目の前で親友に幼馴染が寝取られそうになっていることに絶望して絶叫してたら、騒ぎを耳にした親友の母親が部屋に来て空気が凍り、この世の全てが地獄です
「あんあん 気持ちいいよー」
なんだ、これは。
とある土曜日。目の前で行われてる信じがたい行為に、俺こと初小岩実は未だ覚めきらぬ意識のなかで驚愕していた。
「路夏、だよな……お前……なんで……津太郎に、抱かれて……」
そこには俺の幼馴染にして彼女である、瀬谷路夏と親友である宇場津太郎が裸で抱き合う姿があったのだ。
「へへ、なんだ。まだ意識が戻ってないのかよ。相変わらず間抜けだなぁお前はよ」
「う、うぅ、ど、どうして……一体、なにが……」
身体がびくとも動かない。視線を下げると、俺は椅子かなにかに縛り付けられているようだった。椅子事態も何らかの方法で固定されているのか、軽くゆすってみてもびくともしない。
「く、くそ……」
「へへっ、無駄無駄ぁ。接着剤でガッチリ固定してあるからなぁ。逃げ出すのは無理だぜぇ実」
「津太郎……なんでこんなことを……」
「まずはよぉく思い出してみろよ。なんでお前がここに居て、そして縛られるようになことになったのかをよぉ!」
「くっ……」
津太郎に言われ、未だズキズキと痛む頭でどうしてこうなったのかを必死に思い出していく。
確か全ての発端は、津太郎に家に遊びに来ないかと誘われたことだった。
友人である津太郎からそういった誘いを受けるのは珍しいことじゃなかったし、俺はなにも疑うことなくやつの家までやってきたのだ。
チャイムを押したら津太郎の母親であるおばさんが快くドアを開けてくれて、あとは勝手知ったる我が家の如く二階に上がり、津太郎の部屋に入った。そして……。
「そうだ。俺は誰かに後ろから殴られて意識を失って……」
「そう、罠とも知らずのこのこやってきたお前を俺がぶん殴って、用意していた椅子に縛り付けたってわけ。全てはこの計画のためにな」
「計画……? 一体なんの……」
「相変わらず察しが悪いやつだなぁ。そんなの決まってんだろ! お前の前で俺が路夏を寝取る計画だよ! 俺はお前のことが、ずっと嫌いだったんだ。俺の路夏を取りやがってよぉっ!」
「! お前、もしかして路夏のことを……」
「ああ、そうさ。今日までどんなに耐え忍んできたことか……だがな、もう我慢なんてしなくていいんだ。俺はこれから、お前の前で路夏を寝取る! お前はその瞬間を余すことなく見届けることになるんだよ! 実ぅっ!!!」
下衆としか言いようのない言葉を吐きながら、親友が嗤う。
その声には、確かに明確な悪意が込められていた。
「あのー、盛り上がってるとこ悪いんだけど、津太郎くん。もういい? ヤるなら早くしようよ。ぶっちゃけ身体冷めてきてるし、割とテンションも下がってきてるんだよね」
「え? お、おう。そうだな。やるか!」
津太郎は嬉しそうに笑うし、俺に対する情など微塵も感じ取ることは出来ない。
路夏だって同様だ。恋人である俺が目の前にいるというのに、津太郎に抱かれることにまるで抵抗を感じていないように見える。
「じゃ、じゃあどうする? やっぱまずはローションとか……」
「あのさ、津太郎くん。私、今身体冷えてきてるって言ったよね? ローション使おうとか、馬鹿なの? 話聞いてる? ちょっとエアコン付けようとか、そういう気遣い出来ないわけ?」
「え、あ、お、おう。ご、ごめん……」
未だ頭はもうろうとしていたが、気安いやり取りをしていることから彼女はもはや親友だと思っていた男に陥落しきっているのだと分かってしまった。同時に理解する。
「えっと、温度は28度くらいでいい?」
「ちょっと高い。26度くらいで。あと、部屋乾燥してない? 加湿器も付けてよ。飲み物とか準備はしてる?」
「あ、ご、ごめん。そっちはなにも……」
「ちっ、つっかえな……」
俺はこれから目の前で恋人を寝取られるのだ。それも、長年の親友に。
俺は恋人に裏切られたのだ。長年の幼馴染で、初恋の相手に。
「あ、ああああ……」
全身が震える。絶望が襲いかかる。
これが、これが寝取られ。これが、恋人を奪われるということなのか。
脳が破壊される感覚で、心が壊れそうになる。いや、既に壊れてしまっているのかもしれない。
「うわああああああああああああ!!!!!」
絶叫とともに、俺は椅子から立ち上がろうとした。
もうこれ以上、この光景を見ていることなんて出来ない。
「うわああああああああああああ!!!!!」
だが、現実は非情だった。俺を縛っているロープが身体に食い込むばかりで、到底脱出することなんて出来そうにない。
「ようし。と、とりあえず準備完了だ。ヤることヤらせてもらうぜ実ぅっ! よく見ておけ実ぅっ! 俺がお前から路夏の寝取りを完了する瞬間をなぁっ!」
「うわああああああああああああ!!!!!」
俺の名前を叫びながら、路夏を抱こうとする元親友。
俺の心はこの瞬間、粉々に砕けてしまった。きっともう、二度と立ち直ることは出来ないだろう。
それほど心に深く傷を負ったのだ。激しい絶望感に襲われながら、俺はそれでもなんとか目の前の行為を止めようと――――
「あ、あれ?」
したのだが。何故か津太郎の様子がおかしかった。
「なに? どうしたの津太郎くん。ヤるならさっさとしてよ」
「うわああああああああああああ!!!!!」
「い、いや、それがその……なんか、勃たなくて……」
「はぁ?」
「うわああああああああああああ!!!!!」
「お、おかしいな。こんなはずじゃ……」
「ちょっと、勃たないってどういうこと?」
「うわああああああああああああ!!!!!」
「ち、違うんだ。別に路夏に魅力がないって言ってるんじゃなくて。ホラ、人前でヤるとか、初めてだから。多分、緊張しちゃって……」
「はあああああああああああああああ!!??」
「うわああああああああああああああ!!!!」
「お、怒らないでくれよ。そんな顔されたら、ますます勃たねえって!」
「いや怒るに決まってるでしょ!? そもそも私は嫌だって言ったのに、強引に話進めたのは津太郎くんじゃない!? ネ〇ミシーのパスポートとホテルに連泊出来るって言うから仕方なく乗ってあげたのに、肝心な時に勃たないとか、ふざけてんの!?」
「うわああああああああああああ!!!!!」
「ふ、ふざけてないって! 俺だって真面目にやってんだよ!」
「そんなこと言って、実際ヤれてないじゃない! これじゃ私脱ぎ損じゃん! っていうか、実さっきからうるさいんだけど!? もしかして勃たないのそのせいなんじゃないの!?」
「あ!? そ、そうかも!? ヨシ、実には悪いけど、向こうをむいててもらうか!」
「うわああああああああああああ!!!!! 粗末なモンブラブラさせて近付いてくるんじゃねええええええええええ!!!!! それじゃ本末転倒だろうがああああああああああ!!!!!」
もうしっちゃかめっちゃかだ。
裸の津太郎が近づいてくることに先ほどとは違う絶望感を抱きながら、俺は思わず目を閉じ——
「もう、さっきからうるさいわよ貴方たち。なにしてるか知らないけど、お菓子を持ってきたから食べ……」
次の瞬間。バタリと背後の扉が開く音がした。
そして聞こえてきたのはつい先ほど話したばかりの、津太郎のおばさんの声。
それも途中で不自然に止まり、わずかに遅れてなにかがガシャンと落ちる音が耳に届く。
そしてまるで一種の音楽のように連鎖して聞こえてきた音が、空気が、部屋の全てが停止した。
(ああ、そういえばおばさん家にいたんだっけな……)
思わずそんな現実逃避じみたことを考えてしまったのは、この状況に至っても逃げ出すことが叶わず、この場に留まることしか出来ない諦め故だろうか。
必死で目を瞑り続けてはいるものの、空気があまりにも重い。重すぎる。
誰も声を出せず、身じろぎすら出来ない時間が永遠に続くかのように思えたが——
「あ、貴方たち、どうして裸なの。一体なにを……」
「マ、ママ。これは「おばさん、助けてください! 私たち、津太郎くんに監禁されて無理矢理襲われそうになっていたんです!」ってえええええ!!??」
声を震わせながら問いただそうとしてくるおばさんに弁明しようとした津太郎を遮り、路夏がとんでもないことを言い出した。
「ろ、路夏ちゃん。ど、どういうこと。津太郎が、うちの息子がなにをしたの!?」
「うぅ。ナニをしようとしたかなんて、私の口からじゃとても……ただ、嫌がる私を無理矢理脱がせた挙句、襲い掛かろうとして……でも、メインディッシュは後だとか言い出して、まずは親友の実を先にヤろうと……うぅ、これ以上は私の口からはとても……」
いや、全部言ってんじゃねえか。
しかも言ってること全部大嘘じゃん。コイツ、この状況で咄嗟に津太郎に全部罪おっ被せようとしてるのか!? とんでもないなこの女!!??
「ろ、路夏ちゃん。それ、本当なの? まさか、うちの津太郎がそんな……」
「うぅ。でも見てください。津太郎くんは裸で実の前に立ってるじゃないですか。あそこは勃たなかったけど……でも状況的に、どう考えても襲おうとしてますよね? ね?」
すげぇ路夏……めっちゃ保身に走ってるし。
まるでざまぁされる悪役みたいな見苦しいムーブだ。一部始終を知っている俺からすれば、肝が太すぎるとしか言いようがない。
「た、確かに……でもまさか、そんな……」
「うぅ。おばさんは、私の言うことを信じてくれないんですか? 貴方の息子に襲われそうになったのに……こんなのもう、警察に行くしか……」
「ま、待って! 信じる! 信じるわ! だからどうか、警察だけは……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよママ! 違うんだって! 本当は路夏だってノリノリで」
「黙りなさい! 津太郎アンタなにやってんの!? どう見ても状況的に貴方が悪いじゃない! しかも、路夏ちゃんだけじゃなく実くんにまで……そっちのケまであったなんて、母さん聞いてないわよ!?」
「い、いや、だってそんなこと普通言わな……じゃなくて! そもそも俺はノンケだから誤解が……」
「言い訳なんかしてんじゃないわよ! 私はアンタをそんなふうに育てたつもりは……」
…………なんだこれ。地獄か?
密かにガッツポーズを取る路夏。泣き出すおばさん。裸のままオロオロする津太郎。そして椅子に縛り付けられたままさっきとは違う意味で絶望する俺。
あまりにもひどすぎる絵面がここにあった。嘘。保身。罪の擦り付け。自己愛。罵倒といったこの世の醜さが全て詰め込まれていると言っても過言ではないだろう。
「欺瞞だ……全てが欺瞞に満ちている……」
現実から逃避するべく、俺はなにも考えない〇ーズ状態でこの場を乗り切ろうとしたのだが、それを阻むかのようにポンと肩を叩かれる。
「ねぇ実ぅ? ちょっとお願いあるんだけど、いいかなぁ?」
「ろ、路夏……お、お願いって……?」
「勿論それはぁ。口裏を合わせて欲しいってことだよぉ。このままだとお互いにとって都合の良くないことになりそうじゃない? だからちょーっと協力し合って、この場を乗り切ろ? ホラ、私も悪かったけど結局未遂だったし、セーフじゃない? 津太郎君が全部悪かったってことで、今回のことはチャラにしようよ。多分後で慰謝料みたいなものも貰えるだろうから、それで一緒にネ〇ミーシーにも行こ? ね?」
なんていい笑顔でとんでもなく邪悪なことを提案してくるんだこの女は。
これまでは本性を知らなかったとはいえ、こんな提案をされてはいと頷く男なんているはずがない。
「いや、そんなこと言われても……」
「本当は実に襲われそうになっていたって、言ってもいいんだよ? 実を取り押さえるために椅子に縛り付けたって言っても、多分今の錯乱しているおばさんなら信じてくれるだろうし」
一転、底冷えのするような声でそんなことを告げてくる路夏に、俺の中にあった熱が一気に冷めていく。
男はこういう時、あまりにも弱い。冤罪だと騒いだところで、この場に俺の味方はいないだろう。俺に罪をなすりつけられるとなったら、津太郎だって嬉々として乗ってくるに違いない。
結局、俺に残された選択肢はひとつしかなかった。
「協力、させて頂きます……」
「うん。それでこそ私の彼氏だよ♪ 津太郎くんとは全然違うね。一緒の部屋に泊まって、たくさん気持ちよくなろうね、実」
こんな状況で持ち上げられてもサッパリ嬉しくなんかない。俺はどこまでも無力だった。
「今からお父さんに連絡するから。家族会議開いて、全部報告しますからね」
「待ってよママ! だから誤解なんだって! 俺はただ、路夏を寝取ろうとしただけなんだよ!」
「じゃあ路夏ちゃんの言ってることはやっぱり合ってるじゃない! なにが誤解なのよ!」
「違くて! 過程! 過程が色々とさぁ! 信じてくれよおおおおお!!!!」
「寝取られって、やっぱり誰も幸せにならないんだなぁ……」
背後で繰り広げられる醜い争いと自分の今後。果たしてどっちがマシなのかと悩みながら、俺はやがて思考を手放すのだった……。
ちなみに後日。
「あの、路夏? 悪いんだけど、ちょっと俺のこと縛ってくれない? なんか癖になっちゃったみたいでさ……」
「え」
椅子に縛り付けられたことがきっかけで俺に新たな性癖が芽生えるのだが、それはまた別の話である。
最近残業と休日出勤で死んでいたのでリハビリがてら少し早いクリスマスプレゼントということで……多分疲れてるんだろうな、自分……
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