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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第一章

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17、おでかけ①

 それに気づいたのは、アリアネルからの申告だった。


「ぜる。……これ、無くなっちゃった」

「これ?」


 ゼルカヴィアの仕事を邪魔することなど滅多にないアリアネルが、酷く哀しそうな顔で話しかけてきたので、思わず仕事の手を止めて向き直る。

 小さな小さな掌にぎゅっと握り込まれているのは、お絵かき用にと買い与えた筆記用具の一つだった。


「もう全色使い切ったのですか?」


 確か、二十四色はあったはずだが――と驚愕すると、アリアネルはぶんぶんと頭を横に振る。


「この色だけ、無くなっちゃった」

「この色――黒色、ですか……?」

「うん」


 随分と小さくなっても大事に大事に使っていたのだろう。つい先ほどまで床に座り込んで何かを描いていたようだが、色素が肌に移って手の中が真っ黒になっている。


(二十四色もある中で、どうして黒色だけ……?そもそも、黒など、残りやすい色ではないですか……?)


 不可解に思いながら、チラリと先ほどまでアリアネルが座っていた場所を見る。真っ白な紙には、確かに遠目でもわかるような黒い何かが描かれていた。


「アリアネル。描いた絵を見せてくれますか?」

「うん!」


 ゼルカヴィアがアリアネルの描いた絵に興味を示したのは、実は初めてだ。彼女も、数ある一人遊びのうちの一つとしか思っていないのか、ゼルカヴィアに完成した絵を見せようとしたことは一度もない。

 しかし、どうやらそれはこちらの思い込みだったのかもしれない。

 アリアネルは、それはそれは嬉しそうな顔で頷くと、飛び跳ねるような勢いで先ほどまで絵を描いていた場所まで戻ると、上機嫌で床に放置していた紙を引っ掴んで戻ってきた。


「これ!いっしょうけんめい、描いたんだよ!」

「……ほぅ」


 小さな体を精一杯伸ばして、ゼルカヴィアに見えるように大きく紙を広げるアリアネルに、詳細なコメントを差し控えて唸る。


「……似てる?」

「……そう、ですね……」


 ワクワクと期待に満ちた竜胆の瞳に、明言を避ける。

 紙に描かれているのは、黒い色でぐるぐると塗り固められた縦長の丸と、濃い紫色の小さな丸。

 ――抽象画だろうか?


「……独創性に満ちた絵ですね」

「どく、そう……?」

「アリアネルは天才かもしれないと言うことです」

「ほんと!?」


 ぱぁぁっと顔を輝かせるアリアネルの頭をポンポンと撫でてやりながら、ゼルカヴィアはじっくりと”絵”と紹介された謎の物体を眺める。


(しかし……まともな精神状態でこれを描いたんだとしたら、正直心配ですね) 


 何かの恨みでも発散する意図があるのではと思うほどの筆圧で描かれた、黒々とした謎の丸を見て、ゼルカヴィアは唸る。

 もしやアリアネルは今、抑圧された心理状態にあるのではないか。

 それも、黒色だけが早く無くなった――ということは、いつもこの丸を描いている可能性が高い、ということだ。心配にもなる。


(やはり、人間ですからね。太陽の光を浴びさせて、外を駆け回らせてストレスを発散させてやる必要があるのでしょうか……)


 最近のアリアネルは、だいぶ瘴気に慣れてきたところだ。既に、一番遠い位置にあるトイレくらいであれば、往復も問題ない。まだ、外で駆けまわれるほどではないが、少し足を延ばして散歩をすることくらいなら余裕で出来るようになった。途中で、瘴気のコントロールが上手くない中級以下の魔族と接触しても、口数が少なくなる程度で済んでいる。

 順調に身体が慣れてきている今のタイミングで、人間界に連れて行くのは、今までの努力が無駄になってしまうのではないか――と案じて控えていたのだが、彼女の精神が健康でないのなら、早めに手を打っておきたい。


「……アリアネル」

「ぅん?」

「今度、一緒に買い物に出かけましょうか」

「へ……?」


 褒められた絵をぎゅっと胸に抱いて嬉しそうにしていたアリアネルの瞳が、きょとん、と瞬く。

 眼鏡を押し上げて、ゼルカヴィアは言葉を続けた。


「魔王様に、許可をもらいます。黒色と――他にも少ない色があれば、画材を一緒に買いましょう。そろそろ、貴女の日用品も買わねばと思っていたところです」

「それって――」

「私と一緒に、人間界に行きましょう、というお誘いですよ」


 この幼女が、ゼルカヴィアの言葉をどこまで理解したかは、わからない。

 だが、みるみる明るくなる顔を見る限り、ゼルカヴィアと遠出をする、ということだけは理解したようだった。


「ほんとう!!?」

「えぇ、本当です。魔王様にご納得いただけるかはわかりませんが――まぁ、大丈夫でしょう」


 頭の中で、付き合いの長い上司の攻略方法を考えながら、ゼルカヴィアは机の上の仕事に向き直る。そうと決まれば、さっさと仕事を片付けて、買い物に出かける時間を造り出さなければならない。


「まおう、さま……ぜるが、いつも、おはなししてる人?」

「そうですね。この世界で、最も偉大なる御方です」


 伝言メッセージでやり取りをしていることを差しているのだろうと察して肯定すると、アリアネルは「おぉ……」と小さく声を上げて、ぱちぱちと小さな手を叩いた。


「……ちなみに」


 ふと、ゼルカヴィアはアリアネルが大切そうに持っている”絵”を指さして問いかける。


「その絵に題名をつけるとしたら、何でしょうか」


 どうしてそんなことを聞かれるのか、わからなかったのか。あるいは、題名を付けるなど、考えたこともなかったのか。

 虚を突かれたような顔でしばらく考えていたアリアネルは、やがて唐突に何かを思いついたようにぱぁっと笑顔を振りまく。


「――かぞく!」

「――……なるほど」


 アリアネルに、家族はいない。

 その想像上の存在を、紙に描こうと考え――あまつさえ、真っ黒に筆圧強く塗りつぶしてそれを表現したと言う。


 ――闇は深そうだ。


 人間界行きは、なるべく早い方が良いに違いない。


「では、早ければ明日か明後日にでも、出かけられるように調整します。外ではお行儀よくするのですよ」

「はぁい!」


 嬉しさを堪え切れず、ぴょこぴょこと飛び跳ねるアリアネルは、本当にわかっているのかどうか、とても怪しい。

 どうやら、今日中に、彼女を人間界で迷子にすることなく過ごさせ、不用意に目立たせることなく任務を完遂する対策を練らねばならないようだ。


 やれやれ、と嘆息するゼルカヴィアの視界の端で、アリアネルの紫色のワンピースの裾がひらひらと嬉しそうに舞っていた。


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