第四話 化け物と化け物
僕たちはギルドマスターのアレクとともに、訓練場までやってきていた。入り口で一旦立ち止まると、彼女からの説明を聞く。
「これはちょっとキミの実力を確認するためであって、決しておばさんとか言われて怒ってるわけじゃないから」
「わかったよ、はやくしようよおばさん!」
どことなく言い訳がましいアレクの言葉に、レウヴィスは明るい声でそう返す。
ビキビキィッ!
と額に筋を走らせるアレク。
「……ちなみに、ボクはまだ26歳だから、おばさんじゃないからね」
にこやかに言ってはいるが目が笑っていない。そんな彼女をレウヴィスはモノともせず、訓練場の真ん中まで軽やかな足取りで駆けていく。
僕とサラ達は拳からギチギチと音を鳴らすアレクに、若干の恐怖を抱きつつその様子を見守った。
アレクはしばらくプルプル肩を小刻みに震わせていたが、数回深呼吸を繰り返すと、若干ぎこちないながらも、普段の調子に戻って言った。
「ふー、それは置いておくとして、あくまでもこれは試すだけ……試合だから、寸止めでいくよ。それ以外の細かいルールはナシだ。キミは全力で来るといい」
彼女は言い終わると、特に構えるでもなく、ただ手招きした。
その挑発的な彼女の態度に、レウヴィスは満面の笑みを浮かべた。
あの時と同じだ。
獰猛な、肉食獣のような、飢えた獣のような笑み。
「――ナメられたモノだね」
次の瞬間には、彼女の姿は掻き消えていた。
「――!!」
思わず辺りをキョロキョロと探してしまう僕たちだったが、次の瞬間にはアレクと拳を交えているのが見えた。
「疾いっ……!」
ミカが思わずといったふうに呟いた。確かに、速い。
僕と戦ったときより確実に動きが良くなっている。まさか、彼女もあのときにレベルアップを……?
「あはは、思ったよりすごいね、キミ」
しかし、アレクも負けてはいなかった。彼女は余裕の表情を崩すことなく、超速で繰り出されるレウヴィスの打撃をいなしていく。
「フッ!」
そしてレウヴィスの攻撃の手がほんの一瞬、緩んだ隙を逃さず、反撃の一手を放った。
ゴキィッ!
そんな鈍い音を立てて、ギルドマスターの重い拳がとっさに防御の姿勢を取っった彼女に突き刺さる。
折れた、と思った。
「ぐっ……」
レウヴィスが初めて苦しげな声を漏らす。
「……どう?」
「全然効いてないけど?」
不敵に笑うアレクに、レウヴィスは強がってみせた。……いや、彼女の言葉はハッタリなどではない。
パキパキと音を立てて、おそらく実際に折れていたであろう腕が治っていくのがわかった。
彼女の強みは、単なる攻撃性能だけではないのだ。そう、異常なまでの再生能力。
心臓を貫かれようと、短時間で回復する驚異的な生命力は、むしろ前者より厄介な能力だと言えよう。
「ほー、驚いたよ」
アレクもこれには驚きの表情を見せる。もっとも、余裕の態度は崩さない。
「……おばさんこそ、余裕ぶっこいてると死んじゃうよ?」
「〜〜っ!! だから、ボクはおばさんじゃなっ……」
レウヴィスの言葉に反応してしまい、アレクは一瞬反応が遅れてしまう。
今度は、レウヴィスが攻勢に出た。
「残念♪ こっちでしたー」
腕を大きく振りかぶった彼女を見て、アレクは顔を守ろうと腕を掲げた。
しかし、レウヴィスのそれはフェイントで、彼女は振りかぶった腕を途中で止め、無防備になったみぞおち部分にその拳を叩き込んだ。
「……かっ」
アレクはなんとかその場に踏みとどまる。
……凄い体幹だ。普通、あんな全力のパンチを受けたら後ろに吹っ飛ぶ。
「……凄いです」
サラは目をまんまるにしながら、彼女たちのハイレベルな戦闘に魅入っている。
「ふー、そっちはどう?」
さっきとは逆だ。レウヴィスがお腹を抑えかがみ込んだアレクに問う。
「……ぅ……がふっ。効いてないと言えば嘘になっちゃうね」
「それは良かった」
レウヴィスは彼女の返答を聞くと、にっこりとそう返し、更に追い打ちをかけるべく動いた。アレクは動けない。
勝負はそのまま決着がつくかに思えたが……。
僕たちのその予想は外れた。
「ふんっ!」
ゴッッ!
アレクが止めを刺そうと近づいてきたレウヴィスに頭突きをしたのだ。
「ブへッ!?」
およそ女の子が出さないような声を上げ、後ろに吹っ飛ぶレウヴィス。
アレクは肩で息をしながらも、笑みは絶やしていなかった。
「……人間のくせに中々タフじゃないか」
「ふふ、ボクもそれなりに鍛えているからね」
鼻血を腕で雑に拭いながらレウヴィスは言った。アレクはそんな”化け物”からの賛辞に笑みを深める。
「ふ、ふふふ」
「あはは、ははは」
そして、どちらからともなく笑い出した。
「フハハハハハハハ!!」
「あっはははははははは、アハハハッッ!!」
ドッゴォッ! バッコォッ!
鈍く、大きな音を訓練場に響き渡らせながら、二人は殴り合う。……笑いながら戦っている。
この二人、なんとなくだが、似ているところがあると感じていたけど、今回ではっきりしたよ。
コイツら、戦闘狂だ。
「「「……」」」
もはや外野の僕たちは完全に蚊帳の外だった。
十分、十五分とレウヴィスとアレクはもはや試合ですらなくなったただの殴り合いを続けていく。
やがて、一時間が経過したところで声を掛けてくる者があった。
「……凄い音がすると思ったら、一体これは何をしているんだい?」
「あっ」
いつの間にか僕たちの後ろには人が一人経っていた。
身長は180はあるだろうか、ライオルよりも濃い金髪に、どこか軽薄そうな雰囲気を感じるが、整った顔立ち。
黒色のマントを羽織ったその男は、こちらへと歩いてくると、そう聞いてきた。
「……試合です」
「喧嘩じゃなくて?」
「試合です」
「そ、そう……」
そう答えるしかない。嘘は言ってない。男は若干納得が行かない様子ながらも、それ以上追求はしてこなかった。
しかし、誰だこの男は。あまり見かけない顔だ。
「しかし派手だねぇ、アレクちゃんと……あの子は見慣れない顔だね。キミたちのお仲間かい?」
「……まずアンタはどちら様なのよ?」
ヘラヘラと質問ばかりしてくる謎男(仮)にミカがむっとしながら聞いた。
僕もちょっと苛ついてたところだ。彼女の言葉にうんうん頷く。
男は、彼女の言葉にわざとらしく驚いてみせると、ようやく名乗りを上げた。
「これはこれは失敬した。君は……ミカちゃんだっけか、そっちはヨータで合ってたかな」
……こいつ、なんでこっちの名前を知ってるんだ。僕は身構える。
「俺様はカンザキ、この街随一の探索者さ」
は、何言ってんだこいつ。僕はそう思った。ミカも同じようなことを考えているのだろうか、しらけた表情で彼を見る。
「おいおい、疑ってるのかよ? 俺様は君たちと同じ特級探索者だぜ。しかも君達より”先”に成ったんだから先輩だぞ? そんな目はよしてくれよベイビー」
なんだろう、こいつキモい。僕は心の中でそう思ったが、口には出さない。
「ま、さすがにアレクちゃんにはまだ勝てないけどね……でも彼女はギルドマスター。もう探索者じゃない」
「まさか、彼女は既に引退してるから、自分が一番だっていうの?」
「そうそうミカちゃん、そゆことー」
それでいいのかお前。
しかし、僕とミカと、ライオル達以外に特級探索者がいることは知っていたが、まさかこんなやつだとは……。
意外にも三年間探索者をやってきて、初めて顔を合わせたこともあって、正直驚いている。
「そーゆーわけで、宜しくね、仔猫ちゃん」
カンザキはそう言うと、ミカに向かってウィンクした。
……この野郎、一体どういうつもりだ。





