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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第九章

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184/350

184、【断章】炎の魔族

 炎の魔族との最初の出逢いは、幼過ぎて殆ど記憶がない。


「あ!アリィのことは、アリィって呼んでね」


 そんな自己紹介をしたような記憶が、本当にうっすらと、意識の奥底に存在している気がする。

 当時は、まだ魔界の瘴気が体に合わなくて、ゼルカヴィアの部屋を一歩外に出るだけで息苦しさを感じていた。

 それでも、生まれてから殆どゼルカヴィア以外の魔族と交流がなかったアリアネルにとって、新しい城勤めの魔族との出逢いは、世界が広がるようなわくわくを感じるものだった。


 燃えるような紅い髪と瞳を持つ青年は、今まで関わったことの無かった人間の幼女の扱いに、最初こそ戸惑いを見せたようだったが、すぐに目尻を蕩けさせて、デレデレと甘やかしてくれるようになった。

 身体が瘴気に慣れて、動き回るのも平気になってからは、沢山遊んでもらった記憶がある。


「オゥゾ!抱っこして!」

「おぅ、いいぞ!ほら!」


 ひょいっと難なくアリアネルの身体を抱き上げて、頭上高く持ち上げてはあやしてくれた。キャッキャと笑い声を上げるアリアネルに、何度も沢山、高い高いをして遊んでくれた。


「俺、馬鹿だから、ゼルカヴィアさんやミュルソスみたいに勉強は教えてやれないし、ヴァイゼルみたいにわかりやすく体術の訓練もしてやれないけどさ。いっぱい遊ぶことは出来るから、いつでも遠慮なく声かけろよ!」


 ニカッと笑って白い歯を見せるオゥゾは、いつでも等身大でアリアネルに接してくれる気のいい青年だった。

 

 世界がゼルカヴィアの執務室で閉じていた時代は、ゼルカヴィアの仕事の邪魔をしてはいけないと思って、一人で遊ぶことが多かった。いつも、日中はどこかで寂しい気持ちを持て余していた。

 世界が広がって、そんな寂しさを埋めてくれたのは、城の魔族たちだ。

 特にオゥゾは、アリアネルに精神年齢を合わせてくれているかのように心から笑って全力で遊びに付き合ってくれた。そんなオゥゾは見たことがない、と誰も彼もが口を揃えたが、アリアネルはそんなオゥゾしか見たことがない。

 ゼルカヴィアを除けば、城勤めの魔族の中で一、二を争うくらい懐いていたと言っても過言ではないだろう。

 

(待ってて、オゥゾ――!絶対、絶対、死なせたりなんか、しないんだから――!)


 朱い水蒸気に視界を奪われ、迫り来る熱風に目を覆いながら、ルミィの力を借りて炎の障壁に出来た通り道を辿り、必死で足を進める。


 同じように城勤めだったヴァイゼルの訃報が飛び込んできたときの衝撃も、哀しみも、後悔も、昨日のことのように覚えている。


 あのときのアリアネルには、何もできなかった。

 ただ、どうしようもない現実に戸惑い、涙し、周囲の大人たちに慰められるばかりだった。


 あの日のアリアネルは、無力で不甲斐ない、愚かな人間の少女に他ならなかった。

 アリアネルが毎日太陽のように笑っていられるのは、大切な魔族たちがいてくれるからだ。

 だから、その中の誰か一人でも欠けてしまっては、アリアネルの幸せも欠けてしまう。

 零れ落ちた欠片はどれだけ涙を流そうと、周囲の魔族が優しく慰めてくれようと、決して元には戻らない。


 きっと、もしオゥゾが死んでしまっても、同じことが起きるだろう。


 幸せな日々を守るためには、ただ泣き暮らすだけでは駄目なのだ。

 自ら苦難の道に飛び込んで、リスクを承知で危険と向き合わなければならない。


(きっと、パパには怒られる。呆れられると思う。「所詮は愚かな人間」って失望されるかも。もしかしたら、捨てられちゃうかもしれない――それでも!)


 ぎゅっと小さな手を固い意志と共に握り込むと同時に、炎の障壁を抜け、ザァっと視界が開けた。


 クリアになった視界に飛び込んできたのは、見覚えのある、黄金の髪。その背中にある漆黒に金糸の刺繍が施されたマントは、幼いころから何度も見慣れた彼の仕事着だ。


 魔王がいつも通りの冷たい表情のまま、すぅっと手を掲げるのを見て、何が起きようとしているのかを悟り、慌てて叫ぶ。


「っ――待って、パパ!!!」


 魂を込めて渾身の力で叫んだ声は、その場にいた全員の視線を少女へと集めさせるのに十分だった。


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