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魔王様の娘  作者: 神崎右京
第五章

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104/350

104、聖なる乙女と正義の天使⑦

 ――太陽の祝福――


 塔の屋上に現れた神々しい天使の姿を一目見て、かつて、正義の天使が残していった言葉の意味を、その場にいた全員がすぐに理解しました。


 現れた天使は、正義の天使ではありませんでしたが――同じくらい神々しく眩しいオーラを纏い、太陽のような輝く黄金の髪と、よく晴れた日の澄んだ蒼空のように美しい瞳をしていました。


 彼こそが、『太陽の祝福』だと、誰もが直感したのです。


「……お前が、あの正天使が愛したという人間か」

「!」


 バサリ、と羽を羽ばたかせて、空中から見下ろすように――推し量るように、『太陽の祝福』は乙女に語りかけます。

 太陽の樹をお守りのように握り締めて、乙女は何度も頷きました。

 しばらく何かを考えるようなそぶりを見せた後、『太陽の祝福』はゆっくりと口を開きます。


「かつて、お前が暮らした森はもうない」

「!」

「獣も、自然も、蘇らない」

「っ……」

「仮に、ここを出たとして――かつてと全く同じ生活には、戻れない」


 淡々と告げる声は、夜気に負けない冷たさを孕んでいました。

 乙女の覚悟を問うように、『太陽の祝福』は語りかけます。


「だが、()()()も、お前がここで毎日泣いて暮らすことを望んだわけではなかっただろう」

「あの……男……」

「お前たちが正天使と呼ぶ――****のことだ」

「!」


 ざわっと神官がざわめきます。

 『太陽の祝福』が発したその音を正確に聞き取れたのは、聖なる乙女だけでした。


「あの、どこまでも”正しさ”に厳しかった男が、命を懸けて貫いた想いだ。無碍にするには、寝ざめが悪い」

「な……にを……言って……」

「人間。……ここを、出たいか」

「っ……!」


 それは、きっと、正義の天使が残した言葉の通り――”奇跡”を掴むための、最期の問いかけ。

 種族を超えた愛を、この『太陽の祝福』が理解し、認めてくれる”奇跡”の入り口。


「っ――出たい!だから、お願い、見知らぬ天使様――私を、連れて行って!」


 乙女は、太陽の樹を握り締めて、必死に叫んでいました。


「……わかった。それでは、お前の願いを叶えよう」


 『太陽の祝福』は冷ややかな顔でそう告げると、羽を広げて夜空からゆっくりと舞い降りました。

 神官たちは慌ててそれを阻止すべきか悩みましたが――舞い降りてきた天使の神々しさに威圧され、一歩も足を踏み出すことが出来ません。

 

 誰も動けないその空間の中、『太陽の祝福』は、聖なる乙女の手を取り、再び空へと舞い上がりました。

 音もなくすぅ――と滑るように満天の星空へと吸い込まれていく空中浮遊に、聖なる乙女は口を開きます。

 

「貴方は、とても優雅に空を飛ぶのね」


 乙女は、かつて哀しみの底にいる乙女を勇気づけるように大きな羽音を響かせて飛んでくれた、正義の天使を思い出していました。

 この、視界一面に金剛石を散りばめたような空の向こうには、あの愛しい天使が待っているのでしょうか。


「まるで、星の海を泳ぐみたい」


 真昼の眩しい太陽を閉じ込めたような天使に連れられて、聖なる乙女は、キラキラと輝く星空の彼方へと消えていくのでした。


 そこから先、聖なる乙女がどうなったのか、誰も知りません。

 乙女を迎えに来た『太陽の祝福』の正体も、わからぬままです。

 もしかしたら、人々の愛を司る天使だったのかもしれませんね。


 その後、長い髪の正義の天使と聖なる乙女の姿を見たものはいませんが――

 きっと、乙女が消えていった眩い星屑の輝きの先で、愛の天使が与えてくれた二人きりの楽園の中、約束どおり、”永遠”を過ごしていることでしょう――


 ◆◆◆


「……え。…………パパ、だよね」


 最終ページを読み終えて裏表紙をパタンと閉じた後、アリアネルはポツリと口の中でツッコミを入れる。

 気持ちを落ち着かせるために一度深呼吸をしてから、念のためもう一度、裏表紙を開いて最終ページを眺めてみる。

 そこには、『愛を司る天使』かも知れないとの表記とともに、『太陽の祝福』と例えられたキラキラ輝く黄金の短髪に綺麗な蒼い瞳をした天使が、ファンシーにデフォルメされて挿絵として描かれていた。


「……パパだよ……いや、絶対これ、パパだよ……!!!」


 周囲に聞こえぬように口の中で繰り返し、穴が開くほどページを眺める。


(だって、この偉そうな感じとか、人間を見下してる感じとか、塩対応な感じとかっ……!そもそも、第一位階の正天使の名前を知っている時点でパパに決まってるし――いや、その前に、神々しいオーラで誰も動けなかったとか、絶対絶対それがパパだったからに決まってる!)


 魔王となった今ですら、あの冷ややかな瞳でじっと見下ろされれば、押しつぶされそうな威圧感に身が竦んでしまうのだ。

 当時は、彼がまだ命天使と呼ばれていた頃――第一位階の天使であり、造物主を除けば、名実ともに世界の頂点に君臨していたと言って過言ではない。

 その当時の神々しさは、止まることを知らなかっただろう。


「第一、優雅に空を飛ぶとか、絶対にパパじゃん……!え、星がキラキラしてる夜空をバックに天使の格好をしたパパが舞い降りてくるとか――わ、嘘、絶対めちゃくちゃ格好いい……」


 いつもの強烈なファザコンを発揮して、きゅん、と胸を高鳴らせながら、アリアネルは最終ページを何度も見返してから、瞳を閉じて天を仰ぐ。

 想像の翼を広げて、絵本の中の光景をゆっくりと思い浮かべてみた。

 あの白皙の美貌にふさわしい純白の羽を広げ、彼が“暑い”と言ってのけた天界に適応するための少し露出の高いぞろぞろとした薄手の衣服を纏いながら、星を背に舞い降りてくるところなど、深夜に現れた太陽の化身だと言われても信じてしまうに決まっている。

 神殿にいる神官たちがどれほど正天使の言いつけを守ってチヤホヤしてくれていたとしても、そんなに格好いい登場の仕方で現れた父が、一緒に来るかと手を差し伸べてくれたとしたら、きっと自分も迷わずその手を取るに決まっていた。

 

「いいなぁ……!!天使姿のパパのお迎え……いいなぁああっ……!」


 どうして、彼が『愛を司る天使』などという、実物の性格とは真逆の誤解を受けたのかはわからないが、物語を読み終えて感動しているアリアネルには些細な問題だ。

 

(パパも、正天使と人間の愛を応援してあげようって思ったのかな――!?だったら、すごく嬉しいな……!)


 もしそうだとしたら、彼は、自分に向けられる“愛”はよく分からなかったとしても、他者が種族を超えるほどの真剣な愛を育むことを認めてやったことがある、ということだから。

 それはつまり、いつか、自分に向けられる“真実の愛”にも気づくことができるようになる、という予兆ではないだろうか。


(そうしてゆくゆくは、初代正天使のように、パパ自身も誰かに“真実の愛”を向けることが出来るように――)


 トクトク、と幸せな音を立てて、未来への希望に心臓が少し早くなる。

 その”誰か”が自分であればいい――と思わないとは言わないが、贅沢は言わない。

 対象は、自分でなくてもいい。見知らぬ誰かでもいい。――自分が生きている間でなくても、いい。


 心は温かなくせに、不器用なまでに冷たく振舞うことしかできないあの孤高の王に、いつか、誰かに己の温もりを与えたいと思えるような日が来るなら、それはきっと、彼にとっても幸せなことだろうから。


 ――結局、「一体どこで油を売っているのか」と、正門に迎えに来たゼルカヴィアから苛立ち紛れの伝言メッセージが届くまで、アリアネルは何度も何度も絵本を読み返すのだった。


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