婚約破棄ですか? 借りた土地はしっかりと元に戻しますのでご心配なく
数ある中から作品を選んでいただきありがとうございます!
「アンネリース、君との婚約は破棄する!」
「ちょっと、こんな人前で!?」
カフェテリアで大声を出し始めるので何事かと見ていたら、“婚約破棄宣言”を受けた。
言葉も出ないまま呆然と立ち尽くしていると、周りからざわめきたった。
「オスカー様、別室へ……」
「ここで話せないことでもあるのか」
妙に胸を張ったオスカー。
「はい、あなたにとって──」「アンネリース、聞け」
元婚約者はアンネリースの言葉にかぶせてくる。
なんとベルナデッタ嬢と浮気していた事が発覚した。
扇で口元を隠して目を伏せるベルナデッタ。
(なんだか悪びれている風ですわ)
「ごめんなさいね」としおらしいベルナデッタ。
「いえ……」と今までの労力を考えたらちょっと謝ってほしい気分になったアンネリース。
だが、この話が有耶無耶になる方が怖い。
婚約破棄という言葉を受けて、一度に色んなことを考えようとした。
オスカーの浮気と貸した物、金品、技術者、魔導師やその他諸々──。
それから慰謝料。
──この時すでに、アンネリースは“別れ”ではなく“清算”を考えていた。
「オスカーさま、婚約破棄の件、同意の方向でお話を進めさせていただきます。ここでいいのですか?」
「良かった! ここですぐに話を進めよう」
アンネリースの言葉に顔が緩むオスカー。そのあからさまにほっとしている様子はアンネリースの血圧上昇に一躍買っていた。
「まず貸したお金ですが──」
「だいたい、婚約者だったんだしさ。アンネ、俺たちは“身内”だろ?」
深呼吸しても、怒りは収まらない。
(こんな時になってもアンネなんて親しい呼び方、いい加減にしてほしいわ)
「オスカーさま、慰謝料はいくら頂けますか?」
「最後まで可愛くない女だな。俺はお前に土地を貸しているんだぞ。慰謝料なんてない。こっちが利息を貰いたいくらいだよ」
アンネリースは頭に血が逆流したかと思ったら真っ白になった。
どうすることもできずに目を瞑る。
(絶対に許さない……)
震える拳に怒りをぶつけるように、強く握りしめた。
少し経つとようやく熱いものが収まってきた。
(人間、怒り過ぎると逆に冷静になるものなのね)
「心が狭くてすみません。すべての金額を合わせますと、平民の一軒家どころか、小さな屋敷が二つ建つ金額なもので」
「えっ? どういうとこだ?」
オスカーだけではなくベルナデッタとカフェテリアの学生も言葉を失った。
* * *
「まずオスカーさまから借りていたマスロウの土地についてですが、しっかりと原状回復いたします。よろしいですわね?」
「現状⋯⋯回復? なんか、良さそうだな」
(もしかして原状回復を理解していない? まぁいいわ。話を続けましょう)
「今すぐ書面で」
「分かった……これでいいだろ」
オスカーはザール家の長男だったこともあり、男爵から一部の土地を任されていた。
アンネリースは計画していた事業の話を持ち上げる。
『それなら、俺の土地貸してあげるよ。無償で』との言い草も気に入らなかった。
それなのに、勝手に話を進められてオスカーの土地で始めることになったのだ。
(納得はしていないけど近い将来結婚してザール男爵家の人間になるから⋯⋯)と無理やり気持ちを押し込めたのだった。
それは魔力の実の改良計画だった。
具体的な実験段階にあり、それに関わる村ごと移動となった。
(フォルクナー領にある自分の土地でやるのより三倍以上の手間と費用がかかったのよ。慰謝料に乗せようかしら)
ようやく初めての収穫を終えたばかり。
三年の月日を経て畑も民家も十分でき上がり、村は町へと成長した。
アンネリースは自腹で町ごと自分の土地に移動させると説明した。
「元々何もなかった土地ですから何もない土地をお返しいたしますわね」
オスカーは狼狽している。
ようやく事情が飲み込めたようだ。
「まっ待ってくれ! 魔法の実はもうザール領の新しい一大産業じゃないか。話が違う、現状のままじゃないのか?」
「⋯⋯私は“原状回復”と申しましたが?」
「げんじょう回復ってなんだよぉおお!?」
「ちなみに屋敷二つ分の価値と算定しています」
(そんなに取り乱してももう遅いわ)
「魔法の実はオスカー様の功績じゃなかったんだ」「屋敷二つ分ってすごい金額」とひそひそ話し始める学生たち。
オスカーは頭を掻きむしり言葉を探している。
オスカーの反応をよそに話を続けるアンネリース。
「次に──」
結果として、アンネリースが貸したお金や宝石などはすべて合わせると、平民の一軒家を超える金額だった。
そこに利息を乗せた金額を提示する。
「もうやめてくれ、そんな金額あるはずがない! 俺は生きていけなくなる。助けてくれ!」
蒼白になったオスカーにアンネリースはとびきりの笑顔を向けた。
「駄目だったらあなたの思い人のベルナデッタ・グレースさまに借りてはいかがでしょうか?」
突然、話を振られて目を見開いたベルナデッタ。
「あ……私はちょっと用事を思い出して……失礼いたしますわ」
ぎこちない動きでカフェテリアの出入口に向かうベルナデッタをオスカーは切実な目で見送る。
「嘘だろ……愛してるは嘘だったのか!?」
(そのままお言葉を返したいくらいですわ。私が農民と泥だらけになっているのを高みから笑っていたくせに)
「オスカー様、私いつまでもお待ちしておりますわ」
アンネリースの言葉に光を見出すオスカー。
「アンネ……やっぱり俺にはアンネだけだ」
ゾンビみたいに足取りの不確かなオスカー。
「全額支払ってもらうのをずっと待っていますから」
アンネリースは算盤を弾く。
「細かい金額は出せませんが、慰謝料込みで見積もりはざっとこんな感じ。端数はおまけいたしますわ」
アンネリースは言い切った。心が空っぽになったような感覚だった。
胸につかえていた言葉と想いはすべて明るみに出た。
混乱と戸惑いが渦巻くカフェテリアでアンネリース一人だけが穏やかな感覚を思い出していた。
オスカーはその総額を見て、声にならない叫びを上げた。
「こんなの一生払えねえよぉお!」
「そしたら強制労働でもしてください。良さそうなところをご紹介いたしますわ。海、鉱山、火山、魔森──」
後日、お互いの両親を交えて正式な書面を結んだ。
オスカーの両親からは重く受け止めた謝罪をもらい、慰謝料を加えた総額で支払う計画を立てた。
期間は二十年。
ザール男爵から懇願されたのだった。
* * *
「皆、急に引っ越しになって本当にごめんなさい」
アンネリースは街長に笑顔で近づく。
そこはオスカーから借りていた土地から引き上げて出来たばかりの街。
魔力の実は高品質で価値が高い。
「アンネ様、詫びの言葉なんて私たちにもったいないですよ」
「そうです。むしろ生活は随分良くなりました」
「アンネ様、私の作った毛糸の髪飾りを良かったら受け取ってください」
街の人たちが集まってくる。
この三年間、濃い時間を過ごした人たち。
魔力の実の発見からになると年月はもっと遡る。
この二年の間に実の品質を急上昇させることに成功した。
そして、王城に献上する機会をついに得たのだ。
「アンネ様、いつ王城に行くんですか?」
「もうすぐよ」
アンネリースは髪飾りを指先で整え、空を見上げた。
もう、後ろを振り返る必要はなかった。
[補足情報]
原状回復とは、部屋の賃貸契約の際に、本来あるべき状態に戻すことです。
今回のお話は土地に転用してみました。
誤字脱字がありましたら、ぜひご連絡ください!
[追記]
王城の報せを持ってきたのは、実は宰相の御嫡男。既にアンネリースはロックオンされているのですが、それはまた別のお話。
→お話作りました!
異世界恋愛短編『浮気した婚約者を算盤で追い払ったら、宰相の息子にロックオンされました「人生は割り切れないね」ですって!』(N5590LQ)を投稿しました。
ちなみにアンネリースがなぜ自腹で土地ごと持っていったのか理由を書いています。
1/18(土)朝 日間総合63位、日間ヒューマンドラマ8位ありがとうございます!




