60.その後の顛末
侯爵家のひとつが取り潰し、その夫人と深い親交があった家の女性数人が修道院に入り、いくつかの家が王宮の居住区から撤退して領地謹慎になったという話は、そこかしこでひそやかに、けれど頻繁に囁かれていた。
ある者は眉をひそめて不快気に。
ある者は嘲笑と侮蔑を込めて喜びを押し殺し。
ある者は静かにため息を吐きながら。
ここしばらく、王宮の中では人と人が顔を合わせて口を開けば、その話ばかりである。
事が発覚し、解決したあとに警戒しても仕方ないとは思うけれど、私やラプンツェルの周辺もしばらくの間人と会うには多くの手続きを必要とすることになった。
まあ、お城の中にいた貴族が人の命を生贄に魔術を行っていたなんて、大問題だ。警戒することに遅すぎるということもないのだろう。
「伯父さんには迷惑かけちゃうかも」
「仕方ないわ。人間には人間の事情があるもの。巣が壊滅するような騒ぎになる前に悪いところを切り取るのは、悪いことではないしね」
アリバイ作りに協力してくれたお礼を言いにマルグリットの元を訪ねてお茶とお菓子をいただきつつ切り出すと、マルグリットは寛容に、というより結構どうでもよさそうに言った。
私も悪いことをしたとは思っていないので、迷惑をかけて悪かったとは言わないけれど、それでも伯父さんにとっては頭の痛い事態だろう。
あの後、私たちの拉致現場に踏み込んだ騎士団はその建物を所有する商会から芋づる式に御用商人として取り立てていた侯爵家を特定し、侯爵夫人によって行われていた交霊会と称するまじないのたびに若い娘が生贄に捧げられていたことまで一気に特定した。
これは、王宮近衛師団を率いていたのが王族であるパパだったからということもあるだろう。言うまでもなく侯爵家は高位貴族だし、なまじっかな権力では調査の手は止まっていたかもしれない。
「人の命を魔力代わりに使うなんて、人間の考えることって悪趣味ねえ」
それには完全に同意なので、両手でだいぶ冷めたミルクティの入ったカップを包み込んで、こくりとうなずく。
地脈からくみ上げる純粋な魔力に比べれば大した量ではないにせよ、かつて強い感情でラプンツェルが呪われたことがあるように、人の意思や魂は強い力と互換性がある。
魔素を操るのは魔法使いレベルでなければできないことだけれど、命を燃料にすればラップ音や多少の温度の操作、呪いを発動させる程度のことは人間にもできる。
魔素は便利だけれど、薄いそれを大量に集めて利用できるのは、地脈の力を利用し魔力に変換できる魔女か、生まれつき魔力を多く持って生まれた一部の人間だけだ。その点魂は魔素をぎゅっと固めた濃密なエネルギーのようなもので、少量でもやりようによっては大きな効果をもたらすことができる。
そして魂を扱うには、対象と似たような条件――年齢や性別、容姿、できれば血縁者を使う方が成功率が高い。
初めは侯爵夫人の早くに亡くなった姪の魂を呼び寄せるためだったので、被害者は可能な限り育ちのいい若い娘に限定されていた。
今は騎士団の監視下にある侯爵夫人は、そんなことになるとは思わなかった。自分はただ霊媒師に報酬を渡していただけで何も知らないと言い続けているらしい。
その霊媒師はほんの数日前に交霊会の最中に卒倒したまま目を覚まさなくなってしまったらしく、それを証明する証言も得られないままだという。
それでも、彼女の望みで多くの少女を犠牲にしたのだ。
最終的に貴族の責任として、毒杯を賜ることになるだろうということだった。
「人間の魂を呼び出すなんて、危ないことをするわよねえ。全然別の魂が来たり、呼び出す魂の力が生贄の魂と釣り合わなかったら、その分自分の魔力と、足りなければ生命力も吸われることになりかねないのに」
「魂って個人差がすごいもんね、まして対象が貴族なんて、おっかないよ」
人間の魂はすごく強いけれど、同時に個々人によってその強さというのが極端に違っていて、魔力を行使することができる人間は大抵、魂の持つエネルギーが多いものだ。
身近な人で例えるなら、エレナの魂を呼び出すより魔術師であるゾフィー先生の魂を呼び出すほうがずっと大きな力が必要になり、用意した力が足りない場合は術者の魔力や生命力を消費することになる。
そして貴族は、魔法の素養を持つ人が多い。要するに呼び出す魂の強さを推し量りにくい。
魔女のように地脈からほぼ無尽蔵に魔力を吸い上げることができるならともかく、限られた魔力しかない身でそんなバクチみたいな術なんて、今の私でも怖くてやりたくない。
「もしかしたらちゃんとした交霊術じゃなくて、適当にそれっぽく演技していたのかも……でもそれじゃ、生贄なんて危ないことはしないかな」
「それっぽいことでいいなら、魔素を使えば簡単にできるのに、わざわざ魂を消費するなんて、なんでそんな面倒なことをするのかしらね?」
そう言ってマルグリットが人差し指をたてると、部屋のそこら中からパチパチと拍手でもするような音が響く。
簡単なのはわかるし、私も拉致されたときに似たようなことはしたけれど、やっぱり不気味だからやめてほしいものだ。
取り潰しされた侯爵家の領地と財産は没収、表向き、拉致に関しては侯爵夫人の「悪趣味」によるものとされ、被害者家族には十分な補償金を渡されることになった。
曖昧な結論に納得できない家族も多いだろうけれど、貴婦人たちの娯楽に魂を消費されたなんて真実を知らせるのは、あまりに残酷だと私も思う。
時間が彼らの無念を癒してくれることを祈るしかない。
今回のことで王侯に対する庶民の印象はかなり悪化しただろう。それも問題だけれど、宮廷は宮廷でごたごたするのも目に見えている。
というのも、今回処分されたメディロ侯爵家を筆頭に、関わっていたのは全て王統派の貴族だったからだ。
幸い私の世話係たちの実家は無関係だったけれど、王統派、つまり王家を強く支持している複数の家の権威の失墜は派閥の弱体化につながり、対抗派閥である議会派の台頭は免れないだろう。
王統派も議会派も、バランスが大事だ。しばらく国内政治が荒れるのは目に見えていた。
平民の中から王族や貴族は不要という気風が起きかねないうえに、統治側もまとまらずグラグラしている。案外革命なんて、こんな時に起きるのかもしれない。
「まあ、今日明日に内乱に突入なんて極端なことにはならないと思うわ。ルイかあなたのパパが、議会派から何人か番を迎えればすぐに落ち着くと思うけど」
「どっちもなさそうだよね」
伯父さんもパパも妻はひとりでいいと宣言しているし、パパに至ってはすでに次期女王がほぼ内定している私がいて、これからラプンツェルとの間に子供も生まれるという状況だ。
今の時点で一番いいのは伯父さんが議会派の貴族から三人くらい奥さんをもらって、その奥さんとの間に男の子を作ることなんだろうけれど、それはそれで長期的に見れば現王の正式な王子を差し置いて王弟の姫が次期国王という内部分裂を起こす可能性もある。
あまり直接会う機会はないけれど、五年も親族をしていると伯父さんがどれだけマルグリットを愛しているかはさすがに分かる。マルグリットが興味を示した赤ん坊だった私にもうっすら嫉妬を含んだ目を向けるほど、ちょっと怖いくらい、伯父さんはマルグリットのことが好きなのだ。
パパも赤ん坊の私と婚約の話が出たクリスに張り合うようなところがあったので、愛が重いのは兄弟でよく似ているかもしれない。
「もしかしたらあなたが何人か、国内から夫をとることになるかもね」
「ええ……」
そりゃあ王様はよその国の王族から正妃を、国内貴族から第二妃や第三妃を迎えるのがリッテンバウム王国の王族あるあるらしいけど、女王の伴侶は王配ひとりと決められているはずだ。
いや、単に複数の夫を持つ女王がいなかっただけで、国法かなんかで決まっているわけではないかもしれないけど、私は何人も旦那さんを欲しいとは思わない。
「どの生き物も女王は夫を複数持つものだし、別にいいじゃない」
「よくないよ、全然」
「まあこれからあなたの弟か妹も生まれるんだし、そっちでもいいかもしれないわね」
伯父さんもパパも新しい奥さんをもらって結束を強めるという方法をとる気がない以上、次世代に期待……つまり私か、これから生まれてくる弟妹にってことになる。
全く考えていなかったけれど、マルグリットが言ったようなことを考えている貴族はたぶんそれなりにいるんだろう。
「私、旦那さんはひとりでいいかな……」
「まあ、あなたが十五人くらい生むという手もあるじゃない。それなら全員が一人と結婚しても十五家は引き込めるわけだし」
他人事だと思って無茶苦茶なことを言ってくれる。
「はぁ……まあ、なるようにしかならないかぁ」
この世界に人間として生まれてからこちら、ままならないことはたくさんあった。
そのたびに使える手段をあれこれツギハギにしつつ何とかしてきたのだ。これからもきっと、そうだろう。
マルグリットほど無関心にはなれないけれど、私の関心の大半はパパとラプンツェルと、後は身の回りにいる数人に大きな災いがなく幸せに暮らしてくれることに向けられている。
お姫様で魔法使いで、ちょっと魔女の私なら、きっとなんとかなるだろう。
生粋の魔女と昼下がりのお茶を飲みつつ、できるだけ楽観的に、そう思うことにした。
ここまでが第三章となります。
第四章開始までしばらくお休みをいただきますが、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。




