136、再会⑥
「じゃあやっぱり、魔水晶が怪しいね。魔水晶を生み出せるのは、地天使だけなの?」
「はい。魔王様曰く、魔水晶の生成は地天使の固有魔法とのことですから、他者が名前で命ずる形を取っても、地天使の意思を無視して生み出すことは出来ません。……が、地天使本人が、魔水晶に似た鉱物を生み出して魔族に埋め込んでいるとは考えにくいですね」
「どうして……?」
「地天使の位は、第六位階――魔族で言えばせいぜい中級程度の力しかないでしょう。ヴァイゼルのような、第三位階にも匹敵する力を持った上級魔族を相手に、中級と同程度の力しか持たぬ天使が正面から挑み、意図的に体内に石を埋め込むなど、現実的ではありません」
「うぅん……」
アリアネルは困った顔で眉を下げる。確かに、大地の魔法は、高位の天使の魔法を使うなと魔王に厳命されているアリアネルも気軽に使うことが出来るくらいの魔法だ。
戦闘時のヴァイゼルの恐ろしさは、幼いころから何度も稽古をつけてもらっていたからこそ、アリアネルもよく知っている。無数の鋼を生み出して、怒涛の連撃を繰り出すあの猛攻に、土の魔法を主とした下位魔法のみで対抗するのは難しいだろう。
「次に考えられるのは、鉱物を造り出す存在と、体内に埋め込む存在が別々にいる場合ですね」
「!……そ、そっか。それなら、ヴァイゼルより強い第三位階以上の天使が関与している可能性も――!」
「えぇ。天使の世界も、魔界と同じく序列は絶対だと聞きました。高位魔族に名前を縛られ、命じられては、地天使も拒否は出来ないでしょう。地天使が魔石と言う特殊な鉱物を造り出す役目を担い、第三位階以上の高位の天使が魔族に石を埋め込んでいる――これなら、全ての説明がつきます」
すぐに状況を理解した聡明な娘を褒めるように撫でながら、しかし青年の顔は晴れない。
「お兄ちゃん……?」
「ですが――やはり、どうやって……というところは、不明瞭です。仮に、高位の天使と遭遇し、無理矢理体内に石を埋め込まれたとしたら――仮にヴァイゼルがそんな事態に陥れば、まず間違いなく、すぐに魔王様に報告を上げるはずです。あの馬鹿が就くほど生真面目で忠義に篤い男が、魔界や魔王様の危機に直結しかねない重要事項を、意図的に隠すことなどありえません」
「ぁ――……」
「第一、ヴァイゼルはここ十数年ずっと、魔王城に勤めていて、魔界から出ていませんでした。となれば、この濃密な瘴気が渦巻く魔界に顕現して襲い掛かるなど、第一位階の天使でもなければ不可能でしょう。仮にそれが出来たとして、聖気がほぼ存在しないこの土地では、いくら第一位階の天使といえど十分に魔法を使えないでしょうから、ヴァイゼルを圧倒するほどの戦いが出来るのかと言われれば、やはり懐疑的になります」
「そ……っか……」
いわば、魔界は魔族にとって圧倒的に有利なホームなのだ。完全なアウェイとなる場所で、天使が本来の実力を発揮することが出来ない以上、単純にポテンシャルだけで戦闘力を比較できない。
青年は、沈痛な面持ちでゆっくりと頭を振った。
「つまり、これらは、仮説と言うよりも、妄想に近いかもしれないということです。……私たちが、かつての仲間の予期せぬ裏切りを信じられぬと思うあまり、何か都合のいいこじ付けをしている可能性は十分にあります」
「そ、そんな――!」
「もしかしたら、真実はもっと単純で……本当はヴァイゼルも、我らが思っているような男ではなく、ずっと昔から虎視眈々と魔王様や同胞の眼を盗んで反旗を翻したいと狙っていただけ――かも、しれないでしょう?」
「そんな――そんな、そんなこと、絶対ないよ!」
「そうでしょうか。……魔王様は、きっと、その可能性もまだ捨ててはいませんよ。本当に、恐ろしいほどに冷静で、公平で、厳しいお方です」
魔王への度を越した忠義はない、と言い切っただけあって、青年は魔王の冷酷さをどこか非難するような口調で眉根を寄せる。
(お兄ちゃんは、優しいから――仲間を疑ったりしたくないんだ……)
自分も同じ気持ちだ、と口に出したくなるが、それをしたところで何か現実が変わるわけではない。
魔王は今日も冷酷に粛々と成すべきをこなし、ゼルカヴィアはそれの是非を問うことなく、魔族のあるべき姿として主に追従する。
「私――私、頑張るよ……!」
気づけばアリアネルは、目の前の青年の服を掴んで、声を絞り出していた。
「アリアネル……?」
「私が、情報をたくさん集めて……魔石は地天使が作ってて、それを他の高位天使が魔族に埋め込んでて、だから魔族の皆は何も悪くないって――悪いのは、悪いことを考える天使たちだって、証明する!」
「アリ――」
「そうしたら、パパも、ゼルも、皆仲間を疑わなくてよくなるよね!体内に埋め込まれる方法や経路がわかれば、パパとゼルならきっと、防ぐ方法も考え出せると思うし、そうしたら――そうしたら、悪いこと考える天使をやっつけることも、出来る?」
青年は息を飲んで少女の顔を見下ろす。
輝く竜胆の瞳には、冗談の空気が入り込む余地はどこにもなかった。
「パパをこんなに困らせてるんだもん。きっと、この件に正天使は必ず何かしら関与してるはずだと思うの。パパは優しいから、害がないなら放っておけばいい――とか言いそうだけど、もし、本当にこれが正天使の陰謀で、ここまで世界を混乱させる可能性がある事態を引き起こしてるなら、これって、本来”処罰”の対象になるはずだよね!?」
「それは……そう、ですね……」
「だったら、私、頑張る!シグルトやマナリーアを騙すことになるかもしれないのは、胸が痛いけれど――でも、その結果、皆が幸せになるなら、いい」
そもそも、人間が、敵うはずもない魔界侵攻を繰り返し続けることすら、正天使による陰謀と言っても間違いではない。
故意に正しい情報を捻じ曲げて伝え、魔族と魔王は人間とは決して相容れぬ悪なのだと、何度も人間界に顕現しては嘘の情報で人々を洗脳しているのは、他ならぬ正天使なのだから。
「それに――ほら!私なら、正天使をおびき出す囮になれるよ!」
「囮……?」
怪訝な顔を返す青年に、どんと胸を叩いて、自信を持って言い切る。
「今までは、パパが封天使の魔法で、天界から私のことを探せないようにしてたでしょ?でも、その魔法を解いて人間界に行けば、正天使は天界から私を見つけられるってことだし……正天使は、加護を与えた人間の前には、必ずと言っていいほど顕現するって、シグルトから聞い――」
「駄目です!!!」
皆まで言い切る前に、蒼い顔をした青年はアリアネルの肩を掴んで言葉を遮った。




