者”に相応しいって思う。私にはないもの、いっぱい持ってる……」

「そうでしょうか」

「うん。幼い頃の話も聞いたことあるけれど……私がシグルトと同じ環境だったら、あんな風にひた向きに前だけを向いて生きれたかはわからないもの。だから、尊敬してる。でも……」


 迷いながら、アリアネルは想いを口にする。

 

「だからこそ、私が隣にいなくても、生きていけそうって、思う」

「?」

「シグルトは、強いよ。何度も魔族討伐作戦に参加して、目の前で一緒に学んだ仲間を失って、絶対に敵わない敵を前にする絶望を味わって――それでも、人類の希望として、何度でも立ち上がる。強い瞳で、全部を背負って、たった独りでも、立ち上がるの。……その背中にあるのは、誰か一人じゃない。この世界の、皆」


 ゼルカヴィアは黙って少女の言葉を聞く。


「なかなか、出来ることじゃないよね。だからこそ勇者に相応しいし――私なんていなくても、シグルトは大丈夫って安心できる。信頼できるの」


 そう言ってから、そっとアリアネルは胸に手を当てる。


「私は、『私が傍にいてあげなきゃ』って思う人の傍にいるのが性に合ってるみたい。……えへへ。意外と尽くすタイプなのかも」

「そうですか。まぁ、人の好みはそれぞれです。圧倒的強者に守ってもらいたい者もいれば、庇護欲を駆り立てられる対象の傍にいたい者もいるでしょう。”恋愛感情”というものがない我ら魔族には、よくわからない感覚ではありますが」


 嘆息しながら、窓の外をチラリと見る。目的地は近そうだ。

 

(言われてみれば、この子が特別に親愛の情を示す相手には、同様のことを言っていましたね。”愛”という感情が理解できないと言ってのける魔王様相手にも、『誰も教えてくれないのなら、私が教えてあげる』と言っていましたし、”お兄ちゃん”に至っては、明確に『私が守ってあげる』とも――)


「……もしや貴女は、ゼルカヴィア(わたし)にも、自分が傍に()()()()()()()、と思っているのですか?」


 ふと、常日頃彼女が『家族』と称すメンバーに、己が入っていることを思い出し、聞いてみる。

 するとアリアネルは、何を当たり前なことを、という顔で目を瞬いた。


「え?……うん。当たり前でしょう?」

「ほぅ?ついこの間まで、自分独りでは食事も排泄も何一つ満足に出来なかった赤子に心配されるとは、一体――」


「だって、ゼル……私のこと、世界で一番、大好きでしょう?」


 青年の言葉を遮って、邪気のない竜胆の瞳が、まっすぐに、ゼルカヴィアを射抜く。

 虚を突かれたゼルカヴィアは、一瞬、声に詰まった。


「私が傍にいなかったら、きっとゼル、私のことが心配で何も手に付かないよ。寂しくて泣いちゃうかも。そんなことになったら、魔界のお仕事が滞っちゃう。パパも困っちゃうもん。――だから、私が傍にいてあげないと」


 にこっと自信満々の笑顔で言ってのける少女の顔は、どこまでも晴れやかな太陽のようで――


「ふっ……ふふっ……一万年を生きる魔王の右腕を捕まえ、一体、何を根拠に――相変わらず、人間と言うのは、愚かで不可解な存在です」

「あ、ちょっと、そんなに笑わなくてもいいじゃん!」


 肩を震わせて笑いを堪え切れなくなったゼルカヴィアに、ぷくっと頬を膨らませて怒る。

 

「もー。……泣いちゃうのは冗談だけど、でも、ゼルが私に過保護なのは本当じゃない。そんな顔して、意外と親馬鹿なんだから」

「誰が親ですか、誰が」


 クス、と吐息で笑いながら、幼いころから繰り返したいつも通りの応酬をする。

 ギッ……と耳障りな音が響いて、馬車がゆっくりと停車する。どうやら、目的地に着いたらしい。


「さぁ、()()()。そんな過保護な親馬鹿を心配させないように、門限はしっかりとお守りくださいね?」

「もうっ……わかってるもん」


 サッと執事の仮面を被って手の甲に口付けを落として悪戯に笑んだ魔族に、アリアネルは少しだけ唇を尖らせて答えるのだった。


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