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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第九章

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185/350

185、夢の終わり④

「っ――待って、パパ!!!」


 凡そ、この緊迫した空気にそぐわない呼称とともに現れた声の主を、全員が振り返る。


(何だ――あれは――)


 そちらを見たことを後悔するほど眩しい光源が、一瞬、夢天使の視界を焼いた。

 まるで、光天使の魔法が目の前で炸裂したときのような、耐えがたい光。

 少女が現れた瞬間、濃密な瘴気ばかりだった世界に、清廉な聖気が弾け、力が漲るのがわかった。


 ドクン……と胸が一つ大きく脈打つのが分かった。

 つぃ――と我知らず口角が上がる。


 突然の予期せぬ乱入者の存在に、魔王も驚いて眩い光源の方を振り返っていた。


 首から下は修復不可能なほどにボロボロになっていたが、最期の力を振り絞り、天使は魔力を練り上げ、起死回生の一手を狙い、口を動かす。


「封天使よ、我に――」


 ドンッ


「……ぁ……?」


 皆まで言い終えるより先に、身体が小さな衝撃を受けた――と認識した途端、灼熱が腹のあたりから広がる。


「黙りなさい」


 何が起きたか理解するより先に、仄暗い青年の声が鼓膜に届いて、ぐらり、と視界が傾いた。

 首が、あり得ない角度まで曲がり――それが、五百年前の元勇者の、最期となった。


「……ゼルカヴィア」

「問題はありません。眷属というのは、我々魔族と魔王様の関係以上に主従関係が明確です。正天使の関与を考えれば、このまま生かしておいても、さほど有益な情報を得られたとは思えませんから」


 魔王が皆まで言う前に、魔剣にべっとりと付着した天使の血を拭いながら、ゼルカヴィアが言い訳を口にする。


 アリアネルが現場に飛び込んできた瞬間、驚きに魔族勢力の全員が固まる中、天使の口角が上がるのを見た。

 その瞬間、ぞわり、と背中を不快な何かが這い降りていったのだ。

 アリアネルの存在を、天使勢力――それも、天敵である正天使の眷属に、知られてしまった。

 そう悟った途端、身体が勝手に動いていた。


 うつぶせに地面に転がる夢天使の背中に魔剣を突き刺し、そのまま流れるような動きで首を刎ね、強制的に命を終わらせた。


 冷静に考えれば、最善の策ではなかっただろう。

 夢天使からどれだけの情報を得られたかはわからないが、それでも皆無とは言い難い。生かしておけばそれなりに利用価値があったはずだ。

 眷属が死ねば、正天使もさすがに察するはずだ。空に、神門バベルを展開しているとはいえ、正天使ほどの力があれば、それをこじ開けることも可能だろう。

 そうして正天使が乱入するリスクを考えれば、夢天使の命を奪うよりも、ゼルカヴィアの魔法で今見た記憶を全て消し、書き換えてしまう方が安全だったに違いない。


 だが――そんな冷静な考えが、一瞬全て吹き飛ぶくらいの耐えがたい焦燥が、青年の身を襲ったのだ。

 アリアネルの存在を正天使に知られることだけは絶対に避けなければならない、と警鐘が響いて、判断を鈍らせた。


「……まぁいい。時間が無くなった、というだけだ」

「申し訳ございません」


 皆まで言わずとも、魔王は正しくそのリスクを理解しているようだ。

 まるで、些末な出来事だ、とでもいうように、夢天使が死亡しても変わらず夢の中に捕らわれているオゥゾへと視線を戻す。


 もはや、オゥゾを元に戻す策はない。

 感情を映さない無感動な蒼い瞳を向けた魔王が、己の固有魔法で命を終わらせようと、静かに右手をかつての臣下に向かって伸ばした時だった。


「だめっっ!」


 体当たりをするようにして、小柄な少女が魔王の無慈悲な腕に縋り付き、制止する。


「何の真似だ。人間」

「パパ、お願い!オゥゾを殺さないで!」


 大きな竜胆の瞳一杯に涙を浮かべて、アリアネルは必死に父に懇願する。

 

「お願い!きっと、何かの間違いだよ!私がオゥゾを正気に戻すから――!」

「チッ……!そんな話の段階は既に終わっている。今はお前に懇切丁寧に説明している時間などない」

「パパ!」


 不機嫌を露わに舌打ちした後、煩わしそうに軽く腕を振るえば、アリアネルの小柄な身体は簡単に振り払われてしまう。

 乾いた地面に尻餅をついてから、めげずに立ち上がろうとすると、幼いころから慣れ親しんだ炎の魔族が虚ろな瞳でこちらを向いた。


「ニ……ン、ゲン……」

「オゥゾ……?」


 譫言のように唇を動かしたかと思うと、そのまま鋭い爪が付いた手が、ゆっくりとアリアネルへと向けられる。

 何度も、何度も、頭を撫でて、身体を抱き上げてくれた、大きな掌。

 それが、照準を定めるかのように、アリアネルの方へと向けられたのだ。


「ニン、ゲン……殺、ス……皆……全部……」


 繰り返される譫言は、偽物の魔王の幻覚が刷り込んだ命令なのだろう。

 もう一度魔王が舌打ちする声が聞こえて、アリアネルはハッと我に返った。


「待って!」


 地面を蹴り、魔王とオゥゾの間に立ちふさがる。

 大地を踏みしめ、仁王立ちになって、己を害そうとしていた青年に向かって両手を広げた。


「どけ、人間。殺されたいか!」

「オゥゾ――オゥゾ、聞いて!」


 背中から飛んだ怒号に怯むことなく、アリアネルはまっすぐにオゥゾを見据えた。

 焦点の合わない紅蓮の瞳は、ぼんやりと少女の影を捉えて、すぅっと手をアリアネルへと向ける。


「私、オゥゾを信じてる。……ねぇ、オゥゾ。皆で一緒に、魔界に帰ろう?きっと――きっと、何か、方法があるはずだから。パパも、ゼルも、皆で考えたら、絶対に、天使になんか負けないから」

「ぅ……ぐ……」


 力を持ってまっすぐに放たれる声に、オゥゾは苦し気に顔を顰めて呻く。


「お城に、帰ろう?また、一緒に遊んでよ。魔法の稽古もつけてほしい。私、オゥゾにぎゅってされるの、大好きなんだよ」


 もう子供じゃない、と何度言っても、変わらず幼子にするようにひょいっと少女の脇の下に手を入れては、頭上に高く掲げて白い歯を見せて笑うオゥゾが、大好きだった。

 そのままぎゅっと抱きしめて、フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでは、「大好きだ」と言葉を尽くして親愛を示してくれる青年が、大好きだった。


「ア……リィ……」

「そう!そうだよ!アリィだよ!」


 苦し気に頬を歪め、顔を覆いながら呻くように発せられた声に、ぱっと顔を輝かせてアリアネルは語り掛ける。

 

「アリィ……は……魔王、様……が……連れてきた――」

「オゥゾ!正気に戻っ――」

「――ニン、ゲン」


 覆われた手の隙間から洩れた最後の言葉に、ぞくり、と背筋が震えた。


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