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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第九章

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183/350

183、夢の終わり③

「な――ぇ――ぁ……?」


 ぞくり、と背筋が震えて、愕然とした瞳が魔王を見上げる。

 目の前に広がった魔力の波動で、正義を司る天使の名のもとに、嘘偽りない証言を強制される断罪の魔法が課されたことを悟った。


「ど――して――」

「正天使は俺が造った。名前くらい把握していて当然だろう」


 夢天使の七色の瞳に映るのは、恐怖と絶望。

 正義の天使は、実質的な天界の頂点だ。己が絶対の主と戴く主君の名を、いとも簡単に口にすることが出来る存在など、あるはずがない。

 あるとすれば、伝説の中の存在たる造物主だけだが――今、目の前にいる魔王と呼ばれた男は、あっさりとその名を口にし、正天使の命を造ったと嘯いた。

 得体のしれぬ未知の存在を前にして、今更ながら恐れおののき、身体が震える。


 正義を司る天使の名で行使される魔法は、強力無比だ。

 正しい裁きを下すための審判の場において偽りを許さぬ魔法を前に、眷属の天使は無力でしかない。


「問う。……お前の意志で、オゥゾに掛けた魔法を解呪することは可能か?」


 固有魔法に、他者が干渉することは出来ない。それは、夢天使の主である正天使であっても同じだ。

 だから、魔王は、違う方向から状況打破を試みる。


「ぁ……ぅ……ぅぅぅ……」


 ガチガチ、と恐怖に歯を鳴らしながら、夢天使はふるっ……と首を横に振った。

 それは、散々自分が固有魔法で行ってきたのと同じ――決して逆らうことの出来ない、見えない力に強制された行動だった。


「な――何故ですか!?自分で掛けた魔法でしょう!?」

「そうか。……どうせ、そんなことだろうと思っていた」


 愕然とするゼルカヴィアには構わず、呆れたようにため息をついて、駄目押しでもう一つ問いかける。


「問う。……お前が命を落とせば、あの魔法は解けるか?」

「ぅ、ぅぅ……」


 自分の意志とは関係なく、再び身体が勝手に動いて首を横に振る。

 

「まぁ、そうだろうな。期待はしていなかった。固有魔法か否かに限らず、基本的に、魔法は術者が死んでも効力を失わない。……それでは、最後の問いだ」


 軽く首を傾け、見下すように睥睨しながら魔王は口を開く。


「お前はここ最近頻発する魔族の暴走について、どこまで知っている――?」

「っ……ぁ、ぅ……」


 オゥゾの炎のせいで乾いた喉は、聞き取りにくい掠れた声しか紡げない。

 自分の意志と異なる動きをさせられる口元に、得体のしれない恐怖を感じ、震えながら玉虫色の瞳に涙を湛えた。


「な、にも……僕は、正天使様に言われて……地天使が造った、魔石が埋め込まれた魔族を見つけたら、魔法をかけろ、と……高位魔法がたくさん詰まった魔晶石を、もらって……封天使の魔法を使って、連絡手段を断って、魔族を暴走させて、誰かに殺されるまで放置しろと――」

「なるほど。わかった。……ゼルカヴィア」

「はい、魔王様」


 魔王の右腕は、この後魔王が何を言い出すのか、長い付き合いから簡単に導き出せていたが、恭しい礼をしてその言葉を拝聴する。


「この件に関しては、この天使から取れる情報は他にないだろう。後は任せる。好きにしろ」

「はい。仰せのままに――」

「なっ――」


 愕然とした声が響く。

 芋虫同然の姿で転がされ、全身の骨が折られている今、それは絶望を告げる言葉だった。


 この件に関しては、確かに夢天使はこれ以上の情報を持っていない。

 だが――それ以外については、利用価値があるかもしれない。


 それをするのは、世界の中立を標榜する魔王の役割ではない。

 魔界のために、魔族の利を考えて動くことが出来る、ゼルカヴィアの役割だ。


「さぁて、どうしましょうか。魔界へ連れて行き、瘴気塗れの中で飼い殺しながら拷問してもいいですし……正天使をおびき寄せるようなことは出来ないでしょうが、いざというときに盾くらいにはなってくれますかね?」

「こ、殺せ――!」

「おやおや、どうしてです?せっかく人間の頃と違って、寿命という運命から逃れられたのに、そう死に急がずとも良いでしょう」


 ぞくりとするほど完璧な笑みで言ってのけるゼルカヴィアに、夢天使は悲鳴を上げそうになるのを寸でのところで堪える。

 そんなやり取りに興味はない、と言わんばかりに、魔王は背を向けて別方向へと足を踏み出した。


「ま、魔王様!どうか、どうかご慈悲を――もう少し、もう少しで、オゥゾを捕らえられます!!」


 オゥゾと一進一退の攻防を繰り返すルミィは、必死に声を張り上げて訴える。

 魔王は冷めた目でそれを見てから、オゥゾを確認した。

 戦闘中は爛々と輝く紅蓮の瞳は、焦点が合っていないように曇っていた。


「……駄目だ。完全に夢の中に捕らわれている」

「ですが――!」

「正天使が、眷属に妙な暗示をかけたと推察する。いや。そもそも、眷属の固有魔法とはそういうものなのか……俺自身は眷属を持ったことがないから、どんな規則ルールの穴を付いたのかは見当もつかんが、あの夢天使自身には、一度かけた固有魔法を解くことは出来ないらしい」

「なっ――!?」

「こうして我々に夢天使が捕らえられたときの保険、ということか。……用意周到なことだ」


 面白くなさそうに鼻を鳴らした後、魔王はスッと迷うことなくオゥゾへと手を向ける。


「待っ――お待ちください!魔王様!!お願いです!」

「黙れ。お前に意見を許した覚えはない」


 力ある言葉で制されれば、ひゅ――とルミィは喉を鳴らして黙り込むしか出来なくなる。

 それが、命を造られし物の宿命。

 

「ぁ……ぅ……ぁ……」


(オゥゾ――!)


 青ざめて、声を発することも出来なくなった唇をはくはくと動かして、絶望に膝をつきそうになった、その時だった。


「っ――待って、パパ!!!」


 空気を切り裂く、希望の声が鳴り響いた。


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