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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第八章

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161、魔族討伐作戦①

 チラチラと季節外れの雪が舞う、春を目前にした寒い日だった。

 その日は、突然やってきた。


「皆、心して聞いてくれ。サバヒラ地方のスエラ=ロト街道で、魔族発生の知らせだ。聖騎士団より、今朝、学園に討伐作戦への同行依頼が来た」


 教師の言葉に、教室内がざわつく。

 サバヒラ地方というのは、豪雪地帯として有名だ。王都付近では雪が消え去った時期でも、まだまだ雪解けは遠い。まして、今年は例年になく寒い日が続き、今日も学園付近でさえ雪がチラつく始末だ。現地はおそらく真冬の様相を呈しているだろう。


 その中でも、スエラ=ロト街道というのは、サバヒラ地方の中で最も人通りの多い主要街道だ。都心から物資と人がひっきりなしに往来し、周辺には宿場町として発展した街も多い。

 そんな土地に、学園の生徒へ作戦参加を依頼するほどの、聖騎士だけでは手に負えぬ魔族が出たということだ。


 キリリと顔を引き締めるのは、今までにも何度も魔族討伐作戦に組み込まれるメンバーに選ばれてきた者たち。

 マナリーアもシグルトも、それ以外の成績上位者も、皆、声がかかることを予見して、周囲のざわつきにも心を乱さずじっと教師を見ている。


「今回は、少し特殊な事情がある。魔族の目撃証言と、被害状況から、このクラスの女子生徒全員が、選抜メンバーとして参加することになった」

「えっ……」


 アリアネルは、思わず小さく声を上げた。

 それは、全く予期していなかった言葉。アリアネルだけではなく、教室中がざわざわと不穏にざわめくこととなった。


 基本的に、討伐作戦の参加メンバーは、成績上位者から順に選ばれる。

 遊びではない。場合によっては、命の危険すらある。大人たちも、そんな作戦に貴重な天使の加護付きの子供たちを無作為に投入するような無謀はしない。

 まず選ばれるのは、成績優秀者。作戦に組み込まれたとしても、一定以上の成果を上げられることが見込める人物だ。そうして選ばれた物の中からさらに、選択授業で勇者クラスと聖騎士クラスに属している者が優先される。


 だが、今の教師の言葉を鵜吞みにするなら、今回はそのセオリーを無視するというのだろう。

 神官クラスに属していても、成績下位者であっても関係なく、性別が”女”であれば全員がメンバーとなると宣言されたのだから。


 教師は、悔しそうな顔をしながら口を開いた。


「言いたいことがあるのは重々承知だ。こんな指示を下すことになり、我々教師陣も大変遺憾だが、聖騎士団だけでは処理が出来ない火急の事態でもある。君たちにその一端を担わせてしまうことを了承してほしい」


 大人の男が、自分の年齢の半分にも達していない子供たちに真摯に頭を下げる様に、教室の中はいくらか落ち着きを取り戻した。

 

「あ、あの……先生。それはわかりましたが……どうして、女子生徒、という指定がついているのでしょうか……?」


 おずおずと手を上げて、恐らくクラス中が抱く疑問を代表して問いかけたのはマナリーアだ。

 どうせ、女子生徒という指定が無かったとしてもメンバーに選ばれると覚悟していたのだ。いくらか冷静な気持ちを持つ者として、責任感から問いかけてくれたのだろう。

 教師は顔を上げてこくり、と頷いた後、ゆっくりと説明を開始する。


「目撃された魔族のせいだ。様々な魔族の報告が上がっているが、今回の騒動の中心にいると思われるのは、色欲を司る魔族」


 ざわざわっ

 一瞬落ち着きを取り戻したはずの教室内が、再び騒がしくなる。


「それも、男を誑かす類の魔族だ。街道付近の宿場町で強姦を伴う犯罪被害が多発し、あまりの件数の多さにおかしいと調査を進めたところ、魔族の影があった。何も知らず立ち寄った商人や旅人たちを唆し、地元民を襲う。当然、善良なる地元の民も、男であれば例外はない。被害は強姦だけにとどまらず、殺人や強盗といった二次被害も出ている。……一つの村や街、という単位ではない。街道に連なる一帯で被害が広がり、秩序や治安といったものは全て崩壊し、今やサバヒラ地方全域が阿鼻叫喚の地獄絵図となっている」

「そんな……」

「そして、厄介なことに、聖騎士団に所属する聖騎士のほとんどが、男だ。豪雪に行軍の足を取られ、色欲の魔族が本拠を構えているであろう奥地へ進むためには、一日で駆けていくことが出来ない。魔族の被害を警戒して宿場を避けて野営をしたとしても、どこからか魔法をかけられれば、聖騎士とて男。前後不覚に陥って、猿のように腰を振る浅ましい雄に成り下がる」


 ひゅ……と誰かが息を飲む音がする。

 教師は深くため息をついて、ふるふると頭を振った。


「人間の三大欲求と言われるうちの一つを狂わされては、いかに高潔な魂を持つ者であっても逆らうことは難しい。おかげで、純潔を失い、男女双方とも眷属として召し上げられる権利を喪失する者が続出している」

「…………」

「勇者パーティに組み込まれるのは、天使の眷属としての資格がある者だけだというのは、選別授業で学んだ者もいるだろう。魔界侵攻前の神殿で正天使様から神託を受ける際に、その身が穢れていては選ばれない。……残念なことに、次の勇者パーティーの有力候補だった優秀な現役聖騎士が何人も、今回の事件で資格を失ったのだ」


 ごくり……とアリアネルは唾を一つ飲み込んだ。


(勇者パーティーの戦力が削がれた、ということ……?ってことは、パパの指示……?でも、秩序や治安が全て崩壊する、なんていうほどの事態になるまでやらせるかな……?)


 瞳を伏せて、俯く。

 男を誑かす色欲の魔族――という存在には、心当たりがある。

 蝙蝠のような羽を背中に生やした、半裸の中級魔族イアス。

 いつぞや、魔王の口腔内の聖気交じりの瘴気をスパイスと言って堪能していた姿を目撃した彼女のことだろう。


(中級ではあるけど、優秀な魔族だって聞いた。あの日、パパとイチャイチャしてたと思ったのも、ご褒美を与えるためだった、って言ってたし……でも、魔族の暴走が続いている今だと、パパの言いつけか暴走なのかは、これだけじゃ判断できないな……)


「幸い、女を誑かす上級魔族の目撃情報は今のところなく、被害も主に男が女を襲う事案ばかりだ。故に、新しく聖騎士団の中から女騎士だけを選抜した討伐隊が組み直され、作戦も刷新する運びとなった。……とはいえ、先ほども言った通り、正規の聖騎士の中に女騎士は多くない。被害が広範囲に広がっている中で、猫の手も借りたいのだということで、学園の女子生徒諸君らにも応援要請が来たというわけだ」


 教師は経緯を説明した後、手にしたファイルから書類を取り出し、生徒たちに配布する。

 それは、今回の作戦行動について書かれた指示書だった。


「まず、女子生徒と正規の女聖騎士とでいくつかの隊に別れる。探索を担う先遣隊と、魔族討伐を行う戦闘部隊。後方で全体の状況を把握して指示を出しながら、救護活動も行う本陣の機能を兼ねた後衛部隊だ」


 配られた指示書には、わかりやすく図解されている。どうやら指示書によると、雪が降り積もり、進みにくく視界が悪い箇所が多いようだ。故に、少数精鋭の身軽な先遣隊を用意したのだろう。


「とはいえ、男が一人も出向かないというわけではない。前線から送られてくる救護が必要な者たちの中には、既に第一陣として向かって壊滅した聖騎士団メンバーや、殺人や強盗といった二次被害に遭っただけの民もいるだろう。それらが男だった時――万が一、敵の魔族の魔法がかかった状態で女ばかりの本陣に送り込まれてしまえば、目を覆いたくなる被害が出る可能性もある。故に、男の救護だけを担う別動隊を、本陣のさらに後ろに配置させ、救護活動をしてもらう。これには、過去と同様、成績優秀な男子生徒数名に参加してもらうつもりだ」


 聖騎士たちは、鋼の鎧を身に纏っていることが多い。壊滅したと言う第一陣の被害者が運び込まれてくるとすれば、鋼を纏う重たい身体は、女性の騎士だけでは本陣へ運び込むだけで一苦労だろう。救護活動の最前線で、男手はいくらあっても足りないくらいだ。

 とはいえ、第一位階の治癒魔法が使える者となれば、成績優秀者に限られる。


(きっと、シグルトも参加するってことだよね……)


 チラリ、と横目で盗み見ると、厳しい顔つきでぐっと歯を食いしばっている少年が目に入る。

 卑劣な行いをする魔族への怒りを燃やしながらも、自分が最前線で積極的に力になることが出来ないばかりか、自分よりも実力が劣るか弱い婦女子らを危険にさらさねばならないもどかしさに歯噛みしているらしい。

 

 どこまでも清廉な魂を持つ少年だ、と思いながら、アリアネルは困ったように眉を下げた。

 もしも、この作戦が決行されると言うのなら――


「先生、もう一つ質問です。――アリアネルも、作戦に組み込まれるのでしょうか?」


 緊張した顔で口を開いたのは、やはりマナリーアだった。


「正直、無謀だと思います。この特待クラスの授業中ですら、倒れることがあるくらいですよ?アリアネルの実力は誰よりよくわかっていますが、彼女を今回の作戦に連れて行くのは反対です」


 教師に対しても物おじせずきっぱりと言い切る友想いの彼女は、瘴気で体調を崩すというゼルカヴィアが考えた設定を思い出し、正義の心で声を上げてくれたのだろう。

 

「勿論、アリアネルの体調については我々もよくわかっている」

「なら――」

「だが、今回の件は緊急事態だ。背に腹は代えられない。まして、アリアネルは体調さえ万全ならば、物理戦でも魔法戦でも、この中の誰にも引けを取らない実力者だ。……このまま、サバヒラ地方が魔族が我が物顔で跋扈するような無法地帯になってしまえば、国家の危機だ。そんな状況下で、優秀なアリアネルを特別扱いして免除するようなことは出来ない」

「そんなっ……!」

「敵地のど真ん中で倒れられても困るから、後衛部隊に配属するよう学園からも伝えておく。先遣部隊や戦闘部隊よりは、気休め程度でも瘴気が薄い場にいられるだろう。学生の身で第一位階の治癒魔法が使える者は稀だから、その点でも重宝されるはずだ」


 教師の言うことはどこまでも正論だ。ぐっとマナリーアは反論の言葉を飲み込んで俯く。


「マナ、ありがとう。私は大丈夫だから」

「でもっ……!」

「本当だよ。後衛部隊で皆の役に立てるように、頑張るね!」


 にこっと笑って笑顔で告げる。

 その言葉に偽りはない。おそらくアリアネルは、この特待クラスの中よりもよっぽど、特濃の瘴気が渦巻いているであろうサバヒラ地方の方が、活動的に動くことが出来るはずだ。


(よかった……もし、前線に配置されたとしたら、どうしていいかわからなかったもん。魔族の皆と戦うなんて、出来ないよ……)


 例えその相手が知己でなかったとしても、それは父である魔王が力を注いで手ずから造った命だと知っている。

 どんな下級の魔族であったとしても、一人一人に心を砕いて名前を付けて、世界を正しく回すための『役割』を付与した命だ。


 そんな相手に武器を向け、父が生み出したはずの命を奪うことなど、アリアネルには絶対に出来ない。


「事態は一刻を争う。成績での選抜を行わない作戦動員は、学園始まって以来初の試みだ。今日は授業を全て中止して、各自指示書に従って準備を行ってくれ。日が暮れる前に出立する」

「えっ……!?」


 アリアネルは驚いて教師を見上げる。


(ど、どうしよう……いつもだったら、準備に数日とか、少なくても一日はもらえてたから、一度帰ってからゼルやパパに報告して指示を仰いで――って思ってたんだけど)


 どうやら、そんな悠長なことをしている暇はないらしい。


「寮生は、寮に戻ることも許可する。家が付近にある者は、一時帰宅しても構わない。きっと、ここにいる誰もが経験したことの無いような、予断を許さぬ厳しい作戦になることだろう。武器や防具の準備は勿論、今まで習った内容の復習や、親しい家族への連絡など、後悔の無いようにしておけ」


 親しい家族への連絡、という言葉に、教室内に緊張が走る。

 作戦の詳細は漏らすことは当然出来ない。つまり、その連絡が意味するところは――


「では、集合時間まで、自由時間だ。解散」


 未来ある若者に強いる理不尽を苦い顔で飲み下し、端的に指示を告げた後、教師は教室を後にする。

 生徒たちは、一斉にざわめき始めるのだった。


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