062 幼女、運ばれる
「えと、ほのかちゃん、たすけてくれてありがとう」
なぜここにいるのか分からない夜の浜辺、自分の砂だらけの体、そして目の前の穂乃香と、わずかなヒントから『森の人』の件を思い出したみどりは、今度もそうなのだと理解した。
そうして、今回も頑張ってくれたのであろう大好きな友達にお礼を言う。
もっとも、お礼をされた本人は、ノリノリでなりきっていた姿を見られた恥ずかしさで、未だに戻ってきていなかった。
さすがにいつもと違う穂乃香に、みどりは困った顔をするが、それでも泣き出さなかったのは、この不思議な状況に置かれたのが二度目だったからかもしれない。
その後、冷静さを取り戻したみどりに気遣われている穂乃香、という本来の立場が逆転したと言ってもよい、思ってもいなかった光景に、ややあって駆け付けたゆかりは思わずバカな想像を口にしていた。
「もしかしてですが、みどりさんと穂乃香お嬢様の中身が入れ替わったとか……ですか?」
ゆかりの問いに、未だ恥ずかしさの海でもだえる穂乃香の代わりにみどりが答える。
「ううん、みどりはみどりだよ! ゆかりおねえさん!」
「え、あ、そうです……よね。では穂乃香お嬢様は?」
みどりの言葉に自分の発言が穂乃香に毒されておかしくなっていると自覚しながら、ゆかりは未だ返ってこない穂乃香を見た。
「えーとね、ほのかちゃん、なんかへんしんしててね、それからね、ふわーってあかいきらきらがでてね、そこからほのかちゃんがでてきてね……」
言いながらみどりは首をかしげる。
みどりも口にしてみて分かったことだが、穂乃香が固まってる理由はよく分からなかった。
「ほのかちゃん、がんばりすぎて、つかれちゃったのかな?」
ゆかりは、みどりの言葉でようやく彼女のネグリジェが砂で汚れていることに気が付く。
「ああ、そうでした、お話はあとにして、まずはお風呂に行きましょう」
ゆかりはみどりの前で屈むと、そう言って微笑みかけた。
だが、みどりとしては身を挺して守ってくれたであろう穂乃香をそのままにはできない。
「でも、ほのかちゃん……」
みどりから気遣うような視線を向けられて、ようやく我に返った穂乃香はわたわたと手を振り始めた。
「あ、ごめんね、ちょっと、ぼーっとしてた!」
「ほのかちゃん!」
ようやく元気に動き出し喋り出した穂乃香の姿に安心して、みどりはほぉーっと大きく息を吐く。
「穂乃香お嬢様、みどりさん、お話はあとにして、一度ホテルに戻りましょう」
「あ、うん……って、ゆかりさん!?」
「何ですか、穂乃香お嬢様?」
今更ゆかりに気付いた穂乃香が驚いた声を上げるが、直前までの穂乃香が体調や精神の不調でないと判断したゆかりは、もうすでに普段通りの対応に移行していた。
何しろ羞恥心で穂乃香がフリーズするなど、ほぼ横にいるゆかりからすれば『またですね』と言わんばかりの日常茶飯事なので、気にする必要がないと簡単に判断できる。
それよりも、体調や目に見えない怪我などを確認するためにも、それなりの設備があるホテルに向かうことの方が急務だった。
そのせいか、妙に目に力の入ったゆかりに、穂乃香はたじろぐ。
「いや、あの、気付かなかったというかですね……えーと?」
「そうでしょうね。フリーズしてましたから」
うんうんと頷きながら、手慣れた手つきで穂乃香の背を押してホテルへと歩みださせるゆかりは、ついでみどりにも手を伸ばした。
「さあ、みどりさんも……」
ゆかりが言いながら手を伸ばしかけたところで、バシャリと大きな水音が響く。
反射的に振り返る、穂乃香と、ゆかりが視界にとらえたのは、ふわりと宙に浮く水でできた人型だった。
「うそっ」
穂乃香の発したたった一言に、今事態を収めたばかりなのにという思いと、ゆかりの目がある今どうするかという戸惑いと、そして、残りの魔力が乏しいという思いの全てが籠る。
一方で、穂乃香とみどりを守るべく動き出したゆかりに迷いはなかった。
「エリー、緊急です。特殊班を……」
無理やり穂乃香とみどりを左右それぞれの腕で抱え上げて、ゆかりは服の襟元に仕込んである通信機で指示を出しながら砂浜を駆け上がる。
だが、ゆかりの前方を塞ぐように、砂の間から噴き出した水が壁となって現れた。
「ゆかりおねえさん!」
左脇に抱えられたみどりが驚きで声を上げる。
「無理な動きをしますので、舌を噛まないように口を閉じていてください」
言うなり、水壁に突っ込む寸前で直角に向きを変えて、一目散にホテルの下まで続く森へとゆかりは駆け出した。
その間、右脇に抱えられた穂乃香は、新たに出現した水の人型から視線を切らさないように、せわしなく頭を動かす。
「待って、ゆかりさん! なんか変な動きをしてる!」
「変とは?」
ゆかりに尋ねられて、咄嗟に魔法を使おうとしてると言いかけて、穂乃香は言葉を詰まらせた。
(え、と、魔力が集まってるからだけど、え? これ、説明できない!?)
「穂乃香お嬢様?」
黙り込んでしまった穂乃香に声をかけるゆかりだが、水の人型と距離を取らんとする足は止まらない。
そうして、間もなく森へと踏み込まんとしたところで、ゆかりの走る先に突如として、海の上に浮かんでいた水の人型が出現した。
「瞬間移動ですか!」
忌々し気に零しながら、一歩踏み込んで、ゆかりは足を止める。
対して水の人型は、ゆるりとした動きで口を開いた。




