エピローグ
スマホから聞こえる運命の神の声は、喜んでいるようでどこか寂しげにも聞こえる。
『本当によくやってくれたね。運の神をとめてくれて、ありがとう』
「そ、そんな。神様からお礼を言われるようなことは……」
運の神というキーワードが気になったが、それを質問してもいいのか判断ができない。
『薄々感づいているとは思うんだけど……今回の一件はね、裏で運の神が糸を引いていたんだ』
意外という気持ちと、やっぱりと納得する思いが同居している。
あの小物感がある長宗我部一人の力で、ここまでやれるのか? という疑問は常にあった。
運の神の奇跡を悪用してきたのだろうな、という予想はしていたけど。
「運の神というと、運命の神様の従神ですよね?」
『……あの戦いで邪神側に寝返ってしまうまではね』
あの戦いとは大昔にあった邪神と主神の戦いのことで間違いない。
主神側が勝利を収めて、負けた神は邪神として地の底に封じられた。
『僕たち従神は戦いの余波で、地球に来てしまい力の大半を失った。生き延びるためにゲームを……という下りはもう話したよね』
「はい、以前聞かせてもらいました」
『互いに力を失った今なら腹を割って話せるだろうと、運の神と二人っきりで話し合ったことがあるんだよ。なぜ、我らの主神である月の神を裏切ったのか、ってね』
それは俺も気になるところだ。
自然の神のように邪神側が主神側に裏切るのは、戦況を見て有利な方に流れたとか、なんとなく理解は出来る。でもその逆は……。
『運の神は「私は幸運も不運も司る神です。故に人間に喜ばれることも恨まれることもありました。それでも神として振る舞ってきました。でもいい加減、人間に愛想が尽きたのです。幸運に感謝するのは一時。不運に嘆くのは一生。それが私の関与しない運であっても」そう言って寂しそうに笑ったんだ』
運の神の言いたいことは理解できる。
宝くじに当たる、運よく事故から生還する。そういった人はその瞬間は神に感謝するかもしれない。
だけど、感謝の気持ちはすぐに忘れてしまう。毎日、自分の得た幸運に対し、感謝して生きる人がどれだけいるのか。
そのくせ都合の悪いことがあると、「運がなかっただけ」「俺のせいじゃない」とその現実を認めずに不運のせいにする。……就活に失敗したときの俺のように。
『僕が何を言っても聞く耳を持ってくれなくてね。「だったらもう、いっそのこと邪悪な神として振る舞った方がスッキリする」なんて言って、考えを改めてくれなかったんだ。僕が人間は捨てたものじゃない、って説得すると「じゃあ、このゲームで証明してください。私が見限った人間の輝きを」なんて返されてさ。そこで僕は運の神に見せつけるために……良夫君を利用したんだ』
暴露話に驚くよりも納得した自分がいる。
こんな男を運命の神のプレイヤーとして選んだ理由。
ダメ人間を更生させることで、人間の可能性を見せたかった。ということか。
『立ち直った良夫君を試すために、運の神は自分のプレイヤーである男を利用した。人の醜さを体現したような欲まみれの男だから、都合がいいってね。そこからは、恋の神の力を借りて彼を精華ちゃんに惚れさせて、良夫君に敵対するように仕向けた』
人知を超えた強運があれば、それこそ宝くじでも株でも思いのままだろう。運の神のプレイヤーである長宗我部が、大金持ちになるのは簡単だったはずだ。
そうやって資金を得た長宗我部は会社を興して成功者となり、精華へとちょっかいを出した。神々の手のひらで踊らされてるとも知らずに。
あの異常なまでの精華への執着は、恋の神の力によるものだったのか。……それを知った今は、長宗我部にも少し同情してしまう。
「つまり、俺と長宗我部は、運命の神と運の神に利用され代理として争っていた、ということですか」
『うん……ごめんね。今更こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど、僕は良夫君を信じていたんだよ。キミなら運の神の曇った眼を晴らしてくれるんじゃないかって』
神の言うことが本音かどうかなんて、人間の俺に見抜けるわけがない。
だけど、信じたいと思った。
俺を更生させてくれたのは《命運の村》だ。そしてそのゲームを送ってくれたのは運命の神。
騙されているとしても、今の俺があるのは神のおかげ。恨んだり、疑う必要がない。
「わかりました。話してくれてありがとうございます。スッキリしました」
『良夫君、怒らないのかい。僕はキミを利用していたんだよ?』
神でありながら、怯えたようなおどおどした声で話しかけてくるのが、ちょっと面白い。
「感謝することはあっても怒るなんて、あり得ませんよ。むしろ安心しました。ずっと貰ってばかりでしたからね。少しでも返せたのなら、嬉しいぐらいですよ」
自分を立ち直らせてくれた、この《命運の村》を送ってくれたことに比べたら、まだ一割も恩を返せていない。
「こんな質問しなくても俺の本心がどうかなんて、神通力みたいな不思議な力でわかるのでは?」
『こっちに来てから、そういう力をほとんど失ってね。それに、前回の穴を塞ぐのでみんな残りの神パワー結構使っちゃって。聖書を媒体にしないと、ただの一般人に毛が生えた程度なんだよ』
北海道で会ったときに神秘的なオーラを感じなかったけど、あれは隠している訳ではなくて素でそうだったのかもしれないな。
『力を失い人に近づいたことで、僕たち神は初めて本当の意味で人を理解できるかもしれない。どれだけ言葉で取り繕っても、高みにいる者は弱者を認めずに見下し、対等に扱うことはないからね。神も人も大差ないんだ。間違っても停滞しても、変われるし、やり直すことは可能なんだって。それを運の神もわかってくれるといいんだけど……』
その声は慈愛に満ちていた。
失礼かもしれないけど改めて、ああ、神様なんだな。と思わせてくれた。
「変われるといいですね」
『そうだね、うん。あっ、そうだ! 今回迷惑をかけたお礼をしないとね。何かして欲しいことはないかい? エッチなのはダメだぞ?』
「そんな恐れ多いこと言いませんよ! えっと、お礼ですか?」
予想外の展開になってきたな。
お礼、お礼か。う、うーん。神様からのお礼って想像も付かないな。
「ええと、漠然としすぎていて答えようがないのですが」
『それもそっか。何でも叶える……のは無理だね。ここは僕たちの世界じゃないし、神パワーほとんどないから。例えばゲーム内で何か権限が欲しいとか、現実で使える奇跡の数や種類を増やして欲しいとか?』
ゲームのこともOKなのか。となると、村のレベルを上げて欲しいとか、運命ポイントを大量にゲットとかかな。
現実で使える奇跡が増えるのも魅力的だ。今は天候を操る以外は使い道がないんだよな。
現実で使える運命の奇跡って『懐かしい人に会う』『運命の人と出会う』とかはまだ実用性がありそうだけど、『行商人がやってくる』みたいなのもあるんだよ。
試しに『行商人がやってくる』発動してみたら、訪問販売の人が来たというオチ。それ以来、そっち系の奇跡は使っていない。
『あとは……そうだ、良夫君の昔からの夢を叶えるってのはどうだい?』
「えっ? 夢って……もしかして」
『うん。ゲーム関係の仕事をやりたかったんだよね』
何で知っているんだ。と言いたくなったが、俺のことを観察していたらしいから、それぐらいの情報は手に入れていて当然か。
それにそう個人情報を簡単に調べられる奇跡を持つ神様、とかがいてもおかしくない。
「ええまあ。昔からの夢でしたけど」
学生時代はシナリオの勉強をしたこともある。就職活動中にダメで元々、ゲーム会社も何社か受けてみた。結果は言うまでもないだろう。
『だよね。だったらうちで働かないかい? ほら、うちもゲーム会社だよ!』
「…………ほえあいいいっ!?」
驚きのあまり変な声が出た。
今、この神様はなんて言ったんだ。俺を雇うってことか?
人間を神様のゲーム会社に?
『まずはデバッグを頼むと思うけどね。ゲームをしながら問題点を発見報告。あと違反しているプレイヤーを見つけてもらったりする仕事かな』
今とやっていることが、あんまり変わりないような。
『あれっ? 今とほとんど変わらないね』
神様も同じことを思ったようだ。
「ちなみに、ちなみになんですけど給料のほどは」
受けるかどうかも決めていないけど、気になる点を質問しておく。
『月収四十万に加えて、運命ポイントの購入額を半額にする社員割引実施! 更に在宅勤務可能! つまり、今までと同じように毎日ゲームを数時間やって、気になったことを報告するだけでいいから』
なんだこの、ネットでたまに見かける怪しい広告みたいな好条件は。
バイトを探すときに情報誌を読んだからわかる。こんな条件のバイトや正社員募集なんて存在しなかった。
こんなおいしい話は滅多にない。これが本当なら誰だって働きたいと思うだろう。
「ヤバいぐらい好条件ですね」
『だろー。一緒に働いちゃいなよ! あっ、良夫君が望むなら北海道の本社で働くのもありだよ。僕たちってさ腐っても神様だから、美男美女が多いんだぞ~』
やめて、その誘惑は俺に効き目抜群だから!
美男美女に囲まれてホワイトなゲーム会社で働く。ラノベや漫画でこういう設定見たことあるぞ。
魅力的すぎる提案。普通なら迷う必要のない申し出だ。
そう、普通なら迷う必要は……。
「すみません。本当に、とっても、かなり、後ろ髪を引かれるのですが、そちらへの就職はお断りさせていただきます」
『理由を聞かせてもらっても?』
気分を悪くするのではないかと身構えていたんだが、意外にも声が優しい。
俺の答えを予想していたのだろうか。
「それは……甘えすぎだと思ったからです。今でも周りに助けられて、頼ってばかりで、人と比べて楽な人生を歩んできています。そんな俺がこれ以上、現状に甘えたら……ダメな人間に戻ってしまいそうで怖いんです」
十年逃げに逃げて、甘えに甘えて生きてきた。
何もしないで生きていける人生の楽さを知っている。
だけど……空虚な日々の心苦しさも知っている。
もう二度と、あの状態の自分には戻りたくない。だからこそ、その可能性は潰しておかないと。
安易に楽な方に逃げたらダメだ。
俺は十年間ずっと休んでいた。これ以上の休憩時間は必要ない。
それに俺には今、やりたいことがある。
自分の過去の夢よりも大切な望みが……ある。
それを今回の一件で再確認した。
『そっか、残念だなぁ。良夫君と一緒に仕事ができたら楽しそうなのに』
「俺も残念です」
これがゲームなら、この選択前にセーブして両方の未来を体験するだろう。
だけど現実なんだ。俺がこれからずっとプレイするのはゲームではなく現実。
選んだら最後、もう一つの選択肢は消えてしまう。
『じゃあ、ゲームの方での特典を何か考えておくよ。また連絡するね。それじゃあ、本当にありがとう、良夫君』
「こちらこそ、誘っていただき、ありがとうございました」
そう言って通話を切った。
「これでいいんだよな。俺は間違ってないよな」
自分の決断に後悔はしていない。……ちょっとしか。
ぽんっ、と腕を誰かが叩いたので視線を向けると、ディスティニーがニヤリと笑ってこっちを見ている。
話に夢中になって忘れていたけど、そういやずっと近くにいたな。
何度も頭を縦に振る顔には、まるで俺の後悔やためらいを見抜いたかのような表情を浮かべている。トカゲのくせに感情表現が豊かだ。
「さーてと、ついでに電話しておくか」
スマホを操作して電話帳から精華の番号を探し出す。
俺は一切の迷いなく電話を掛ける。
「もしもし、あの話の続きなんだけど――」
二つの道があり、一つの道を自ら塞いだ。
それが正しい選択であったのか。
もう一つの道の先には何があったのか。
選んだ道が苦難の道だったとしても、良夫は後悔をしないだろう。
他人に決められたのではなく、自分で決めた道なのだから。
四章終了となります。
いかがでしたか?
今回は四章だけで成り立つ話を目指してみました。感想をいただけると今後の励みになります。
そうそう、一巻は発売中ですよ! 一章丸々と更に百ページ加筆して、本文もかなり修正入ってますので購入して損はありません!
と宣伝はこのぐらいにして、第五章はまだどうなるか未定です。アイデアよ、わいてこーい。




